クリエイティブの構造とディレクション
これは私が自社の事業部内にて講義を行なった内容を振り返ってまとめたものとなります。受託デザイン会社で長らくプロジェクトリード/クリエイティブディレクターとして働いていたため、事業会社内の制作チーム・企画ディレクター向けに『クリエイティブに関わるディレクション』についての考え方をレクチャーしてほしい、という依頼に応えたものとなります。
補足として、私自身はクリエイティブディレクションのエキスパートでもなければ、広告代理店等での勤務経験もないのですが、「目的に沿ったものを楽しく作る」ということを主眼においてさまざまなプロジェクトを担当してきました。過去一緒に働いてきたアートディレクター/デザイナーの人たちは有名なスタートアップ、大手企業、独立などさまざまなところで活躍をしており、そのような人たちから「一緒に仕事ができてよかった、また仕事がしたい」と言ってもらえたことが、個人的には心の支えになっています。この記事では、そうした経験の一端を説明できればと思います。
わざわざ”クリエイティブのディレクション”と言っている通り、広告やコンセプトの発想方法などは言及しません。クリエイティブに携わり、その構造を理解しつつより上手にチームや人の力を引き出すための方法について書いていきます。
前提
どんな人向けの記事か
デザインやクリエイティブに関わる仕事についており、品質をあげたい、より良いものを作りたいと思っている方
職種:WEBディレクター、マーケター、開発ディレクターなど
私のデザインやクリエイティブに対する考え方
「デザインやクリエイティブに命をかける」というようなアプローチはしない、健康的にものづくりをすることを主眼に置く
合理的なプロセス構築の上に人の力が乗ると考える。
スタープレイヤーの属人性からいいものが生まれるのではなく、チームワークによっていいものが生まれる。
クリエイティブやデザインに関わるうえで欠かせないこと
講義で説明を聞いたからと言って明日から急に何かができるようになるものでは当然ありません。デザインやクリエイティブに関しては個人の力とは切っても切れない関係なので、日々の過ごし方が重要になるという大前提があります。個人的には以下の2つが重要だと考えています。
日々のインプットや美意識の磨き上げを怠らず、目や感性を養い、高い解像度を持とうとすること。これはディレクションにおける「判断」と「引き出し」に直結します。
世の中のトレンドや情勢などに敏感になり、自分なりのPoV(Point of View = あなたならではの意見や視点)を持つこと。(これはかつでfrog designでの職務経験のある同僚が口を酸っぱくして教えてくれました)
このインプット領域の話はまた時間があればnoteに記載してみようかと思います。
依頼の背景
事業会社で働いていると(会社によると思いますが)受託に比べ「クリエイティブ」に関する打席は回ってきません。会社によると思いますが、クリエイティブやブランディングに関することは外部パートナーに依頼するケースが多いです。かくいう自分も事業会社に入ってからは自分がディレクターとして窓口に立ち外部の方々とコミュニケーションを取ることも少なくありません。
数年事業会社で働いてみた感覚だと、受託とくらべて事業会社に入った時点でクリエイティブやデザインのディレクションに関するスキルを伸ばしにくくなるようです(もちろん企業によるでしょうが)。社内にクリエイティブを評価できる人がいなければ、クリエイティブな人が入社してくることも減るので、構造としてクリエイティブに尖った人材が少なくなります。
対して受託デザインの会社はその能力・専門性がなければ飯が食えなくなるので、いいものを作れる人を育てていく必要があり、一定の厳しい環境の中でスキルが磨かれていきます。仕事の量や打席の数も多いので「デザインやクリエイティブに閉じた」経験を積みやすいと思います。逆をいえば、ゴリゴリと改修を重ねて直接ユーザーに価値を届けたい!という人は事業会社にとても向いていると思います。どちらも長所はありますが、事業会社に居ながらでもクリエイティブさを追い求めたい、という意思をもつメンバーからの依頼があり、私のこれまでの経験を内部メンバーに対して少しずつ伝えていってほしい、というオーダーがありました。
