手が挙げれなくなった自分
自分は今でこそ、質問をします。
相手からきかれたときはもちろんのこと、そうでなくてもきくチャンスがあれば
ですが、学生時代は出来ませんでした。
いえ、少し語弊があります。
できていたものができなくなりました。
昔から何でも疑問に思ったり、自分の意見を話すのが好きだったため小学校3年生までは毎教科質問していました。
しかし、小学校3年生のときの担任の方が生徒が1問でもミスをすると、1ヶ月以上そのことをクラス全員の前でからかう、
自分が望む意見以外は怒る、その意見もひどい子は卒業までからかわれました。
更にお気に入りの生徒を作りその生徒以外が問題の答えが合ってると次からその子が手を挙げても無視するなど、
今社会にでて思い返すと、仕事関係で1度は出会ったことある子どものような感受性の担任でした。
この担任の先生にいた結果4年生に上がってから月に1度手が上がればよくなったほど心に傷を負いました。
自分以外も、この担任のクラスになった子は過剰な自信をもつか、自信をなくすか、周りや自分に無関心になります。
自分は自信をなくした側でした。
過剰な自信を持った子たちがその担任と同じように周りをかき乱すため結果、学年全体の手を挙げる人数が減りました。
減りすぎて学級会の議題が「どうすれば手が挙げれる人が増えるか」になりました。
その後社会人になるまで手を挙げれませんでした。
社会人になり、学校と一番違うのは自分からきいていく質問力が、試されることでした。
手を挙げさせたかった学級会の意味がこのときようやくわかりました。
積極性を持たせる為に、自分の意見を相手に伝える行為の1つが手を挙げさせて発言させる。社会にでて困らないために、きくことより、きけないことのほうが恥と言うことを知ってたのです。
「4年生の、担任の先生ありがとー」
この場をかりてお礼させて下さい。
その意味を理解してからは怖かったですが、
少しづつ手を挙げて質問をしていけました。
あとは、もとはできていたのでひたすら意識して手を挙げて質問の回数をこなしていきました。
今思い返すと質問ができなかった時期があってよかったです。
あのとき質問ができなかったから、できない人の気持ちが
すごくわかります。もちろん、今日書いた理由以外でもです。
その点については3年生の担任に感謝してます。
他は置いときます
今まで、できないことをできるようにする記事を沢山見てきました。
自分もnoteはその傾向が強いです。
そのため今日は趣向を変えて
できたことが できなくなり できるようになった
これを書かせてもらいました。