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2006年キルギス旅行(2)

 朝、街の中心部、中央郵便局の裏にある中央オヴィールに行く。果たしてうまくいくだろうか。といっても、これをしないと出国時に大いに揉める。罰金どころか出国できないかもしれない。だからやるしかない。
 人だかりの様子で、そこが事務所であることがわかる。入口で様子を見ていると、日本人が何人かいる。一緒に手続きしましようかということで行動を共にする。中の事務員は、こういうところではどこもそうだが愛想はない。しかしながらここの人は我々がどういう要件で来ているのかは百も承知という具合でてきぱきと事務的に書類を渡していく。書類を書き終えたら手数料を払い書類を提出する。この時パスポートのコピーが必要で、ところがあいにくそれを持っていなかった。こういうところではパスポートのコピーや顔写真数枚をあらかじめ用意していくのは必須である。しまったと思ったが、しかしながら部屋の中にある年代物のコピー機でコピーをとってくれた。こうして滞在許可らしきものがパスポートに押された。当初の話と違って宿のレシートを要求されなかったような気がするが、それはともかく手続き終了である。
 宿を変えて、モグリの日本人宿「南旅館」に行く。1年前の旅行中のサマルカンドで、一緒にビールを飲んだ日本人から、南旅館が本当に楽しくて、あと余談ながら宿の主人に案内されて行ったサウナで人には言えないピーなことが本当に良かったということを聞いていたので、そこに泊まることも予定には入っていた。念のためにことわっておくが、目的はそこに泊まることであって、ピーなことをすることではない。ところがうかつにもそこへの地図を用意していなかったので、ずうずうしくもサブルベック邸の電話機から旅館に電話してみた。電話に出たのは宿の主人である通称「ナンチャン」。名前の由来はウッチャンナンチャンかららしいが、それほど似ているわけではない。宿への行き方を教えてもらい、指定のトロリーバスに乗り、降りた後も迷いながらうろうろ歩く。南旅館はソ連風の団地の一室で、その団地もソ連時代にできたのだろう、外見はボロボロ。その同じようなボロボロの団地がいくつも建っていて、棟の番号とかもはっきりとわからない。おまけに南旅館は5階建て建物(だったかな)の最上階にあるので、上まで上がって間違えたことがわかると結構つらい。しかしながら一度も間違えずにたどり着くことができた。

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 南旅館が入っている団地の外見は随分オンボロだが、中は意外なほど小奇麗だ。旅館の中身は、病院のようなベッドがある部屋が2つ、管理人部屋も1つあるのだろう。あとは共用スペースとして台所と居間があり、日本の衛星放送も見れる。長期旅行者とってはオアシスのような所かもしれない。
 最近、長期旅行者は食費を浮かすために自炊をすることが多いようだ。そして食事の費用をみんなで出して、みんなで買い出しして、みんなで調理をし、みんなで食べるのを「シェア飯」というそうな。献立は現地料理のこともあるし、日本食あるいは食材関係で日本食みたいなものもある。長期旅行者にとっては日本食の方がありがたいのかもしれない。あと、中央アジアはどちらかというと現地料理のバリエーションが豊富な方ではない。外食だと極端な話、ピラフとラグマン(うどんみたいなもの)のローテーションだ。だからシェア飯となるのは自然な流れかもしれない。あと、やはりみんなで食べるのは楽しいはずである。
 自分はこのシェア飯なるものが苦手である。たとえばBBQをやるとする。参加者は自分でなにかしら仕事を見つけて働くものだが、何をやったらいのかさっぱりわからない。かといって後片付けの段取りもわからない。ただメシを食うだけの役立たずだ。シェア飯も同じことだ。働きもしないで少々気まずい思いで食べるシェア飯がうまいはずがない。でもシェア飯に参加しないと、旅館内の輪に入りずらい。今から思えば、この時点ですでに何かイヤな予感がしていたのかもしれない。
 次の日は、イシククルという湖に遠出する予定なので、夜更かしせずに眠った。ところがここにも蚊がいるようで、なかなか寝付けなかった。
 突然部屋の照明が明るくなり、うん?と思っていると、男の声がした。こっちは寝ぼけていたが、どうやら自分に話しかけているようだ。あなたのいびきでみんな眠れません。どうしてくれるんですか。だと。周りを見てみた。隣のベッドにいたネェチャンがそっぽを向いている。コイツが牢名主に訴えやがったか?しかしながら多勢に無勢、味方はいないようだ。寝るのが迷惑というのなら起きているしかない。男は、ドミトリー(雑居房)ですから仕方ないですよと言った。逆ではないか。他人のいびきがうるさくても、足が臭くても我慢しなければならないのがドミトリーなのでは。仕方ないというのはむしろこっちなのではないか。まあ確かにいびきが並でなくうるさいのは自覚しているが。自分に同情してくれた別の男性が、近くのカフェに行きましょうかと声をかけてくれたが、頭に血が上ってそんな気分になれない。ずっと居間で日が昇るのを待つ。
 朝になった。あれから一睡もしていないが、もうこんなところにはいたくない。管理人のおばあさんにお礼を言ってとっととチェックアウト。こんな状態でイシククルまで行く羽目になった。この事件を「ビシケクの屈辱」という。世界史の試験に出るから忘れないようしっかり復習すること。