クリエイティブに携わる人間の役割
私自身は「どれだけいいインプットを、いい状態で渡すことができるか」に尽きると考えています。自分がデザインで手を動かしてアウトプットを行う立場でない以上、いかにアウトプットの創造性に貢献できるかを考えて仕事に臨みます。クリエイティブに関わるディレクションというと「かっこいいコンセプト」が大事、のようなイメージがありますが僕はそれは極論必要性は高くないと思っています。
サッカーに例えるなら、最終的に「ゴールが決まれば良い」という話で、それに必要なのは魔法のようなパス(≒いいコンセプト)だけでなく、オフボールの動きだったり、泥臭いポストプレイだったり、そもそもの戦術だったりするはずです。サッカーに詳しい人ほどそうしたオフボールや戦術を見て「芸術」というようなことを言ったりしますが、これは決して一芸に秀でたスタープレイヤーのスタンドプレイだけが持ちうる要素ではないはずです。
個の能力は必要ですが、自分にボールが回ってきた時にとりあえずエースにボールを渡すだけ、というのはいかんせん仕事としてもやりがいがなさすぎますしいつまで経っても上達しません。できるだけエースにいい状態でボールを渡すためにできることを自分で考えてやっていこう、というマインドを持つことが大切だと思っています。
クリエイティブの構造
考え方
スポーツや武術などの映像を見ていると思うのですが、達人であればあるほど人体の骨格や仕組みを理解し、無駄のない少ない動きで強い力を出すことができます。これと同じように、いいものを作りたいと思った時には何がどのように影響を与えるのかという構造を理解しておくことが一番の近道だと思います。闇雲に取り組むのではなく、原理原則を理解してプレイすることが大事です。そしてこの基本の考え方はディレクター職能が一般的に持っているプロジェクトマネジメントの構造と同じです。よくある事例だと、アートディレクターやプロデューサーの剛腕で配下のアシスタントを酷使することが常態化されており、具体デザイン以外のパートがブラックボックス化しているのを見かけますが、これは構造の概念がおざなりになっているのだと考えています。
私が考えるクリエイティブのアウトプットの品質は以下の要素の掛け合わせが影響を及ぼしています。
タイム/スコープ/コストのバランス
インプットの質
デザイン環境
プロセス
個/組織の能力
タイム/スコープ/コストのバランス
PM的観点では当たり前の話ですが、品質は上記の3つの要素のバランスの中に存在します。円の面積が最大化されるようにプロジェクトの土台を整えることが必要です。その上で、デザインのクオリティを裏から支えているのはプロジェクトマネジメントであると言っても過言ではないと思います。適切な時間、適切な作業量、必要なリソース(資材・人材)を調達できるコストのような前提がなければ、誰かが死ぬほど働くか、身銭を切って利益を失うかなど、犠牲の上に成果物が成り立つ構造になります。どこまでデザインの品質を上げることができるかは条件に大きく依存することとなります。
インプット
成果物がゴールだとするとそこまでのプロセスはインプットとアウトプットの関係で繋がっています。いいアウトプットを出したい場合はいいインプットが必要です。
デザイナーの視点から見るとコンセプト等含めた全ての中間成果物がインプットとなります。つまり、ディレクションを行う側の役割はデザインするためのいいインプットを計算して作り上げることになります。例えばリサーチをした場合にローデータをそのまま渡すのか、考察踏まえてシャープにしたサマリーを渡すのか。どんな人に話を聞くのか、ユーザーなのか、事業責任者なのか、、、など。プロジェクトを設計・推進する立場の人間が「デザインを作り上げるために必要なインプットの種類・精度」を逆算してディレクションをしていく必要があります。
大前提、プロジェクトごとにきちんとリサーチをしていない場合はほぼ個人の引き出しに閉じたアウトプットしか出ないことになるので、きちんとインプットのフェーズをプロジェクトに組み込むことをお勧めします。
プロセス
