USスチール買収に待ったをかけるのは間違い
2011年から大学で講師をした。担当科目は国際経営と決まった。決まったもののはたして何を教えようというのか。数か月の猶予はあったもののどんなことを教えようか特にアイデアがあるわけではなかった。前任者がつくったシラバスはある。それに使えそうな教科書もある。ならば教科書に書いてあることをまとめて印刷して配布する。それに適当な事例を使って教えればいいではないか。そんな安易な考えはすぐに現実的ではないことがわかった。
大学生は仕事をしたことがない。用語もわからなければお金儲けがなんであるかということもわからない。つまりお金を稼ぐ活動というのがなんなのかわからないのである。そういった大学生に対して比較的わかりやすい言葉でビジネスを教えることはとてつもなく難しい。仕事でなんとなく使ってきたことを使っても相手が学生になるとわからないのである。それでも教えなければならない。
国際経営とは何か。これを大学生に向かってわかるように説明できる人が何人いるであろうか。わたしは教科書に書いてあることを使わず、さんざんいろんなことを試行錯誤して、こういってきた。国際とは国と国の間をいう。つまり国境を超えることをいう。経営はビジネスでお金もうけだ。そのためにモノやサービスを売る。その対価としてお金を受け取る。これでどうだろうか。お金ということがわからないのであれば、お客さんをつくる。つまり顧客の創造である。これでなんとかわかってもらえたのかもしれない。
そんなところからはじめて次に苦労したのは国際経営の戦略である。企業が相手国に参入するときにはいろいろな型がある。つまり参入の型といっている。型はモードともいう。大きく分けて4つある。企業買収、戦略的提携、フランチャイズ、そしてライセンスだ。ここで学生はわからなくなる。すると次に例を使って話す。
ディズニーランドを知っていますか。全員手があがる。ではディズニーはどうやって日本にはいってきて浦安市でビジネスをしているのでしょうか。するとぱらぱらと手があがり、フランチャイズですという。正解だ。
次にサンリオのキティちゃんは知っていますか。全員手があがる。ではサンリオがニューヨークでどうやってビジネスをしているのでしょうか。するとぱらぱらと手があがり、ライセンスですという。正解だ。
では企業買収と戦略的提携はどうか。どう違うのか。学生はほとんどわからない。
ある読書会で日本製鉄がUSスチールを買収する計画があることについて話をした。バイデン大統領が待ったをかけたのである。この大統領選挙をにらんだ政治活動により買収に待ったがかけられた。この極めて遺憾な政策が大学で教えるにあたり格好の教材を台無しにしようとしたのである。
バイデン大統領の意図はわかる。ペンシルベニア州での票集めである。このペンシルベニア州は大統領選挙では民主あるいは共和のどちらになるか拮抗している州として知られている。大統領候補者はこのような州での遊説演説に力を入れる。その差は10万票程度といわれる。つまり10万票が動けばどちらにもなりうるという接戦である。
しかしその論理はどこかおかしい。USスチールはあくまでもアメリカ人による所有でなければならないという理由なのだ。それによりペンシルベニア州のピッツバーグに住む人たちは同調する。日本のことなど知るわけがない。ただこの政治劇の一方にはビジネスとしての理屈がとおっているのである。
まず日本製鉄は買収によりさらに大きくなる。USスチールを傘下にいれることでアメリカにおけるビジネスをしやすくなる。それを規模の経済性という。会社が大きくなる。生産を増やす。すると単位当たりのコストは小さくなる。固定費が変動費に按分されることでユニットあたりのコストが下がる。それがやがては消費者の利益になる。
それは価格が安くなることで最終製品の値段も安くなる。仕入れ先としてはトヨタ自動車がある。トヨタはケンタッキー州に生産工場を持つ。そこへの仕入れがしやすくなるというものだ。生産コストだけではなく、物流コストも安くなる。
ペンシルベニア州の西側にはオハイオ州がある。ここはその北にあるミシガン州の南に位置している。ミシガン州には自動車メーカーがある。そこに陸送するにはオハイオ州を通らなければならない。しかもこのオハイオ州には日本の自動車部品メーカーが数多く進出している。そのとおりを寿司ベルトともいう。
これだけの条件がそろった買収計画というのはそうない。しかも円安のときに買うのだ。1ドル151円。相手はドルで取引をする。円安であればそれだけコストがかさむ。にもかかわらずこの買収に待ったをかけるのは間違っている。
さらに日鉄は従業員を解雇しない。投資をするともいっている。
大学生にこの話をしてもわかってはもらえないであろう。わたしもこの買収劇の裏側を知らない。しかしながら教材としてはふさわしい。大統領選挙がなかったらというのはよくないが、待ったをかけるというのはおかしいであろう。