シナジー効果とコアコンピタンスー進出・撤退の論理
事業展開で他社との関係はなぜ生ずるか
企業が、事業展開に際して直面する選択は、自社だけでやる(stand alone)か、他社と提携する(alliance)か、あるいは他社を買収する(takeovers)に至るか、といった選択です。なぜ自社だけでやるにとどめられないかというと、一つはspeedの問題です。重要なことが迅速性agilityであれば、自社だけでやることにこだわれなくなります。
つぎに事業展開の中身ですが、同業のまま規模を水平的に拡大する、川上(原材料方面)、川下(販売方面)に垂直方向に事業範囲を広げることが考えられます。
このような同業種間、そして関連業種への規模拡大は、一般にシナジー効果(synergy effect)を得やすいと考えられています。
シナジー効果、ライフサイクル仮説(life cycle hypothesis)
これに対して、全く関係がない異業種への業務の拡大、あるいは異業種への進出はなぜ起きるのでしょうか。
一つはたとえ現在の事業が順調でも、事業にはライフサイクルがあり、いずれ成熟して衰退するおそれがあります。既存事業が順調な間に新たな事業に取り組むことはその意味で、企業の存続にとって合理性があります。
また既存事業とシナジー効果が見込める場合があります。こうした異業種を一つの企業が抱え込んだ状態を複合企業(コングロマリット)と呼んでいます。ところでシナジー効果が生まれているかどうかの一つの判定方法に、企業Aと企業Bが一緒になったとき企業ABになったとき、それぞれの企業価値のは関係は次のようになることをもって、シナジー効果が生じているという判定方法があります。
A+B<AB
逆に A+B>AB であれば一緒になったことで企業価値は毀損したことになります(この状態をコングロマリットディスカウントconglomerate discountといいます)。なぜそういうことが生ずるのか、いろいろな解釈がありますが、異なる事業の経営判断を迫られる経営者は、経営判断にこれまでより情報が必要で経営判断にも時間がかかるかもしれません。事業内容が大きく異なる場合、二つの事業を統合した場合のメリット(営業を共通化する 商品内容を豊富化するなど)は、出しにくいことが考えられます。逆にシナジー効果が生まれる理由として、以下が考えられます。
経営ノウハウの共有による業務の改善
規模拡大で調達交渉力の向上
生産設備 共同化による生産経費削減
物流の共同化 物流経費削減
営業の共通化 強化 営業経費削減 効率化
ブランド力の強化
クロスセル(抱き合わせ販売)の実現
アップセル(より高い単価商品の販売)の実現
共通する間接経費の削減
資金調達力の強化
複合企業化による企業価値毀損という問題の反省を経て、安易に複合企業をつくることへの反省がうまれました。ではどのように複合企業を立て直すか。企業は、ほかの企業に比べて競争力のある核になる事業(コア)に特化すべきであって、その競争力(コアコンピタンスcore competence)を強化することに力を注ぐべきだとconcentration in core competence指摘されるようになりました。こうした考え方を「選択と集中」と呼ぶことがあります。興味深いのはこのロジックのなかで、企業の側から、ノンコア事業を売却するロジックがでていることです。
ファブレス、オフショアリング
先進国では人手を要する製造工程を外部に委託する企業が増えました。こうして生まれたのが、工場を持たないファブレス(ファブリックfabric、つまり物を作るところがないという意味です)と呼ばれる企業です。こうしたファブレス化は、製品の企画から販売までのプロセスを考えると、モノを作る真ん中のところが利益率がひくく、モノの設計企画をしたり、最後の販売アフターケアのところが利益率が高い、いわゆるスマイルカーブと呼ばれる線が示す現実とも対応しています。
この問題を先進国Aの企業Bの問題として整理しましょう。
先進国Aから遠く離れた新興国、発展途上国など労働賃金の低いところX(オフショア オフショアは字義としては沖合といった意味。ここでは先進国から遠く離れた場所)に製造拠点が動く問題です。
製造拠点の移動がなければ、企業活動とその企業が存在する国Aの輸出入は重なっています。しかし製造拠点が移動すると何が起きるでしょうか。また製造拠点の移動は実際にはどのような方法で実現するのでしょうか?
