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企業金融 corporate finance

 企業金融については何を語るべきだろうか。最初に考えるべきことは、企業とは何か。どのような存在かということであろう。現代の企業は株式会社で、自己資本つまり経営リスクを担うリスクを資本の出し手である「株主」のために、経営が行われるべきだ、という建前(株主資本主義shareholder capitalism)が一方にあり、アメリカのファイナンス論やそれに同調する人たちも、同様の主張をしている。しかし日本では株主以外の様々ステークホルダー(利害関係者)にも配慮した経営(ステークホルダー資本主義stakeholder capitalism)が正しいとする考え方が主流である。どちらの考え方を採用するかで、企業金融だけでなく企業経営の議論の内容はかなり変わってくる。
 アメリカのファイナンス論について、もう一つの問題は、問題の設定がカネの出し手の視点で構成されていて、経営者に対する不信が、その仮定にも入り込んでいることである。たとえば手元に自己資金を厚く持つ意義を否定して、手元資金は株主に配当や自社株買いで吐き出して、債務によって経営者を監視することが正しいという考え方は、経営者というのは手元に余裕資金があると、それを無駄に使い勝ち(経営者が自由に使えるfree cash flowが多いと経営者はそれを無駄に無駄に使うという仮説はfree cash flow hypothesisと呼ばれている。またこのFCF仮説と関係しているもう一つの仮説がentrenchment hypothesisで、これは経営者は自己保身的に経営意思の決定をするというもの。その結果、十分な監視がなければ経営判断を間違えるということでもある。)という経営者不信論をベースにしている。できるだけ、企業=経営者からfree cashをはぎ取って債務漬けにして、債務のレバレッジ(leverage effect)で自己資本利益率を改善すべきだという考え方は、高い債務比率が倒産リスクを高めることを軽視した、転倒した議論に見えるが、このように債務金融を一方的に肯定的に議論するのがアメリカ流ファイナンス論の特徴だともいえる。
 そもそも債務コストについて、自己資本のコスト(期待収益率)よりも低いと仮定されることが多いが、それは自明ではない。債務コストの大きさは資金市場全体の需給、個別の債務者のデフォルトリスクの大きさ、などに依存して変動するものだ。またインフレ率も影響を与える(貸し付ける側は予想インフレ率だけ、金利の上乗せを求めると考えられる。金利が固定金利でインフレ率が予想より高くなれば、確かに実質利子の軽減が生じることになる)。さらに税金の存在は、企業が収益への課税を避けようと考える限り、利払いなど経費を立てる行為はそれだけ課税対象所得を縮小したと意識させるされている(利払いによる節税額は利払い×税率で求められる、企業はこの節税効果saving tax effectだけ利払いコストを低く意識するとされることがある。)
    しかし私見では考えるべきことはむしろ、債務コストが低い場合でも、企業経営者はなぜ債務を嫌うのかを理解することである。債務は支払いが義務であり、支払わない場合は債務不履行defaultになる。企業経営者は債務不履行を避けるために、キャッシュフローが安定するまでは、債務を避ける行動をとる。また貸し付ける側も同じである。ある程度、企業が成長して、キャッシュフローが安定するまでは、債務金融を避けたいと考える。このように考えると、一つの企業の発達史(ライフサイクル)の中で、最初は自己資本を中心にした金融、経営リスクを負担する形で金融が行われ、やがてキャッシュフローが安定した段階で債務金融がスタートすることになる。創業者でない人達を株主とするエクイテイ金融(株式を使う資金調達)はその次の段階だと考えられる。

 アメリカのファイナンス論では、そうしたエクイテイによる資金調達も可能な段階の企業について、改めて債務金融を説いているともいえる。実はエクイテイ金融には、エクイテイ(株式)は会社の支配権をも意味しているので、その発行を増やすと、支配権が分散して、現在の株主の支配権が脅かされるという問題、あるいは、発行の増加によって、エクイテイが表す権利が希薄化dilutionするという問題がある。債務を基軸にファイナンスをすれば、こうした問題を回避できる。しかし債務を基軸にしたファイナンス論では、利益率が高いIT企業や医薬品企業など巨大企業の財務問題を解けないのではないか、ということも問題だ。自己金融とも呼ぶが、高い利益率を前提に、利益を社内留保する形で、利益そのものを資金源泉として、外部資金に頼らず企業の成長を図るという巨大企業の成長の在り方である。つまり成長が進んだ段階でも、資金調達構造はその企業の置かれている条件によってさまざまでありうるということだ。
 企業金融についても、一つは、株主のためだけに企業経営を考えるという偏った考え方(株主資本主義)ではなく、ステークホルダー資本主義の考え方に立つということ、もう一つは、企業経営者の立場から、企業経営全体を見ながら、企業金融について、債務レバレッジにだけ問題を集約しない、企業金融論を構成する必要がある。その方が利益率の高い巨大企業の資金の在り方の検討に適している。またそれは、債務レバレッジ以外の、収益率を改善する様々な方法への着目、自己資金金融、アセットファイナンスへの注目などにもつながるものである。
    実はアメリカにおいてさえ、このステークホルダー資本主義論が、むしろ優勢になっていることが、観察されるようになっている(新しい資本主義)。地球の温暖化の問題や、所得・資産格差の拡大の問題、これらの問題の解決に株主資本主義は失敗した(持続可能性を失った)のではないか。したがって、会社経営は、ステークホルダー資本主義の考え方で進めねばならないのではないか?という考え方である。こうした考え方で、持続可能な資本主義、持続可能な金融(sustainable finance)の在り方を考えようという主潮である。
 この講義では、投資家ではなく、経営者の立場から企業金融を考えるという形でこの持続可能な金融の問題を取り込んで議論を進めたい

   企業金融の発達は、歴史的に俯瞰すると、債務をして成長するところがまず飛躍になったと考えられる。自己資金の限界から離れることができるからである。資本主義の特徴を債務金融だという歴史家の意見はその意味で良く分かる。
    他方で株式による資金調達が出てくるには、株主の有限責任(limited liability)制度の確立を前提にする必要がある。初期の株式会社は、株主が無限責任である方が会社の信用力は高いという考え方で無限責任であった。無限責任の考え方が、株主に過度なリスクになることが認識されて、株式会社の有限責任化が完成するのは英米でも19世紀後半のことである。また株式投資の前提として、会社の財務諸表などの公開、財務諸表の監査制度などが整うのも同じ頃、19世紀後半である。
 アセットファイナンスの考え方は、20世紀にみられるのだが、議論が盛んになり、資産担保証券などの証券化(securitization)技術が発達するのは20世紀後半である。
 つまり歴史的に問題をみると、これらの手法には、歴史的序列が存在するのではないか。

    以下はCorporate Finance InstituteのPlayers of Capital Marketの説明。とても明晰で、短いものの不足がない。

    以下はCorporate Finnace Instituteの債務金融についての説明。説明の明確さはこちらも脱帽物なので紹介しておきたい。とても良くできているのでぜひ見て欲しい。DebtはEquityよりコストが安くEquityの希薄化(dilution)を避けることが出来るという出だしの説明にまず魅了された。続くdebt capacityの説明も、cashflowの安定性、財務比率、cash flow対比比率を、一挙に説明するもので、あざやか。subordinated debtとsenoir debtと併せて説明するのも斬新だった。subordinated debtは市場化になじまないという説明をそこで加えているのも大変よい。

過剰貯蓄 理論と現実


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福光 寛  中国経済思想摘記
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