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【漢文】1700年前の計算ミス/ファクトチェックなんて無理

佐藤大朗(ひろお)です。早稲田の大学院生(三国志の研究)です。20年弱続けた会社員生活を辞めて、博士課程の学生をやっています。

いつもの日記とは異なり、少し研究寄りに、漢文(中国古典)の話をしてみます。

前近代の中国では、どのように文献を読んできたのでしょうか。
今回は、「どうせ先人の計算ミスなんだから、さっさと切り捨てたらいいのに、先人の書いた漢文(計算した結果)を異様に尊重していて奇妙だ」という事例をご紹介したいと思います。
先人が書いた文献へのこだわり方は、現代日本からは「宗教的」にさえ見えるかも知れません。まるで宗教の教義、教祖のことばを記録した聖典のように大事にしています。

どんなふうに異様なのでしょうか。


『春秋左氏伝』伝の文

むかし中国には「斉」という国がありました。有力な臣の「陳氏」が国の乗っ取りを画策します。どうすれば国を乗っ取れるか。民に減税(ばらまき)をして人気取りをします。
『春秋左氏伝』昭公 伝三年に次の文があります。『春秋左氏伝』は、春秋時代のむかしのできごとを書いた本とされます。

齊舊四量、豆・區・釜・鍾。四升為豆、各自其四、以登於釜、釜十則鍾。陳氏三量、皆登一焉。鍾乃大矣。以家量貸、而以公量收之。
齊の舊の四量は、豆・區・釜・鍾なり。四升を豆と為し、各々其の四を自(もち)ゐて、以て釜に登る。釜十は則ち鍾なり。陳氏は三量、皆 一を登(くは)ふ。鍾は乃ち大なり。家量を以て貸して、公量を以て之を收む。

『春秋左氏伝』昭公 伝三年

斉の国には(穀物を計る)公定の単位があった。豆・區・釜・鍾である。4升が1豆であり、4進法だった(4豆で1區、4區で1釜)。
ところが(乗っ取りを画策する陳氏は)単位を変更し、5進法を採用した。民にタネモミを貸与するときは、自分で決めた5進法を使い、民から収穫物を納入させるときは、斉国おおやけの4進法を用いたと。

『春秋左氏伝』の伝文には「単位を変更した」と書いてあるけれど、計算結果が書かれていない。どれぐらい差を付けたのか。

斉国の公定の単位は、
4升=1豆、4豆=1區、4區=1釜
「釜」を最小単位「升」で換算すると、
1釜=64升(4升*4*4)

乗っ取りの陳氏は、4進法を5進法に変えた。
5升=1豆、5豆=1區、5區=1釜
「釜」を最小単位「升」で換算すると、
1釜=125升(5升*5*5)
となり、約2倍です。

レートを2倍に変更し、民に減税していた。計算してみない限り、どれぐらい激しいバラマキであったか分かりません。

1700年前『春秋左氏伝』杜預注

この計算を、西晋(1700年前)の杜預もやっていました。杜預は、三国時代のつぎ、日本では邪馬台国が傾いていたころのひと。

杜預からみれば、『春秋左氏伝』は「700年以上前のことを書いた、読むのが難しい本」なので、読み方を説明する必要がありました。
大きな枠組みで見れば、杜預は、現代の「歴史研究者」に近い。古い文章の読み方を説明するという点で、このnote記事ですら同じ役割です。

杜預も計算結果を書いています。
杜預は3世紀の中国人なので、もちろん漢文で。

登加也。加一、謂加舊量之一也。以五升為豆。五豆為區。五區為釜。則區二斗、釜八斗、鍾八斛。
登は加ふなり。一を加ふは、舊量の一を加ふるを謂ふなり。五升を以て豆と為す。五豆を區と為す。五區を釜と為す。則ち區は二斗なり、釜は八斗なり、鍾は八斛なり。

『春秋経伝集解』昭公 伝三年

もとの公定の4進法に「1を加え」て5進法にした。これはぼくが上で行った説明と同じです。5升が1豆、5豆が1區、5區が1釜。認識が一致。
では計算結果は??

杜預によると、1釜=80升(8斗)

????

