陳雲 誤りを糺す 1978/11/12
這是陳雲同志在中央工作會議東北組的發言。《陳雲文選 第三卷 第二版》1995年pp.232-235(写真は占春園のそばにて。右手が占春園。左手には放送大学校舎がある。)
p.232 中央政治局常任委員会、中央政治局は一致して次のことを主張している、来年から工作の重点を社会主義建設開始に移すと。四つの現代化の実現は全党と全国人民の切迫した願望である。私は中央の意見に完全に同意する。安定団結はまた全党と全国人民の関心事である。幹部と大衆(群衆)が党内に対して、安定団結できるかどうかは、懸念があるところである(有所顧慮的)。
華国鋒主席は、あの暴露批判されている「四人組」運動中の継続(遺留)問題に対して、組織を設けて細心の工作を行って、妥当な解決をする(妥善解決)べきだと語っている。私はこれはとても正しいと思う。しかし幾つかの継続問題は、影響が大きく波及する範囲がとても広い問題は、中央が検討(考慮)し決定することが必要だ。このことで、中央が検討して決定すべきことには例えば以下がある。
一、薄一波同志など六十一人のいわゆる反革命集団(叛徒集団)の一件。彼らが反省院を出たのは党組織と中央の決定であり、彼らは反革命ではない。
二、一九三七年七月七日中央組織部のいわゆる自主分子の決定。この文件は私が延安で中央組織部長に任ぜられる(一九三七年十一月)以前に作成されたもので、薄一波同志などの問題を処理した精神と一致している。私は当時なおこの文献の存在を知らなかった。後に(私が)幹部審査中に遭遇したp.233 問題は、一九四一年に同じように一文を書き反省院から出獄手続きをしたが、しかし革命を継続した同志を、審査を経て党籍を回復する決定を行った(ことである)。この決定と「七七決定」の精神は一致している。この決定もまた中央が批准したものである。私は、中央は「七七決定」と一九四一年の決定は党の決定だと承認すべきだと、考える。「文化大革命」の中で誤って反革命とされた同志は再審査(復查)されるべきであり、もしも反革命行為についての新たな真実の証拠(真憑實據)が発見されないならば,彼らの党籍は回復されるべきである。このほか、私が知るところでは、抗日戦争の時期と解放戦争の時期、敵との間の辺境地帯ではいわゆる「二重政権(両面政権)」問題があった。当時党組織は一部の党員に、傀儡(敵僞)政権中の任職を決定し、我が党我が軍の工作を擁護(掩護)させた。これらの党員は「文化大革命」において同様に大部分が反革命とされた。これは範囲が広く数も多い党員の政治生命の問題であり、同様にまた党組織は再審査すべきであり、いかなる反革命行為もなかった同志の党籍は回復されるべきである。
まとめると、「七七決定」と一九四一年の決定が影響した同志と、「二重政権」において革命工作を行なった同志、彼らに対して事実に即して歴史で検証された結論を得ること、これは党の内外に極めて大きな影響がある。これらの同志の問題を解決することなくして、人心を得ることはむつかしい。これらの同志はいずれも皆六七十歳の人である。今(現在)彼らの問題は解決されるべきである。
三、陶鋳同志、王鶴寿同志など、南京陸軍監獄において反省院に入らないことを堅持、七七抗戦後、我々の党の国民党への要求で出獄した党員は、出獄前になお絶食闘争を行っていた。これらの同志は現在反革命と認定されたままか、あるいは組織生活を回復しても、政治上重い誤りを犯したといった「尾ひれ」をつけられている。陶鋳の案件の材料はすべて中央考案組によるもの。中央考案組は「文化大革命」の時期成立したもので、彼らは多くの調査工作を行ったが、その処理にはまた欠点誤りがあった。私は、考案組が所p.234 管する党内部分の問題は中央組織部に移管されるべきで、中央組織部の再審査は、問題を当時の当時の歴史情況の中で考察することで、実際に即した結論を出す(べきだ)と、考える。現在のように中央組織部のほかにまた考案組がある、この種の不正常状態は、終わらせるべきである。
四、彭徳懐同志は党と軍隊の重要工作を担った共産党員であり、党への貢献はとても多いが、すでに亡くなってしまった。過去彼が誤りを犯したと語られたことはあるが、しかし私は彼の党籍が解除されたと聞いていない。党籍は解除されていないのであるから、彼の遺骨遺灰は八宝山の革命公募に放たれるべきである。
五、天安門事件(1976年4月5日周総理死去を悼んで群衆が天安門に集まった事件)に関して、現在北京市ではまた(問題の)提起があり、「于無聲処」という対話劇もあらわれ、放送局も天安門革命詩詞を放送した。(この事件)は北京の数百万の人が周総理を悼み、「四人組」に反対し、鄧小平同志を批判することには同意しない、はじめての偉大な大衆運動であった。かつ全国の多くの都市で同様の運動があった。中央はこの運動を肯定すべきである。
六、「文化大革命」の初期、康生同志は中央文革の顧問だった。康生同志は当時、好き勝手に名を挙げて、中央各部、全国各地の党政機関をマヒさせた重大な責任がある。康生同志の誤りはとても重い、中央は適切な会議において康生同志の誤りに対し批判を加えるべきである。
私は以上六点を提起(提出)する。同志の皆さんの批判𠮟正をお願いしたい。
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