バックヤードの秘め事【連載中】
ばかだ、ばかだって思ってたけど、本気のばか。
彼女もちを好きになって、ばかじゃねーの。
泣かされてんなよ。
お前もクズになんな。
頼むから、好きな女を、お前が傷つけるな。
好きな女(里帆)×彼女もちの親友(望月くん)×片想いの俺(はせ)
今度の恋は、どっちと結ばれる?
【恋に堕ちたら、彼女がいました】
別次元の三角関係。
2024.05.31スタート
傷つく覚悟を決めて①/はじまり。
恋なんて、堕ちた方が負けなんだよ。
「俺にしとけば」
いきなりそんなことを言われたら…、目が点になりますから。
真剣な顔でわたしを見つめて離さないのは、バイト先の先輩(同い年の大学2年生)、長谷川亮くん。
バイト先は、レディースもメンズも扱うアパレルショップで、大学2年に進級してすぐに応募し、合格。
2カ月前から働き始めて、もうすぐ、教育係を卒業する、予定だったんだけど…。
教育係の親友で、安定した売り上げを伸ばす先輩はせくんから、突如、こんなことを言われたら、…混乱します。
「はせくん、いきなり…、え?」
「だから、俺にしろ、恋愛するなら」
「…なにを唐突にいってるの?」
わたしだけが話が通じないわけ、では、ないと思う。
新作の段ボールが届いたから、仕分けして、出す分だけの袋開け、畳みの準備…の流れで、なぜ恋愛の話が?
わたしのことをじっと見つめながらも、耳だけはフロアに意識を向けているのを感じる。
はせくんの仕事している姿はかっこいいと思う…けど、今はほんとうに、マイナスな印象しか持てないよ。
「……」
話が通じないわたしに、苦虫を噛むような顔をしたと思ったら、何事もなかったように作業に戻った。
「ちょーーーっと待って!え?どういうこと?」
「もう言わない。あとで、後悔すればいい」
「怖い暗示いわないで!」
普段、クールでやや怖くも感じる悪魔イケメンのはせくんに「怖い暗示」を言われると、本当になりそうで怖い!
この件で話すつもりはない、と、口を閉ざすはせくんに突っかかりながら作業を進めると、休憩上がりの望月くんが帰ってきた。
「望月くん…!」
「休憩ありがとうございましたーって、どうしたの?」
休憩終わりの定型文を言った後、望月くんは、わたしとはせくんの間に流れる、ちょっと暗い空気を悟ってくれる。
「え?っとー…」
望月くんが帰ってきた嬉しさが、素に出て、思わず名前を呼んだけど…、この空気に触れてほしいわけではなかった。
わたしは、先輩であり、教育係である、望月くんが好きだから。
バイト初日、教育係だと紹介された望月くんの笑顔と人柄に、わたしは一目惚れをした。
はせくんと望月くんは、系統が真逆のイケメン。
高身長で、スタイルの良さは後ろから見てるわかるぐらい。
その上、アパレルでバイトしているのに納得!!な、おしゃれコンビ。
2人は店舗でも有名な2人で、2人を目当てにしたお客様、指名するぐらいの顧客様もいるぐらい。
決して、面食いじゃない!顔だけで好きになったわけじゃない!と言い訳したいけど、初めて見た望月くんの柔らかい笑顔が、忘れられない。
まさに本当に、一目惚れだった。
休憩上がりの望月くんに、はせくんとわたしが2人でいたときの会話を話すということは…、好きな人の前で「恋愛の話」をするようなもの。
そんなこと、今のわたしには、耐えれられない…!
まだ、なにも進展がない恋愛に、爆弾を投下するようなもの!