おかしいです。ぼくが計算したときは、125升でした。どうしてこんな数字が出てきたのか。杜預の計算式を推測します。
1釜=80升(5升*4*4)
掛け算の最初の1回だけ5進法にしたが、あとの2回の掛け算を5進法に変更するのを忘れています。杜預が自分で「5豆が1區、5區が1釜」と言っているのに、これに逆らって4進法で計算しないと、80升にならない。

杜預は計算を間違ってる。杜預さん、ドジでしたね。
これで済ませて終わり。
……でよさそうなものですが、杜預の注が国家に承認されて権威を持つので、どうにかこうにか、杜預の注を「合理的」に読もうとする、地獄の穴埋めが始まります。

1400年前の陸徳明『経典釈文』

杜預の説は、南北朝(日本から、倭の五王が使者を送った国々)で継承されて、陸徳明『経典釈文』にまとめられました。

杜預から300年後、南朝の陸徳明は考えました。

杜預は自分で「5升が1豆、5豆が1區、5區が1釜」と書いているのに、途中から4進法で計算している。計算ミスにみえる。
ということは、
本来、杜預サマは「5升が1豆、4豆が1區、4區が1釜」と書き、計算結果と一致していた(に違いない)。しかし、途中の300年間のどこかで不注意者が写し間違えて、「5升が1豆、5豆が1區、5區が1釜」とねじ曲がった(に違いない)。そのせいで、杜預サマの説明文と計算結果が合わなくなった(に違いない)。

陸徳明は、心眼(こころのめ)で、「5升が1豆、4豆が1區、4區が1釜」と書かれていたはずの、杜預サマの本来の文(舊本)があったに違いないと見抜いて、このように指摘しました。
根拠なんか(恐らく)ないんですよ。

ぼくが考えるに、心眼で本来のテキスト(旧本)を見抜くには、2つの方法があります。
つじつまが合うように、計算のプロセスか、計算結果のどちらかを誤りだと決めつけるのです。解釈A、解釈Bと名づけましょう。

解釈A。説明文「5升が1豆、5豆が1區、5區が1釜」が正しく、計算結果が書き間違いだと決めつける方法。
すると、1釜の計算結果は本来「1斛2斗5升」(125升)と書かれていたが、書き間違って「8斗」(80升)に変更されたと推定される。しかし、人間が「1斛2斗5升」を、うっかり書き間違えて「8斗」にするわけがない。さすがにそれはムリだ。別の解釈が必要。

そこで解釈B。計算結果「8斗」(80升)を正しいとし、説明文を書き間違いだと決めつける。「5升が1豆、5豆が1區、5區が1釜」は、本来は「5升が1豆、4豆が1區、4區が1釜」であった文を書き間違えたものだ、とする。2箇所の「4」を「5」を書き間違えるくらいならば、人間ならやりかねないので、ムリが少ない。
だから陸徳明の心眼は、解釈Bを採用しました。

陸徳明は、すでに杜預から300年後のひと。杜預が自分で書いた本を見たのではありません。杜預サマが「5升が1豆、4豆が1區、4區が1釜」と書いた証拠なんかない。でも、本来のテキストを気合いで復元しています。

杜預サマでも間違えるんですねー、バカですねー、
で済ませることはない。
不整合を杜預のせいにせず、杜預はノーミスであることを前提に、途中で書き間違いがあるとしたら、どこでどのように間違えた可能性が一番高いのか?を考えて、解釈Bを捻り出しています。

陸徳明『経典釈文』の弁明1

陸徳明は解釈Bを採用し、心眼で「5は4の筆写ミス」と主張したわけですが、もうちょっと説明を補っています。

直加豆為五升、而區・釡自大。故杜云、區二斗、釡八斗、是也。
直だ豆のみ加へて五升と為さば、而らば區・釡 自づから大ならん。故に杜云ふ「區二斗、釡八斗」は、是なり。

[唐]陸德明撰、版本:四庫全書本、卷十八、第692頁、31卷

斉国の単位は、「4倍→4倍→4倍」だった。『春秋左氏伝』の文をすなおに読むと「5倍→5倍→5倍」のようである。
しかし陸徳明は、”杜預サマは間違えない” という前提を守るため、「5倍→4倍→4倍」という変則的な読みをした。
これって大丈夫なの?
という反論に、陸徳明は先回りした。
つまり、杜預サマをかばうあまり、『春秋左氏伝』のもとの文脈が破壊されていないの?という心配をつぶしておきたい。杜預は『春秋左氏伝』の説明をしたのだ。杜預を尊重するあまり、おおもとの『春秋左氏伝』の意味が通じなくなっていたら元も子もない。

陸徳明は、これを心配ご無用という。なぜならば、「4倍」から「5倍」という変更を1回やるだけでも、計算結果は増えるから。単位系をいじくって民にバラマキをした、という「陳氏」の財政政策は成り立ちます。
「4倍→4倍→4倍」<「5倍→4倍→4倍」ですよねと。
※そりゃそうだ

陸徳明『経典釈文』の弁明2

陸徳明は心眼をもちいて、「5」は「4」の書き間違いだ。その書き間違いが2回あるのだ、と言いました。

しかし、杜預サマが最初から「5」と書いていた可能性がある。その場合、書き間違いは起きていない。伝言ゲームの中継者の罪はないことになる。その場合、杜預サマは計算を間違えたと考えるしかないのか??

