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憂う宇宙人

  憂う宇宙人

                             

 我々はこの地球で言う『宇宙人』だ。

 我々からすれば地球人こそ宇宙人ではあるが、この地球の言葉を借りて声を上げる以上、地球に準じる次第である。

我々の母なる星は、地球で言うところのおよそ百年前、宇宙から飛来した謎の菌糸状の生命体の侵食により、わずか数ヶ月で死の星と化した。

その為に我々は自らの生態系を維持できる星を探し、長きに渡り宇宙の隅々まで彷徨い続けた。

 あらゆる惑星に降り立ち、その星の生態系に潜り込んで移住を試みたが、その全てが失敗。度重なる不都合と不適合によって、数多の惑星の生態系を我々は崩壊させてしまった。

 地球の言葉で言えば、それは『侵略』に値するだろう。そう、我々の星を壊滅に追いやった奴らと同様に。

とは言え我々にはその意図はない。しかしながら、種の存続に重きを置けば、図らずもその結果に至ってしまう。そして我々も宿主を無くし、またもや広大な宇宙へと放り出される始末。


 その不毛な連鎖の果てに、我々は地球に辿り着く。

そしてこの地球に安住の地を見出した。生態系を破壊することなく、我々は地球に生きる全ての生命との共生に成功する。

 何故なら、我々がその身を宿したのは、地球で言うところの、

『電化製品』

 だからである。

「うた、もうレンジでチン出来るよね? ご飯食べたらちゃんとお薬飲んでね。ママ、お仕事に行ってくるから」

「え、やだ! 行かないで……」

 うたちゃんは動画を見ていたスマホを放りだし、お母さんの足下に絡みつく。投げ出されたスマホの画面上では、大怪獣ヲジラがしきりにダンスを踊っている。

「ほら、わがまま言わないの。いい子で待ってられるよね?」

 お母さんは跪くと、うたちゃんをぎゅっと抱きしめる。


「……うん」

 幾何かの間を経て、うたちゃんは小さく頷いた。

「じゃ、行ってくるね」


 お母さんが居なくなった玄関を、寂し気に見つめるうたちゃん。その頬は少しだけ濡れていた。


『さあ、おいしい朝ごはんだよ!』

私はそんなうたちゃんの為に、朝ごはんのパンケーキを一番美味しいタイミングまで、想いを込めて温める。





 我々宇宙人家族は、このうたちゃんの家の電化製品に身を預ける事にした。

 私は電子レンジで、うたちゃんとお母さんの為に美味しくご飯を温めている。そして妻は冷蔵庫で、二人の命を繋ぐ大切な食品の品質保持を、長男はお母さんのパソコンで彼女の仕事をサポート、そして幼い長女はうたちゃんのキッズスマホにて、彼女の娯楽と見守りを続けている。

それが我々がこの地球で生きる術と意義となった。

また長男はインターネットという世界を知り、そこで人間や世界、そして地球の事を学習し、私たちにもその情報を共有してくれる。そしてそのインターネットを介して、世界中に散らばる我らが同胞と繋がり、地球に辿り着くであろう残りの同胞の受け入れに尽力している。

『チーーン!』

 私は長男から授かったパンケーキの情報を元に、最大限の美味しさまで温めると、声高らかにうたちゃんにそれを知らせる。

「あちち……」

 うたちゃんは私のドアを開け、素手で中のパンケーキを取り出した。

『熱いから気を付けてね』

 彼女が閉めるドアの音に、私はその想いを込めた。




このうたちゃんはお母さんと二人暮らし。来年から小学校へ通い始める六歳の女の子。

しかし最近になって体調を崩し始め、保育園も休みがちに。今日も微熱が下がらず、保育園はお休み。お母さんはどうしても仕事を休むことが出来ないようで、うたちゃんを一人残して、泣く泣く部屋を出ていった。


