句具ネプリ秋分 好きな句鑑賞
広瀬康と申します。趣味で俳句をしています。
今回は句具ネプリ秋分で拝見した句の中から個人的に好きな句をピックアップして、鑑賞文を書かせていただきました。
見当違いの読みをしているかもしれません。句のあとに作者名を敬称略で記させていただきます。
蹄鉄を打つ音月光割れる音 桜井教人
馬の蹄を保護するための蹄鉄。調べてみると、蹄鉄は蹄の神経の通っていないところに専用の釘で打ち付けるそうです。蹄鉄を打つ硬質な音。その音に月光が割れる音を感じたという句だと思いました。形のない「月光」を固体として捉える感性、固体として捉えただけで終わらず、それを割り、聴覚情報として結実させる腕前。すごいです。
校舎よりボーイソプラノ秋澄めり 卯月紫乃
校舎から歌声が聞こえる。声変わり前の男声の繊細なソプラノを伝える秋の空気が澄んでいる。もしかしたら来年の秋にはもう失われているかもしれないボーイソプラノ。永遠でないその声の美しさに聞き入ります。
黒板に書く君の名や秋澄めり 山川賢茶
黒板の日直の欄に「君」の名をチョークで書く。チョークが少し砕ける音さえ聞こえるほどに秋の空気が澄んでいる。作中主体にとって「君」は特別な存在で、恋かはわからないが、気になっている。どれだけ丁寧に書いても「君」との距離は縮まるわけではないが、一画一画、気持ちを確かめるように書く。そんな放課後。
小鳥来る一週間の句の整理 梵庸子
秋、日本に飛来する小鳥たちの気配を感じながら、一週間の間に書き散らした俳句の数々を整理し、ノートに清書していく心地よい時間を感じました。一句通して読むと、小鳥の一羽一羽が一行詩であるような、そして俳句の一句一句が羽ばたくかもしれないというような、小鳥と詩の呼応が生まれます。
天高しビルの谷間にビルが建つ 三月兎
秋は大気が澄み、天が高く感じられる。都会。ビルとビルの間にビルが建つという。建設途中のビルはやがて、両隣のビルよりも高くなり、天を衝くのかもしれない。建造物では決して届かない天の深さを感じました。
ヘブンでもスイカ早食いしてますか 押井獅子
ヘブンは天国。生前、スイカを早食いしていた人に向けての句だとわかります。故人のことを思いながら、ゆっくりとスイカを食べる作中主体。飾り気のない率直な問いかけが詩になっているところが好きです。
象番の林檎を高く高く投ぐ 鈴木麗門
象のお世話をする象番が餌の林檎を高く高く投げた。秋晴のとても気持ちの良い日だったのだと思います。高く上がった林檎が落下に転じる前に一瞬、空中で止まります。そのときの林檎の赤と空の青の鮮やかな対比。象は、高く高く投げられた林檎を楽々と鼻でキャッチするのでしょう。
小指には小指の役目鰯雲 颯萬
五本の指の中で最も短く小さな小指にも役目があると肯定する。些細なものにも役目はあると世界を肯定したとき、鰯の群れのような雲片の一つ一つが意味のあるものとして輝き始める。読んだ人の世界観を変えるような一句。
京のみの旅程の秋を奈良りけり 田中木江
京都に行くだけの旅程だったが、旅程に無い奈良に寄った、というふうに読みました。「奈良る」という動詞がすごく面白いです。「けり」という伝統の切字を「奈良る」という独創的な動詞に合わせている点が面白さを倍増させているんだと思います。旅程に縛られない自由さが気持ちがいい一句。
月を待つカヌレにちょうどいいお皿 後藤麻衣子
秋の名月が出るのを待っているしずかな時間。手元には「カヌレにちょうどいいお皿」がある。カヌレというお菓子を中央に据えると、おのずとこのお皿のサイズ感が見えてくる。「月」や「カヌレ」を直接詠むのではなく、月が出るまでの時間やカヌレを置くためのお皿という生活の周辺を丁寧に詠んでいる一句だと思いました。
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以上になります。お読みいただきありがとうございました。
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