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衝撃の「AI・EV船」体験~バンカー・サプライのDXトライ【実装支援事業】
瀬戸内海に面した広島県。多島美は多くの人を魅了し、今や観光名所としても名高いが、現地に暮らす住民の生活は決して楽ではない。過疎化や燃料費の高騰により、島を行き来する船便が減少……「ロボット船舶」の登用でこの危機を乗り越えようとするスタートアップの挑戦に、広島の旅客船事業者が賛同した。
実装事業者「有限会社バンカー・サプライ」横山恭治さん
「AIを使って水上タクシーを操作する会社があるんですけど、一度話をして見ませんか?」
「有限会社バンカー・サプライ」の代表取締役社長・横山恭治(よこやま・きょうじ)さんのところに電話がかかってきたのは2022年3月だった。相手は広島県の商工労働局イノベーション推進チーム。横山さんは首を傾げた。どうして自分のところにこんな電話が?
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バンカー・サプライは2001年創業。もともと船舶の給油事業を行っていたがその後、旅客船事業に進出。現在は広島市営桟橋と似島を結ぶ定期航路や呉湾の艦船遊覧めぐり(遊覧)、個人の要望に応えたチャータークルーズ(海上タクシー含む)などを手掛けている。
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「これは以前、我々が竹原と大久野島を結ぶ航路を運営していたから来た話じゃないか? でもその航路は今、運休してるんだが……」
怪訝な気持ちで話に臨んだ横山さんを待っていたのは、思いもよらない提案だった。現在AIによる自律航行が可能なEV船の開発を進めている会社がある。その実装に協力してくれないかというのだ。
これまでAIを使うなんて発想はまったくないですよ。ただ、ウチには船を扱える従業員が7人ほどいて、全員に得手不得手がある。もしAIを導入すれば船の操作で起こりがちなヒューマンエラーがなくなるかも……という期待感はありました
いわゆる自動運転の海上版。車で進んでいる技術を船舶にも適用することは驚いたが、現状は補助的な役割として人が立ち会うと聞いて不安はひとまず消えていった。むしろAIならではの正確性に興味が湧いた。
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さらに横山さんの心をとらえたのはEVという部分だった。
ウチみたいな小さな船会社はとにかく燃料費が莫大で。それが充電式のEVになると格段に安くなる。EVにするとメンテナンスも楽になるし、燃料費が浮いたぶん従業員の給料に回せる。これはいい話をいただいたと思いました
想像もしてなかった新技術を開発した相手は、横山さんがこれまで会ったことがないような人物だった。
最初は「上背が高いな」という印象で(笑)。話すと未来志向で強い信念をお持ちなことが伝わってくる。「これはすごい人を紹介されたな……」と一瞬焦りましたけど、スタッフには地元の広島商船高専を卒業したエンジニアの方もいて。話しているうちに「今後はこういうAIを使った船が主流になるんだろうな」という気持ちになっていきました
横山さんが会って感銘を受けた人物、それが「株式会社エイトノット」の代表取締役CEOであり共同創業者の木村裕人(きむら・ゆうじん)さんだった。
開発事業者「株式会社エイトノット」木村裕人さん
株式会社エイトノットは2021年3月操業。「海のDX」「船舶のロボット化」をモットーに掲げ、AIを用いた自動操船技術によって海上交通の活性化を目指すスタートアップである。
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エイトノットは創業直後に「ひろしまサンドボックス」のD-EGGS PROJECTに採択され、広島県大崎上島で実証実験を行った。
ここで試したのは離島間の物資輸送。自律航行船を使ったオンデマンド物資輸送サービスがあれば、島民の買い物負担が軽減するのでは?――そうした仮説を証明するため、木村さんたちは2021年の夏~秋にかけて3ヶ月島に常駐。大崎上島のスーパーマーケットから人口17人の生野島まで自律航行船で物資を運ぶテストをした。
実験は成功しました。私たちの開発した自律航行プラットフォーム「AI CAPTAIN」をプレジャーボートに実装し、安全に運航することができました。誰が何を負担して、どうマネタイズするかという事業化の部分は今後の課題ですが、技術的な面とここにニーズがあるということは確認できたと思います。自信になりました
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まずはAIシステムを搭載して、安全に船を運航することはできた。離島間の物資輸送を行い、それを必要としている人がいることも確認できた。彼らの活動はD-EGGSでも高評価を獲得。成果発表会では「広島県知事賞」を受賞した。
そうした期待の高まりの中、2022年、エイトノットは再び県の「実装支援事業」と「サキガケ」プロジェクトに選ばれる。前者では実証から実装へ、さらなる具現化を進めるとともに、後者では規制緩和などルールメイクの必要性を検証することになった。
昨年度はモノを運ぶという実績を上げることができましたが、私たちが最終的に目指すのは人々が自由に海上を移動できる環境を作ること。次は水上タクシーのようなものにAI CAPTAINを搭載して社会実装を図りたいと思いました