いいインプットを作り上げるためには、上述したタイム/スコープ/コストのバランス、質の高いインプットを担保するためのプロセスが必要となります。そのプロセスはWBSやガントチャートによって示されたり、場合によってはプロジェクト憲章などで提示されることが多いはずです。加えて、どのタイミングで誰のレビューをもらうのか、承認者は何段階で誰がどういう視点で関わるのか、などのステークホルダーマネジメントの観点も必要となるでしょう。
このプロセスを社内・社外共に承認された状態にしておくことで、デザイナー含めメンバーは安心してプロジェクトに臨めるようになるでしょう。ちゃぶ台返しのリスクを0にすることは難しいかもしれませんし、プロジェクトの進行がすべて計画通りにいかないことの方が多いでしょう。しかし自分一人の頭のなかにあるだけの計画には意味がありません。社内メンバーやクライアントとの協議を経て、関わる人たちが納得するプロセスを可視化して共有しておくことが重要となります。
個/組織の能力
プロセスを実際に実行していくメンバーの力、そしてその組み合わせが最終的な品質を左右する大きなファクターであることは避けられません。合理的なプロセスとは人の力を最大限・最大効率で発揮させるためのプロセスであるため、組織が持っている力が高ければ高いほどその効果は大きくなります。プロジェクトをリードする人間はメンバーを客観的に見極め、必要に応じて外部の人員を登用するかどうかなどを判断することになるでしょう。
また、クリエイティブに関しては正直ビジネス的な合理性だけでは到達が難しい領域が存在しており、その人でしか生み出せないものや、やり抜いてきた人同士でしか分かり合えない領域があると感じます。どれだけ優れた人がでも精神と時の部屋のような圧縮された時間の中で、数多の失敗を重ねながら研ぎ澄ませないと辿り着けない世界があると感じます。外にある課題を大量にこなすのではなく、深く深く内に潜り生み出すというような感覚で、その経験を何度しているか、、、というのが能力に依存しているような気がしてなりません。
環境
さらにデザインやクリエイティブの品質を上げたい場合は環境を整えていくことが大切です。ここでいう環境とは、デザイナーやクリエイターとのコミュニケーション、彼らの個性を踏まえたフィードバックの仕方、信頼関係の構築、デザインチームの役割分担や、他職能との関わり合い、など包含した意味合いで使っています。
デザイナーやクリエイターを取り巻く環境をコントロールし、より制作物にフォーカスさせるためにノイズを消す。気持ちよくデザインしてもらうために感謝やリスペクトを忘れない。その人のデザインの仕方を尊重する、などさまざまです。
優しいフィードバックが好きな人もいれば、厳しいフィードバックが好きな人もいるので、作り手と相互理解を深めながら高め合える関係性を構築していくことが大事だと思います。
最後に
講義の感想を多くのメンバーにもらったのですが、ディレクター陣に最も響いていたポイントとしては、「デザインやクリエイティブは付加価値」であり、「必要十分要件」を満たすために工数や時間を使い切ったら生まれにくい。という話でした。
遊び心のある演出や気の利いたコピー、細部までデザインされ切った美しさ、統合された気持ちの良い体験、などクリエイティブの発揮しどころはたくさんあります。ですが、そうした要件は事業における要件には基本的には含まれることは少ないでしょう。必要十分な要件を満たした後に、自分なりにその事業やプロジェクトにおいてどういう価値を上乗せするか、がクリエイティブには求められています。定められた要件の上に自分が決めたゴールがあると思っています。
もしクリエイティブを自分でディレクションしたいと思うのであれば、自分が上乗せしたい価値を考え、プロセスを構築し、チームをリードしていく必要があります。事業やビジョンの達成が主語になっている限り、上乗せされる価値は事業にとってプラスです。身近なところからできる範囲で、ディレクションを通してクリエイティブに向き合っていけるとよりよい事業やプロダクト、ブランドを生み出すことができると信じています。
現状言えることはこれくらいで、もしかしたら今後書き直すかもしれませんが、この記事が誰かの参考に少しでもなれば幸いです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?