はせくんに無言のジェスチャーで、言わないで!と訴える。
はせくんは、わたしの様子に気づいて、なにも言わずに見つめてきた。
「……里帆が、内緒にしてって訴えてくるから、言えないな」
「はせくん!!その言い方は…!」
反論をすぐに入れようとしたけど、ここで天の声か悪魔の声か、久保田さんから、どっちか休憩入ってー!とお声がかかった。
「里帆、先に行きなよ。俺と洸でここ、片づけておくから」
今日はわたしとはせくん、望月くん、社員の久保田さん、4人でお店を閉める。
わたしが閉店作業になれるためだ。
最後の休憩を回したら、お店の閉店に向けての準備が始まる。
はせくんが、わたしの負担を減らすように、先に休憩を譲ってくれたのがわかった。
こういうところに優しさが垣間見えるから、ときどき「え?」と思う意地悪をされても、はせくんを嫌いになれない。
むしろ、自覚してるけど、好きな部類だと思う。
望月くんがダントツ好きすぎるから、はせくんを異性として見れないガードがかかっているのもあるけど…。
「ありがとう。望月くんも、お願いしていい?」
「うん、大丈夫だよ」
望月くんの笑顔に、もう一度、ありがとうと応えて、持ち場を離れようとしたとき。
望月くんがぐいっと軽く腕を引っ張り、はせくんに聞こえない小声で「LINEで話を聞くよ」と言った後、さらりと腕を離した。
一連の動作が嫌な感じがしないシンプルさで、終わった後、あとからくる感情にぼんっと赤面する。
顔が赤くなっているのを見られないように、顔を少し伏せながら、久保田さんに、わたしが先に休憩に入ることを伝えにいった。
「洸って、ほんとに悪いやつだよなー…」
「え?なんで?」
(天使のような雰囲気をまとうこの男が、ほんとは悪魔だよって里帆にいってやりたい。)
はせくんと望月くんの間で、こんな会話があったなんて露知れず。
わたしは、望月くんの内面も見て、好きになった気でいた。
知っているつもりで、知らない顔がまだまだ、たくさんあること。
わたしが知っているつもりで、知ろうとしなかったはせくんの”想い”があること。
このときのわたしは、まだ、何も知らなかった。
恋愛は、傷つく覚悟と、傷つける覚悟の、両方が必要なことにも。
休憩からあがると、宣言通り、2人で仕上げてくれてた。
その上、閉店時間が近づく中でも、丁寧に接客をして、売り上げに繋げている。
2人の姿は本当に、頼もしかった。
わたしが出てきたことを目線で確認したはせくんと望月くんが、接客の邪魔をしないような合図で知らせてくれる。
2人が気付いてくれたので、わたしは簡単な締め作業から入ることにした。
はせくんはそのまま休憩に入らず、30分早い帰宅になるかも。
休憩に入れそうな感じじゃないなー…と、よく働く2人の姿を勉強しながら、整頓作業、掃除に取り組んだ。
はせくんは休憩に入る余裕ないかと思ったけど、望月くんが予定が入ってしまい、30分早く退勤するらしい。
休憩から上がった2人の間で出た話らしく、はせくんは無理矢理休憩をとり、望月くんは入れ替わるように退勤となった。
「慌ただしいね」
「俺がわがまま言っちゃって…。翔さんとはせで協力してくれたんだ。三上さんも、ごめんね」
「全然大丈夫だよ。望月くんの普段の頑張りがあるからだよ」
「ありがとう」
そうやって笑う望月くんは、最初に恋に堕ちたように、言葉で上手く表現できないぐらい目を奪う。
望月くんの笑顔は、特別。
この感情を正確に表現できる言葉があるなら、総動員して書き出したい。
それが出来ないぐらい、望月くんの笑顔の破壊力がすごい。
わたしの陳腐な言葉のボキャブラリーでは、足りなすぎる。
みんなが望月くんを好きなのは、内側から出る魅力や雰囲気も、あると思う。
望月くんは天使で、はせくんは悪魔、の表現が、いちばん近いかな…。
「洸、上がっていいよー」
バックヤードから若干、眠そうな様子を見せたはせくんが出てきた。
(あ、本当に悪魔っぽい)と思うぐらい、目つきが悪くなってる。
「眠い?」
「ちょっとね、短い時間で仮眠とったのが悪かったかなー…余計に眠いわ」
「無理言ってごめん」
はせくんの様子を心配して、望月くんが声をかける。
「全然よゆー。…待たせてんだろ?早くいってやれよ」
「…うん、ありがとう」
男同士の会話なのか、小声で話す望月くんとはせくんの声は、しっかり届いてくれない。
2人で通じるものがあるのかなー…なんて、呑気なことを想っていた。
本当に、このときのわたしは、一日通してのんきすぎたかも、しれない。
「三上さん、先にあがるね。ありがとう!がんばって」
「うん!ありがとう!頑張るね」
望月くんの優しい言葉にしっかり応えて、バックヤードに向かう望月くんを見送った。
「里帆がほとんどやってくれたから、あとは翔さんの細かい作業だけだな」
「ほんと!?よかった!締め作業、慣れてきたかな?」
「洸の教育係も卒業なるし、締め作業のときは、俺か洸のどちらかしかいないように、なるかもな」
「…それもそれで、寂しいね」
「…里帆は、洸だろ」