モノの輸送からヒトの輸送へ。その実装実験のパートナーとして選ばれたのが、宇品(広島港)の桟橋を使用することのできるバンカー・サプライ社だったというわけだ。
大盛況だった体験乗船会
AIとEV、両方の性能に驚く
まずこの実装実験のために、AI CAPTAINを実装したロボットAIクルーザー「エイトノットワン(Eight Knot I)」を作りました。うちの会社は船を作るのではなくソフトウェア群の開発がコア事業ですが、ソフトウェアだけだと世の中へのアピールが難しいので「だったら自分たちで船を作っちゃえ!」と。バンカー・サプライさんにはその船の運航をお願いしています。私たちが技術側をハンドルしながら、実際のオペレートは実装事業者に任せる。まさに今後の事業の在り方に落とし込んだ関係性でトライアルができました
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そして2022年10月28日、広島の宇品ではエイトノットワン体験乗船会が行われた。乗船会は湯崎英彦知事がビデオメッセージを送るなど相当力の入ったもの。マスコミや県内造船会社の社員らが船に乗り、10分程度の自律航行を体験した。
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船の運行を担当した横山さんはエイトノットワンに乗って驚いた。
間近でAIの操舵を見てると安心感がありました。向こうから船が来たときも基本通り減速して、右に舵を切って抜けていくんです。人間であれば時間を気にしてギリギリまで待ったりするけど、AIはとにかく基本に忠実。安全が大原則。「AIってすごいな」と思ったし、事故も減ると思います
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想像以上のAIの精度に目を見張るとともに、もうひとつ驚いたのはEV船の乗り心地だった。
航海中、音が聞こえないんです。まるでヨットの上にいる感じ。普通は発電機やエンジンの音でうるさいけど、EV船は波の音しか聞こえなくて。雑音がないと景色も素直に入ってくるというか、見慣れた風景の見え方も変わってくる感じがして、これは船上での体験も変わってくるなと思いました
おそらく初めてプリウスに乗ったときのような静粛性を感じたのだろう。AIとEV、両方の革新性に横山さんは圧倒される。
体験乗船会の模様は地元テレビ・新聞の大半が報道するなど、大きなインパクトをもって紹介された。エイトノットワンのお披露目は瀬戸内をめぐる交通環境がガラリと変わる予感を伝える、エポックメイキングな出来事になった。
次は実際の定期航路で運用
瀬戸内の新しい夜明けは近い!
体験乗船会の成功に浸る間もなく、バンカー・サプライはさらに踏み込んだ実験を準備している。
2023年1月にはエイトノットワンをお借りして、実際の運航に使用する予定なんです。これまでは臨時航行だったのでお金はとれなかったけど、今回はちゃんと認可を得て、ウチの不定期航路で運用。乗船してくださった方にアンケート調査して、その内容を精査していきます
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実証から実装を経て、いよいよ実用へ。宇品の市営桟橋~グランドプリンスホテル~レストランカリブをめぐる観光コースにAI・EV船がデビューする。着々と進められていくDXシフトに2人の口調も熱くなる。
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私は自分ができることってタカが知れてると思うんです。大事なのは他人をいかに巻き込むか。会社自体もロボットの専門家はいたけど、船舶や海洋の専門家はゼロで立ち上げてますからね。そこから広島商船など外部のパートナーと一緒にマイルストーンをこなし、今は自治体の方やバンカーさんのような事業者さんとも一緒にやれている。そうしたチームがひとつにまとまれば規制も突破できると思うので、必ずやり切りたいと思います
今回は県から話をもらい、私たちを違うレベルに引き上げてもらった感じです。AIの技術やEVの仕組みは同じ海に関わっていても別世界の話だったので、本当にありがたい限りです。今後、県やエイトノットさんと同じ土俵で話し合いをしながら、「こういうのがいい」「ああいうのがいい」とやっていけば理想の運用が実現すると思います。まずは1月に有償の実験を行い、お客さんから新たな情報をもらえるので、その中身が重要ですね
エイトノット、次のマイルストーンは「2025年、広島に無人航行が可能なエリアを作り、自律航行船の商用利用を実現すること」。さまざまな仲間が集う瀬戸内海の新しい夜明けは近い。
●EDITOR’S VOICE
地元・広島にいるとわかるのですが、10月のエイトノットワンのデビュー試乗会、めちゃくちゃメディアで取り上げられたんです。まさに待望というか、ゲームチェンジングというか、ドラスティックな期待感満々。それを見てもこのプロジェクトが内包するソーシャルインパクトがどれだけ強いか伝わってきました。
ちなみに木村さんはダイビングやSUPなどプライベートでも海に親しむ「海好きCEO」。そんな木村さんに出会ったときの横山さんの印象が「上背が高い」っていうのが、海の男らしくて微笑ましかったです(笑)。
あ、エイトノット、サキガケ事業の詳細を綴ったレポートもありますので、こちらもご覧ください!
(Text by清水浩司)