いいえ!杜預サマは間違えないのです!!

本或作五豆為區五區為釜者謂加舊豆區為五亦與杜注相會非於五升之豆又五五而加也
本 或いは「五豆を區と為し、五區を釜と為す」と作るは、舊の豆・區に加へて五と為すを謂ふ。亦た杜注と相 會す。五升の豆に又 五五して加ふるに非ざるなり。

[唐]陸德明撰、版本:四庫全書本、卷十八、第692頁、31卷


杜預サマの文章は、ちょっと分かりにくかったんです。
「5倍→5倍→5倍」と重ねて読んではいけない。放射状、並列関係に読まなければいけなかった。※邪馬台国みがあります
陸徳明の説を、具体的な数字でお見せしましょう。

振り返ると、斉国の公定(旧来)の単位はこの通りでした。
4升=1豆、4豆=1區、4區=1釜

陸徳明が(むりくり)解釈した杜預の説は、
「4升=1豆」を「5升=1豆」としたあと、
この5升=1豆の計算結果をリセットして、
旧来の1豆(4升)*5=1區(20升=2斗)

この5豆=1區の計算結果をリセットして、
旧来の1區(16升)*5=1釜(80升=8斗)

こうすれば、杜預サマが最初から「5」と書いていたとしても、説明と計算結果があう。
つまり、杜預サマは計算を間違えたのではなく、漢文を書くのがちょっとだけ下手だった、説明が分かりにくいだけだったのだ。むしろ、杜預サマの漢文を正しく読めない私たち(6世紀の中国人)が悪いんだよ。杜預サマに謝罪しないとダメだよね!!
と陸徳明は言っています。

計算結果を毎回リセットし、旧来の単位から計算し直すべきで(舊の豆・區に加へて五と為すを謂ふ)、五倍*五倍するやつは、杜預サマの漢文が正しく読めてない(五升の豆に又 五五して加ふるに非ざるなり)。

感想:ファクトチェックの難しさ

中国の古い記録やそれに付けられた説明は、時代が経過したり、皇帝などの権力者が「この解釈がイイネ」と言ったりすると、それが権威となって、ひとり歩きしがちです。

古い記録で、人物がこう言った、これをやった、という文があるとき、その真偽を明らかにするのは難しいです。
複数の情報源を比較することも、あまり意味がありません。全員がウソをついているかも知れないし、矛盾する記録が権力者によってすべて抹殺されたかも知れないから。
この人物なら、こういうことを言いかねない、やりかねない、というイメージが固まると、あること・ないこと、逸話が量産されます。
あるいは、この人物が、もしもあの局面でこういうことを言ったとすればわれわれにとって都合がいいのになあ、と思ったひとが、記録を次々と捏造します。政治的な意図、あるいは思想的な意図をもって捏造します。

ファクトチェックはほぼ不可能。
ファクトなんか最初から求めてない。

事実無根というより、事実無用。
もう漢文を読むことなんて空しいよー、という気持ちにもなります。どこにも足場がないなら、何と何を比べても意味がない。いたちごっこか。

ところが、今回このnote記事で扱ったように、単なる算数ならば、第三者が客観的にチェックできます。計算が合っているか、計算が合わないか、を点検すれば済むので。歴史上の人物の言動、戦争の経過や勝敗に比べて、とてもチェックしやすいのが、今回のような数字です。

そして、このようなシンプルな算数においてすら、こんなに「なんとかして杜預サマを正しいものとして読解してやろう」という曲芸的な曲解が、おおまじめに行われてきました。
「いや、杜預さんが計算をミスったんでしょ」とぼくなんかは思いますけど、それじゃダメなんですね。※杜預や陸徳明を批判するひとも、のちの中国に出てきます。

このあたりの、立場・結論ありきの思考プロセスが、ぼくはとてもおもしろいと思っていて、研究テーマにしています。なぜ彼らはそんな不思議な解釈をするのか?何に向かってそんな解釈をするのか?そういう解釈をすることで何を言いたいのか?など、考えるのはおもしろいです。

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