マイク・オールドフィールド Return to Ommadawn(2017年)
アーティストとは、永遠に憧れの的。私のような者は全く才能がないため、創造物を楽しむことで、彼ら彼女らに敬意を表しています。作家たちは豊かな才能を、熱狂的な情熱によって形成します。
多岐にわたる芸術形式の中でも、瞬間を切り取る音楽は際立っており、人々が熱情や感情を表現するがために、その存在意義を持つと思われます。
作家たちもまた人であり、ダークな感情を内に秘めていますでしょう。このような感情を表現する事ができないアーティストは、音楽作家としての存在意義の疑問、批判されるべきであるという気概が私の中に存在してたり。
明るく前向きな音楽は勿論生きていく為には必要です。リラクジングミュージックやイージーリスニングがいかに人に役立っているかは承知してます。
愛を奏でるラブソングは考え得る限りの愛の言葉を連ね続け、1000年の時を経て人々の多大な支持を得ています。
ロックは血です。メタルは生き様、歌謡曲は人生。そこでマイクオールドフィールドの出番となります。
映画「エクソシスト」で引用されたTubelarBellsの世界的認知度は計り知れません。これはダークな映画にダークな音楽がマッチし、観衆と聴衆のニーズの幸せな組み合わせが招いた結果と思われます。
ニッチとニッチの組み合わせと語る人もいますが、とんでもない話。人は元々ダークな物に触れて恐怖や畏怖の念を感じる事を娯楽として捉えられる、知的な生き物なのです。怪談やホラーはインテリ層の知的な娯楽として昔から親しまれていました。
無知な人からは一発屋とも揶揄されがちなエクソシストの呪縛から逃れたマイクオールドフィールドのその後の音楽性テーマはダーク。レコード会社の指示によるヒット狙いも制作はしましたが、その通りにポップソングで市場を席巻した後に出したアルバムもまたダークで幽々たる世界を構築しています。
元々民族音楽に傾倒していた彼ですが、現代音楽のテクノロジーを融合させる事でその比類なき世界観の彼が好きだったのですが。
TubelarBells 3くらいからそれは変わり始めました。元から持っていた牧歌的要素が加速し、メロディもアレンジも、初めて聴くのに何処か懐かしい感触が伝わるようになって来ました。
近々の作品で言いますと。
2014年発表の「man on the rocks」は80年代のカンサスのような良質なポップロックアルバム。決して刺激的ではありませんが、ひねりの効いたメロディはやはりマイクならでは。
2017年発表の「return to ommadawn」は原点回帰の20分超えの楽曲2曲入り。とは言えダークさとはかけ離れた、言ってみれば中世ヨーロッパを舞台にした映画のサントラ風アルバム。
前途したようにアーティストがその情熱を形にするのが芸術作品とすれば、彼、マイクオールドフィールドは厨二的ダーク世界を構築する情熱は年齢的な事を踏まえると失せているのかもと。
ただ、1人多重録音と言うオタク心を擽る手法は健在ですし、闇的なダークさは失せても、孤独感と言う別な意味のダークさは充分感じられます。
それでも今の彼が生きていて感じているであろう、暖かみの有る寂寞、寡黙、静寂を表現している素晴らしい作品です。
寂しく無い孤独感?言い方が難しいですが「孤独を楽しむ事が出来る人」にとって人生のサントラと言っても過言では無い傑作に仕上がっています。
彼のファンは彼と共に歳を重ねて行きます。高齢者のファンに寄り添うように、暖かいメロディと楽曲構成。
やりたい事を一人ぼっちでやり遂げて来た生粋の音楽オタクが初めてファンに向けて贈り届けた優しい作品と思えてしょうがありません。
隠と陽で言ったら、私含めて隠の方の方々に刺さるアルバム。もはや70歳の彼の心の中に僅かに残されたダークな感情は「穏やかなあっちの世界」に向いているのではないでしょうか。