危ない橋を渡る人びと
H出くんの彼女はえりかさんという名前だったそうで、最近顔を知ることができました。別に彼の彼女なんて、興味はなかったけれど、うちの奥さんがドラマを見ていて、そこでえりかさんが、実生活と同じように、不安げで、もの欲しそうで、男の人にかまってもらいたそうにしている姿を見て、身に付いたキャラを、フィクションの世界でも演じていたのだなあと感心したものでした。
彼女は、知ってか知らずか、無意識なのか、意識的なのか、女の子をかまってみたい男どもを誘う何かがあるようでした。たぶん、そういう風にして芸能界を生きてきたところもあったのかもしれません。
したたかに生きてきたつもりだろうけど、世の中のすべての女性を敵に回してしまったし、演技力もないのに、目だけトローンとさせるなんて、余りに低俗な女像を演じていて、そりゃ、世間からつまはじきにされる味と空気を振りまいていました。
そういう見え見えの、誘う力に転がっていく男も哀れではあるけれど、一体世の中って、どうなっているんだろうなと思うのです。
H出くんも、あまり演技力はなくて、身長が高くて、ヌボーとしてて、デクノボー的な味で、NHKの朝ドラに出ていました。相手役がAさんでした。彼はAさんが真面目で、前向きで、あれこれ知ろうとするし、演技も一生懸命だし、話していて楽しいし、気があった気持ちにもなれたし、一緒にいて楽しいと思ったのでしょう。まさか、結婚まで行くとは思わなかったかもしれないけど、とりあえず、いい雰囲気はあった。
ドラマが終わって、何度か会い、一緒にいたいと思い、だったら、結婚してみようと思った。その気持ちにウソはなかっただろうけど、本当に自分は彼女を好きなのか、彼女とどれくらい話をしたのか、彼女とどんな未来像があるのかとか、あれこれ考える時間はなかったでしょうね。
少し、ドラマの気分を引きずっていたんでしょう。相手役を好きになるというのは、それはなかなかいいことです。演技も光って来るし、お互いにいいムードも生まれるでしょう。でも、それは役の上でのことであって、実生活でその気分のままに過ごせるのかというと、現実はもっとゴチャゴチャしているし、つまらない日常のあれこれはあるし、結婚していたら、子どもも生まれることはあるし、ドラマの気分は、仮のものであって、日々の生活をこなさねばなりませんでした。
彼は、そこにドラマとのギャップを感じ、確かに一緒にいたら、気の合う部分もあるだろうし、楽しいこともあるだろうけど、甘いだけでは許されないところもあった。わかってはいるけど、何だかつまらなくなった。
そうしたら、お仕事をしていく中で、妻とは全く違う、トローンとした、自分を頼ってくるような、かわいらしさを自分だけにみせるような女の人に出会った。
普通なら、それは楽しいかもしれないけれど、そこに踏み込んだら地獄なのだという判断ができるはずでした。
なのに、彼はそんなことより、かわいい女との甘い時間だけを享受することを選んだ。それは、その陰には恐ろしい絶壁があるとも知らず、ホイホイとそちらに三年ほど繰り出したということでした。
そして、何もかも失った現在があります。それなりに復活できるのか、私は知りません。でも、彼くらいの役者なら、どこにでもいそうだし、彼が演技で頑張っている姿なんて見たことがありません。残念ながら、まだまだ一人で苦労しないといけないのでしょう。
どうして、そんな危ない橋を渡ったのか、そこは浮島で、いつ沈むのか分からなかったのに、彼はそこに足を踏み入れてしまった。
今も溺れているのか、それとも泳ぐ方法を見つけたのか、私には分かりません。ただ、世の中には、彼みたいなボンヤリ役者を陥れようというワナはたくさんある気がします。ザンネンです。そんな見え見えのオンナのワナに陥るなんて、彼も愚かというのか、恐ろしさは今になって分かったんだろうか。
どうして、男と女、どいつもこいつも愚かなのか、いやになってしまいますね。
私は、愚かですか? 私は愚かというよりも、根性なしですので、危ない橋がどこにあるかも知らず、何か危ない時には、自分ではちゃんとこれはいけないと判断できてたと思うんですけど、特に危ない橋もなかったんじゃないかな。