その光景をここ数日見続けている我々家族は、うたちゃんとお母さん二人を護り続ける事を、今日も深く胸に誓うのであった。




『父さん、これを見てくれませんか?』

 うたちゃんとお母さんが寝静まったころ、長男が切羽詰まったような声をあげた。

『なに? なに? どうしたの?』

 その声に、スリープモードな筈のキッズスマホの娘が、好奇心の声をあげる。

『あなたは寝なさい。夜中はしゃぐとまた充電なくなっちゃうわよ』

 冷蔵庫の妻がすかさず言い聞かせる。

『ちぇっ、つまんない』

 娘はそっぽを向くようにして、液晶画面の灯りを落とした。


『急増する子供たちの謎の発熱……』

 長男が見せて来たのはその言葉の通り、子供たちの急な発熱が続出しているというネット記事。

それは、微熱がおよそ一週間続いた後に高熱に跳ね上がり、嘔吐と下痢を繰り返しの末、死者も続出しているという。

 長男の言いたいことはすぐに分かった。

 うたちゃんの微熱もここ一週間ほど下がらず、日増しにその体温は上昇を続けている。

併せて食欲も落ち始め、今日も夕飯を殆ど食べずに残していた。そして寝る前に吐き気も訴え、お母さんとトイレにて悪戦苦闘。

病院から貰った薬は、よく分からない抗生剤と解熱剤のみ。医師の話によると何かの感染症だろうとの事で、原因は掴めぬまま、投薬で様子を見る事に。

辛そうなうたちゃんもさることながら、誰も頼る事が出来ない、お母さんの困り果てた表情を見るのも忍びなかった。

長男は育児や病気、保障などのネット記事を、お母さんのスマホに貼り付けるも、怪しい広告記事と同一視され、それらは開かれるには至らなかった。




『そしてこれも……』

 長男は神妙な面持ちでとある記事を立ち上げた。

『宇宙からの贈り物か? 謎の菌糸状生命体……』

 その記事には地球上には存在しない、真白な菌糸状の生命体が発見された事が記されていた。

『まさか……』

 私と長男の不安は的中した。ネットの画像には、我々の星を壊滅させた、あの忌々しき菌糸状の生命体が映し出されていた。奴らがこの地球にも手を伸ばし始めた、そうなれば我々はおろか、地球人、否、うたちゃんとお母さんにも危険が及ぶ事になる。

『至急、各端末の同胞にこの情報を共有し、地球人たちへ緊急事態である事を伝えてくれ』

『分かりました』

しかし……


時、既に遅かった。

その日から一週間も経たない内に、菌糸状の生命体は地球全土に飛来し、蜘蛛の巣を張るようにして地表を埋め尽くした。そしてそこから放出される胞子は、あらゆる生命の抗体を破壊し始めた。科学者たちはそのスピードに追い付けず、瞬く間に人間はおろか、あらゆる生命がその魔の手に堕ちていった。









「おかあさん……だいじょうぶ?」

「心配しないで……お母さんは大丈夫……」

 うたちゃんとお母さんは、衰弱していく身体を互いに抱きしめ合った。

緊急事態に配給されたわずかな食事も喉を通らぬまま、二人は日々瘦せ衰えていくばかり。

 私は何も出来ない事に苛立ちと申し訳なさを覚えた。ややもするとあの菌糸状の生命体は、我々が連れて来たのかも知れない。なのに我々は、人類の作り出した電化製品の恩恵に預かり、のうのうとその命を永らえている。


『と、父さん、これ!』

 悔しさにひしがれる暇もなく、長男がネットにあがった動画に声を上げた。

 そこには、まるで巨大生物のように肥大した菌糸状の生命体が、津波のように地表を大移動している姿が映し出されていた。そしてそれが過ぎ去った後には、荒廃した大地が残り、我々の苦い過去を想起させた。

『父さん、どうしましょう……』

『あたしに任せて!』

 その時声を上げたのは、まだ幼い娘だった。

『みんなの希望を一つにするの!』

 何も成す術もない我々大人たちは、娘のその言葉に賭けた。


 娘の号令と共に、地球全土に存在する『電化製品』に電源が入り、それらは各主要都市ごとに集合を開始した。あらゆる家屋や施設から、ありとあらゆる電化製品が飛び出していき、それぞれが合体と融合を繰り返し、それは天高くそびえ立った。

 そしてその模様はネットにて中継され、残されたテレビやパソコン、スマホに映し出された。


「あ、ヲジラ!」


 画面に映し出されたその雄姿に、うたちゃんと世界中の子供たちが歓声を上げた。

『さあ、行くよ!』

 娘の掛け声と共にテーマソングが流れ出し、世界中のヲジラが咆哮を上げる。そして迫りくる巨大化した菌糸状の生命体に、敢然と立ち向かっていく。


 火力、風力、赤外線、ありとあらゆる電化製品の機能が融合し、目の前の敵を粉砕していく。その姿に世界中の子供たちはおろか、大人たちも画面越しに声援を送り始めた。

「がんばれ! ヲジラ!」

 それに呼応するかの如く、ヲジラは力強い咆哮と共に数々の必殺技を繰り出す。

 その猛攻に、菌糸状の生命体は瞬く間に粉砕され、跡形もなく消え去っていく。そして真っ白く覆われていた地表が、徐々に元の姿を取り戻していく。その光景に世界中の誰もが勝利を確信した、その瞬間……


「かわいそう……仲良く出来ないの?」

一人の少年が呟いた。その少年は菌糸状の生命体の為に、一人涙を流した。

 子供の声に敏感なヲジラは、その想いに呼応し、攻撃の手を躊躇した。

併せてテーマソングも徐々にフェードアウトし始める。

 その刹那!

『解決の糸口が見えました!』

 世界中に情報と危険を発信し続けていた長男が、声高らかに叫びをあげた!

『この生命体は植物と共生できます』

 彼の情報発信のお陰で、とある国の科学者がその方程式に辿り着いた。

長男はその方程式をアルゴリズムに置き換え、全世界へと発信。そして、それを世界中のヲジラが受信し、『攻撃』ではない最後の熱線へと変換する。



『がおーーっ』

 娘の雄叫びと共に、世界中のヲジラが七色の熱線を放出した。

 地球は不思議な七色に包まれた後、力強い緑溢れる大地を取り戻した。



「うた、早くしないと入学式に遅れるよ!」

「まだ眠い……」


 すっかり元気になったうたちゃんは、今日から小学校一年生。


 あの発熱の原因は菌糸状の生命体の仕業ではあったが、植物と共生することでそれを中和する酸素を供給する救世主ともなった。


昨日の敵は今日の友。

我々は彼らに敬意を表する。



「いってきまーーす!」


 誰も居る筈のない部屋に向かって、うたちゃんは元気な声を弾ませた。


 そして我々もそれに呼応する。


『いってらっしゃーい!』


 



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