見出し画像

「エレナ婦人の教え」1 枯れた場所

(著者:ひろ健作より~この小説は実際に起きたことをもとに創作した物語です。物語と連動する形で現実も変容していった不思議な体験を描写しています。はじめの所から読んでみてください。きっとあなたの心に何か変化が起き現実が変わりはじめるでしょう。)

第1章 枯れた場所

疲れていた。

地元では名の知れた一流企業――待遇は申し分ない。だが……何かがくすぶっていた。

なぜだろう……。街で見かけるカフェ、スターバックス。決して高くはない時給で働く彼らのほうが、はるかにイキイキとして観えるのは。

社会人ともなると学生とは違う。気が合うヤツとだけつき合う、というわけにはいかない。

初めての配属先は田舎の営業所――雰囲気は家族的だった。
だが平穏な日々もそう長くは続かなかった。

3年後、異動――。本社に配属となった。

朝の通勤ラッシュを終え、着いた都心のビルでは、二度と使わない資料ばかり作らされた。話す内容も堅苦しく、事務的だった。元来自由奔放でざっくばらんな性格の僕には、苦痛以外のなにものでもなかった。

それでも仕事に楽しみを見つけようと、努めて明るく振る舞った。

入社して10年が過ぎ、年は28になっていた。
そんな矢先のことだ。競争の激しいIT企業に飛ばされた。

カリスマで有名なワンマン社長の元では、笑いがなかった。「価格競争」「顧客獲得」「コスト削減」がうたわれた。

結果が出ないと役員クラスは叱り飛ばされる。当然下の者もピリピリした。いつほこ先が自分に向けられるかわからないからだ。

役員室のドア越しに社長の怒声が聴こえても、誰もがそ知らぬフリをした。無表情でパソコンに向かう――それも仕事のひとつだった。

それは僕も、だ。

一人だけ目立つと損をする。「出る杭は打たれる」「目立ってはいけない」、それが骨身に染みていた。

もちろん赴任したての頃は違った。職場を盛り上げようと、明るく話しかけていた。だが、それが裏目に出た。

「軽薄で、楽をしている――」そう周りに思われたのだ。そのせいで、いきなり3倍に仕事を増やされた。いくら「無理だ」と訴えても、相手にしてもらえない。

やってもやっても片づかなかった。そんな状況が続き、次第に僕は追い込まれていった。

降りしきる雨の日曜日、今日も職場に一人いた。
すでに時計の針は、夜中の3時を廻っている――。

なぜ、こんな仕打ちをされるんだ。僕がなにをしたっていうんだ! 明るく場を盛り上げようとしただけだったのに……。

3時半になった。もうすぐ朝になる。少しでも寝なければからだがもたない。

「このままでは体を壊す、帰らなければ……」最後の灯かりを消すとオフィス一面真っ暗になった。濡れた窓からは、外のネオンがわびしく観えた。

ビル前で客待ちをするタクシー。その一台に近づくと、あ・うんの呼吸でドアが開いた。

「いままで仕事ですか?」
「ええ、そうなんですよ」

「大変ですね」

夜を徹しての仕事で疲れているとわかっているのか、二言三言交わしただけで話は終わった。

家に着いた。玄関を開けると、靴を投げ出すように上がった。そのまままっすぐ風呂に入った。その後2時間ほど仮眠し、出社――。ようやくメドがついたと喜んだのもつかの間、朝礼が終わると、後輩の子の何気ないひと言が胸に突き刺さった。

「この仕事、前からヒロさんに頼んでいたじゃないですか。なのに締め切り過ぎて渡さないでください。ほかの部署にも迷惑をかけるんですから。忙しいのはわかりますけどっ」

はらわたが煮えくり返った。チクショウ! これ以上まだやれというのか。こっちがどれだけ大変か、わからないのか!

ヒョウヒョウと定時で帰るその子が憎らしかった。こんなに苦しんでいるのに……。周りだって誰も助けなかったじゃないか!