キルギス 011

 南旅館での忌まわしい出来事は忘れることにして、イシククルという湖に行く。イシククルは、キルギス最大の観光の目玉で、ソ連時代は外国人が立ち入ることができず、おそらく共産党幹部用の保養地だったのだろう。
 バスターミナルに到着。ここからはカザフスタン行きの乗り合いバスも出ている。イシククルの街、チョルポン・アタ行きもミニバスだ。あまり待たずにバスは出発した。バスの最後部に座ったが、ここはシートが若干高い位置にあるために外の景色が見えづらい。それプラス強烈な眠気のため、バスのなかでは失神状態。途中ドライブインのようなところで休憩。
 はげ山の谷を抜けると湖が見えてくる。ここまで約2時間ぐらい。ここからさらに湖にそって約2時間走るとチョルポン・アタに到着。ただ、ミニバスを降りるタイミングを逸してしまっていたようで、適当なところでおろしてもらった。とりあえず湖の方に向かって歩く。バンガローような建物の横をとおりぬけるとホテルのような建物が見えてきた。とりあえずそこに行ってみる。
 そこはホテルというよりは国民宿舎というような感じだった。たくさんの人が泊まっているようだ。自分でも利用できそうかどうか様子を見てみたが、ロシア語できない自分が多忙なレセプションに行ってもとても相手にしてくれそうにない。仕方がない、ここを引き上げて幹線道路側に戻る。
 途中カフェで昼食をとってバスターミナルに戻る。そこには民泊の客引きいた。泊まれるのなら別にどこでもいいかと思い、英語ができる客引きのおばあさんについて行く。ところが車に乗っていくと湖とは反対方向に進んでいく。あれあれと思ったが、最終的に車が泊まったところは、なんというか、これがキルギスの民泊のスタンダードなのかどうか疑わしいくらいなんだかなというところ。イシククルに行ったのに、そこからは湖は全く見えず、それどころかなんだか収容所まがいのコルホーズに来てしまったかのような錯覚さえ覚える。暑い。トイレは離れにあるが、夜になってそこにたどり着くことができるのだろうか。そんなところであってもやはり睡眠不足で思考回路が断線していたのだろう。ここに泊まるのはやめと言えず、宿に荷物をおいてイシククルへ出掛ける。
 ところが水着を持ってきているわけでもなし、誰かをナンパするわけでもなしとなると、ここでやることはたかがしれる。一人ではぜんぜん面白くない。バスターミナルに戻って、宿のおばあさんから、ドイツ人がルームメイトとなったことを告げられる。あんなところに泊まる物好きがいることに驚いたが、ドイツ人では話し相手にならない。よし、もうここは引き揚げよう。ワシ、ビシケクに帰る、宿代はまあ返してもらわないでいいヨと告げると、おばあさんはちょっと驚いたが、特に理由を詮索するわけでもなくあっさり了解。
 バスに乗ってビシケクに帰る。行きのバスでも半ば失神状態だったが、帰りのバスではもはや倒れる寸前。そんなだからか、ビシケク市内に入って、最初に泊まったホテルの近くに着いたと思ってバスを降りたら全然違うところで、仕方がないのでタクシーを捕まえてホテルに向かい、着いてお金を払おうとしたら財布がないことに気が付く。バスの中で落としたようだ。あわてて別の財布からUSドルを取り出してそれで代金を支払う。落とした財布には大した金額は入っていないが、クレジットカードが1枚入っていた。本来ならすぐに利用停止の続きをせねばならないが、連絡先など一切合財がわからない。それ以上に、もうどうしようもなく眠い。キルギスは鬼門か。