製造拠点の移動で実際に行われることは、移動する国Xに企業が設立されるか、既に存在する企業が買収される形で、移動する国Xで先進国Aの企業Bの所有権を担う主体Yが登場することです。こうした支配権を取得するためのお金の操作を直接投資direct investmentといいます。あとはこの企業Yにより工場が創設されるか取得され、そこで生産が始まります。
先進国Aの企業Bの生産活動は、途上国Xの企業Yの生産活動になり、途上国Xの輸出、先進国Aの輸入になります。一見すると、これは先進国Aの貿易赤字ですが、企業Bとしては輸入したものを利益が出る値段で売りますので企業Bは損はしません。さらに企業Bは企業Yから、配当、パテント料、技術指導料、ブランド料など様々な名目でYに生じた利益を回収します。このとき、物的貿易収支では先進国Aは赤字あるいは入超(輸入>輸出)ですが、知的資産や資本の収支の面で先進国Aは、パテント料、技術指導料など知的財産権への収益、そして配当などの形で直接投資についての収益を確保しています。
実際には企業Bが完全に製造拠点100%海外に移すことは例外で、国内にも製造拠点を残し、研究開発機能を国内に維持する、付加価値の高い製品の製造は国内で続けるなど。また途上国Xの企業Yとの関係も、分業・協業さまざまなパターンがあります。いずれにしても、製造拠点の海外へに移動が始まると、企業が国内で行っていた設備投資は、少なくとも一部は海外で行われる企業活動になり、国内で把握できる統計からは消えてしまうということになります。
直接投資や、海外企業への投融資の形で見えるものもありますが、その全貌は、国内の統計だけでは把握できなくなります。企業活動が国際化すると、国内統計だけをベースに、企業活動をすべて把握することは困難になっているということでもあります。
こうした企業活動の国際化を、なお国の統計で確認できないでしょうか。
てがかりになるのは国際収支表です。この統計では、海外へ直接投資を行うと結果として収益が生まれますが、それが第一次所得収支という所に入ってきます。この第一次所得収支には、こうした直接投資、それから証券投資のそれぞれの収支(受け取りと支払いの差額)が示されますが、近年この数字(受け取り超過)の拡大を確認できます。第二次所得というのは贈与や援助など対価の給付を求めない一方的な、資金の移動を指します。
生産拠点に海外への移動にともない、貿易収支における出張幅(輸出額の輸入額に対する超過 いわゆる貿易黒字)が縮小する。貿易収支は赤字傾向になっていました(近年貿易黒字が再び現れた理由の一因は、エネルギー価格が低下して、輸入額が抑えられたことを上げることができます)。
加えてサービス収支がマイナス幅を縮小しました。そしてに投資からの収益(その内容は証券投資収益と、直接投資収益に分かれています)が増加を続けたこと、これが経常収支の増加傾向につながっています。
サービス収支では旅行収支の改善、プラスに転換が目に付きますが、通信、保険などで支払いが増えていること、逆に知的財産権、金融などで受け取りが増えていることも確認できます。
ほかの国に資本輸出をして、その国から利子配当所得などを受け取る国を債権国といいます。日本は国際収支段階説でいう「成熟した債権国」の段階、貿易収支では赤字だが、所得収支が黒字であり、経常収支は黒字を維持する段階ーに入っていると言われます。こうした国レベルの発展段階の考え方は、企業活動の反映でもあることが、ここでは重要です。
企業活動の国際化がいろいろな面で起こり、経常収支の黒字を支え得ているように見えます。
なお以下では直接投資と証券投資の収益率を出そうと、試算していますが、乱暴な計算になっています。収益率が計算できるか、どうしたら計算できるか。ぜひ皆さんも考えてください。
国際収支の推移(財務省)
国際収支表用語解説(日本銀行) 財務省の用語解説より詳しい
経常収支を構成する各収支 単位:億円 暦年 資料:財務省
貿易 サービス 第一次所得 第二次所得 経常
2009 53,876 -32,267 126,312 -11,635 135,925
2010 95,160 -26,588 136,173 -10,917 193,828
2011 -3,302 -27,799 146,210 -11,096 104,013
2012 -42,719 -38,110 139,914 -11,445 47,640
2013 -87,734 -34,786 176,978 -9,892 44,566
2014 -104,653 -30,335 194,148 -19,945 39,215
2015 -8,862 -19,307 213,032 -19,669 165,194
2016 55,176 -11,288 191,478 -21,456 213,910
2017 49,113 -6,907 206,843 -21,271 227,779
2018 11,265 -10,213 212,722 -20,031 193,743
2019 3,812 1,248 209,845 -13,755 201,150
サービス収支の中の主な収支 単位:億円 暦年 資料:財務省
輸送 旅行 保険 金融 知的財産 通信 サービス
2009 -8,383 -13,886 -3,994 1,654 4,527 -3,151 -32,627
2010 -3,968 -12,875 -4,851 401 6,943 -2,472 -26,588
2011 -6,202 -12,693 -4,109 610 7,901 -2,580 -27,799
2012 -9,907 -10,617 -6,206 1,133 9,569 -2,679 -38,110
2013 -7,183 -6,545 -6,417 926 13,422 -3,553 -34,786
2014 -6,653 -444 -3,781 2,182 17,502 -8,879 -30,335
2015 -6,831 10,902 -3,890 5,208 23,508 -12,246 -19,307
2016 -6,944 13,267 -3,951 6,125 20,700 -11,401 -11,288
2017 -6,630 17,796 -4,612 3,149 22,836 -10,397 -6,907
2018 -10,769 24,160 -5,042 3,405 25,981 -13,680 -10,213
2019 -8,814 27,023 -6,305 6,292 22,480 -14,962 1,248
第一次所得収支の中の収支