だがそのことばは言えなかった。約束をし、遅れたのは自分のせいだからだ。

さきに帰るヤツらは、昼のクソ真面目さとはうって変わり、夜はバカ騒ぎの飲み会をくり返していた。

「ふだん彼らも自分を出せないのかも知れない……」そう思い、日中なにかと話しかけていたのに……。

それが何の意味もなさなかった。「昼の顔」にだまされていたのだ。お人好しすぎる自分にもいい加減呆れた。悔し涙も出なかった。

みんな自分のことしか考えていない――そう思うと、自分だけバカを見た気がした。そのうち口数は減った。余計なことはなにひとつ話さなくなった。必死に周りを盛り上げようとしていた自分が情けなかった。

今日も疲れた顔の並ぶ通勤列車に揺られ職場へと向かう――。それは強制収容所に送られる奴隷のようだった。

いつからだろう……、自分を見失ったのは――。

入社したての頃は、思ったことのこれっぽっちも言えなかった。自分を隠し、周りに合わせ、作り笑いをした。

冗談でもイヤみを言われれば傷つき、なにも言い返せなかった。するとますます茶化された。はじめは「家族的」と思えた人たちも、よそ者にはどこか冷たかった。

なんとしてもこの状況を変えたい――。必死だった。給料を手にすると“人生が良くなる”というその手の本を買いあさった。自分を直したかったのだ。

努力の甲斐あって少しは相手に言い返せるようになった。場を和ませ盛り上げていたのが評価されたのだ。ところがそう喜んだのもつかの間、入社3年目にして本社に異動――。資料ばかり作らされる仕事に就くことになる。

その後本社で7年、入社から数えて10年目に、競争の激しいIT企業へ飛ばされた。

そこで二年が過ぎ、職場にもなじみ、ようやく自分のポジションをつかみかけたとき、新しい上司がやってきた。

ディベートを得意とし、三段論法で打ち負かす。パソコンと計算が異常に速く、難解な文章を難なく読みこなす。法律や専門知識にたけ、ささいなミスでも徹底的にやり込める。

それは楽しく、正直に生きようとする自分とは水と油だった。ちょっとでも言い間違うとすぐに揚げ足を取られ、話の主導権を握られる。話す前からろくろく聞いてはもらえない。仕事に関係しない私語は一切禁止――。終始無言で机に向かわなければならなかった。

「場を明るくし、和ませるのも仕事」と思っていた自分にとって、これほどの仕打ちはない。これじゃまるでロボットだ。ベルトコンベアーの前に立たされ、やりたくもない作業を強制的にやらされる。それは監獄に入れられた囚人の気分だった。

“いい加減にしてくれ。こんなことをしにきたんじゃない。もっとほかの仕事をやらせてくれ”そう叫びたかった。だが少しでもそんな不満を言おうものなら、もっと大変で骨の折れる作業をやらされた。これは嫌がらせなのか?

上司のご機嫌を取り、表裏使い分ける――。調子のいいヤツが得をし、まじめなヤツは損をする。そんなバカなことがあるか。上司の文句をまともに聴いていれば、何でも自分のせいになる。

“いやな仕事だよね”周りは皆そう言っていた……。そこで場を和ませ、面白くない仕事を少しでも楽しくやろうと声をかけていたのに――。

その行為は何の意味も為さなかった。一人バカを見たのだ。飲んだときの、あのバカ騒ぎは何だ! 昼と夜の態度があんなに違って変だと思わないのか。それこそ異常じゃないか!

この続きはこちら
第2章 不思議な出逢い
https://note.com/hiroreiko/n/n96291214acfc

最悪な人生から脱け出すには 実話×小説「エレナ婦人の教え」
https://note.com/hiroreiko/n/nc1658cc508ac

「エレナ婦人の教え」はじめに
https://note.com/hiroreiko/n/ndd0344d7de60

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集