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 キルギス観光のハイライトの一つであったイシククル湖がさんざんで、キルギス旅行は「はずれ」の部類となってしまったが、気を取り直して最後のキルギス観光。
 ビシケクにはなぜか「日本センター」という、こんな街には少々不相応なくらい立派なものがある。日本文化を紹介するのが主目的らしい。だからか、日本人が行ってもそれほど楽しいものでもないが、まあ話のタネに言ってみるのも悪くない。
 アラ・トー広場の、道路を挟んで反対側は「無名戦士の墓」のようなものがあるのか、若い衛兵が立ち番をしている。旧ソ連圏によくあるものだ。たまたま交代の時間だったようで、足を不自然に高く上げる歩き方を初めて見た。
 中央郵便局前のカフェでラグマンを食べたら、これでキルギスは終わり。タクシーで空港に行き、ウズベキスタン航空でタシケントへ。

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 都会の喧騒というものと無縁なキルギスのビシケクからウズベキスタンのタシケントへ来ると、なんだか都会に帰ってきたような気分。
 空港からタクシーでアミール・ティムール広場横のホテル・ウズベキスタンにチェックイン。少々休憩したのちに、通称「ブロードウェイ」と呼ばれる歩行者天国のサユルガーフ通りへ。ここで食事をしてちょっと散歩してたら、ベリーダンスを見れるところがあった。キルギス旅行ミッションの終了を祝ってちょっと見てみた。なんとなく場末感があって微妙。こんなものか。

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 昨年もタシケントには行ったのだが、腰をやってしまい、おまけに熱も出てしまって、あやうく中央アジアの土となりかけた(大袈裟?)ので、観光どころではなかった。よって、今回初めてまともにタシケントを観光する。
 タシケントは中国の古文書で「石国」として紹介される由緒ある街なのだが、それほど見どころがあるわけではない。しかしながら首都見物として割り切って見てみればそれなりにヨいブツを見つけることができるかもしれない。
 街の北部にテレビ塔がある。ホテルの近くの地下鉄駅から乗り換えなしでいくことができるので行ってみる。
 タシケントもこのあたりは郊外といった雰囲気だ。駅から若干戻った位置にテレビ塔はあった。だけど入り口がよくわからず、あたりをふらふら歩きまわり、人に尋ねてようやく入り口にたどりついた。
 エレベーターに乗って展望台に着いたが、お客さんはほとんどいない。一応レストランとなっているようだが、こんなところでメシを食って何がおもしろいのだろう。もっとも夜に行けばまた違ったのかもしれないが。あまり期待していなかったが、そのとおりだった。
 気をとりなおして観光を続ける。

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 チャールスゥ・バザールは、タシケントの旧市街側にある。見るものに困ればとりあえずバザールに行ってみよう、という法則がアジアにはあるようなので、とりあえず行ってみる。
 タシケントのいわゆる新市街側はソ連的で、緑がやたら多いものの、街の作りがなんでも大振りで、例えば道路の幅がの広いので、道路を横断するのも疲れるといったものだが、旧市街は緑が減り、ただでさえの暑いがより一層暑く感じる作りとなっている。キルギスのビシケクが涼しかったので、より一層暑さが身にこたえる。
 そんな気分で行ったので、そもそも買い物がそれほど好きでない自分がこんなところに行ったって楽しめるわけがないはずなのだが、やはり「おかーさーん、早く帰ろー」状態のガキそのものであった。おろかなり。

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 アミール・ティムール広場で休憩

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 アミール・ティムール広場の南西、サユルガーフ通り(通称ブロードウェイ)の南にある。ナヴァーイー記念オペラ・バレエ劇場(ナヴォイ劇場)。
 酷いとか、可哀そうとか、立派だとか、あらゆる感情の表現が陳腐となる存在と出来事。

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 アミール・ティムール広場の西にある、通称ブロードウェイと呼ばれるサユルガーフ通り。一応人が集まるエリアなのだが、繁華街という表現は合わない。ここは露店カフェがいくつかあるので、食事時にホテルから広場を横断してここまで出向く。地図上ではそれほど遠くないのだが、旧ソ連の街の公園と道路はやたら造りがでかくて広いので、歩くだけで疲れる。
 ソ連の街には繁華街といえるものがない。消費活動が敵のような扱いなのでそうなってしまうのだろうが、本当の狙いは、権力に不満で酒を飲んで憂さ晴らしをしている人民が集まってデモなどをおっぱじめるのを防ぐためらしい。タシケントは、ソ連時代はモスクワ、レニングラード、キエフに続く4番目格の街で、かつ中央アジアの「小モスクワ」であり、隠れ(でもないか)ムスリムである中央アジアの人民に対してにらみをきかせてきた街である。
 ソ連時代、モスクワに来た西側の人間が、夜になってバーとかスナック、クラブのようなところで飲みたくなり、ガイドに「ここから一番近いところに連れてってくれ」と頼むと、「ヘルシンキになりますがいいですか」と答えられた、とのこと。

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