直接投資収益 証券投資収益 第一次所得所得収支
2009 33,171 87,922 126,312
2010 40,537 89,930 136,173
2011 44,044 95,386 146,210
2012 39,332 93,960 139,914
2013 66,091 105,179 176,971
2014 78,273 110,044 194,148
2015 87,728 121,062 213,032
2016 82,975 103,553 191,478
2017 97,491 102,470 206,843
2018 104,017 99,054 212,722
2019 106,243 97,732 209,845
収益率の試算 資料:対外資産負債残高表
単位:10億円
2019年末 資産 負債 資産―負債
直接投資 202,833 33,871 168,962
証券投資 503,134 396,302 106,832
2018年末 資産 負債 資産―負債
直接投資 181,704 30,711 150,993
証券投資 450,844 351,269 99,575
2019年半ばの資産―負債に対する収益率(試算)
直接投資 (168,962+150,993)/2 159,978
同収益率 106,243/1,599,780 6.64%
間接投資 (106,832+99,575)/2 103,204
同収益率 97,732/1,032,040 9.47%
注)この計算は乱暴ですが、皆さんも、そもそも計算できるか、計算するにはどうすればいいか。考えてください。
offshoringとoutsourcing 取引費用説
offshoringはすでに述べたように、国境を越えて遠くに企業の仕事の一部だったものが外部化するものでした。典型的には製造拠点の海外へに移動がそのイメージだと思います。ところですでに習ったoutsourcingは、企業の外に企業の中にあったものを海外に限定せず外部化することを指しています。問題にしている論点が、オフショアとアウトソースでは違うわけです。またoutsouceにはいろいろな、日本語表現があります。外部委託が一つ、もう一つは外製です。その逆がinsource、対応する日本語は内製になります。
企業内の業務、製品の製造が、内製になるか、外製になるかは、市場での取引費用の大きさ(と組織化費用の比較)が決定するという考え方があります(なおここで重要なことは不確実性などが取引費用と考えられていることです。取引の不確実性が増せば、内製に切り替える必要が高まります)。
これに対して新しい事業分野への進出、またすでに進出している事業分野からの撤退には別の原理が採用されています。この原理、あるいは基準はあらかじめさだめて開示しておくことで、経営者の恣意性を排除して、進出・撤退問題で透明性を確保することができます。以下よく議論されるものを並べます。教科書的でよく出てくるお話しです。
わざわざ国際収支表を出して、直接投資の話しをしたのは、多くの企業はこうした新規事業への進出を議論するときに、海外を含めて、進出の妥当性を検討しているからです。人口の減少、高齢化もあり、国内市場が今後大きく拡大することは見込めません。
次に進出に際して使われる基準としては、以下の3つの方法が良く指摘されます。
まず回収期間を測定する方法(payback period method)。投資資金がどの程度の期間で回収されるかを求めるものです。許容する年数を設定して、回収期間がその年数を下回っているかを確かめます。
つぎに投下資本収益率を計算する方法(return on investment method)。比較基準として調達する資本のコストと比較するなど、適切と判断される数字を選択して、それを投資収益率が上回っているかを検証します。
最後に投資額とキャッシュフロをバランスさせる内部収益率(internal rate of return)を求めて、それと必要とする期待収益率とを比較することも、よく指摘される方法です(internal rate of return method)。あるいは理論的に妥当な正味現在価値を算定して、投資額がこれ下回っているかを確認する方法(正味現在価値法net present value method)は、この内部収益率法と同じ考え方の別の表現です。
net present value calculator 投資後5年間のcash flowの数字、それから割引率をいれるとその投資の正味現在価値が計算されます。ぜひいろいろ数値を入れて、正味現在価値の計算を会得してください。なお投資期間は増やせます。
internal rate of return calculator 初期投資額を決めて5年間のcash flowの数字を入れると、内部収益率internal rate of returnが計算されます。これもぜひいろいろ数値を入れて、数値がどのように変わるかを会得してください。なお投資期間は増やせます。
これらの方法は複数の投資案件の優劣の比較に使えます。回収期間法では期間が短いもの、投下資本収益率法や内部収益率法、正味現在価値法では数値が大きいものを、上位とできます。複数の計算方法を併用して、数値を比較することが一般的です。
こうした場合、基礎になる将来についての数字はあくまで予測です。そこで重要になるのは、たとえば来店客数の一人当たり購入金額という数字を要素に入れるとき、その客観性をどうもたせるかです(投資の立案者は甘い想定をしがちであることが知られています)。将来予測については、シナリオに幅を持たせることも大事です(具体的には来店客数や購入金額について、順調な展開good scenarioとともに、客数が伸びず、購入金額が低迷する展開bad scenarioも想定する)。いずれにせよ収益性があるという予想のもとに、新規事業に進出することは、リスク管理の観点からも鉄則です。
新事業に進出するとき、撤退基準も考えておく必要があります。新規事業については、売上高、市場シェア、利益率などで撤退基準を進出時に決めておくことが考えられます。いつまでにどのような目標を達成するかを定めて置き、それが実現しないときは、事業継続にこだわらないことです。
他方で長年継続した既存の事業の見直しについては、一定年数以上、売上高の減少が続く、赤字決算が続く、などが撤退基準として考えられます。
新規事業の進出する場合と同じく、惰性で続けて損失を大きくしない、という意味でこうした撤退基準の設定は経営者にとってリスク管理の第一歩になりますし、事業全体の効率化や収益を改善する手助けになります。