むかしばなし『三太郎物語~亀三太郎王子と双子の人魚姫~』
※これは某CM「三太郎」物語の続きというか、こんな続きがあったらいいなと思いながら書きました。ちなみに双子の亀次郎&亀之助は「亀梨和也」さんのイメージです。なぜなら乙姫役「菜々緒」さんと亀梨さんは姉弟設定いける顔だと考えたからです。実際の年齢的には逆(兄妹)ですが…。ひきこもり亀太郎も亀梨さんで一人三役ってイメージです。亀三郎ではなく、あえて亀之助というネーミングにしました。
「亀次郎、亀之助、15歳おめでとう。大人になったお祝い。これを飲みなさい。」
乙姫は双子の弟たちに得体の知れない奇妙なドリンクを差し出した。
「ありがとう、姉ちゃん。」
「いただきます、姉さん。」
亀次郎と亀之助は姉から差し出されたドリンクを不審に思うこともなく、一気に飲み干すと、なんと二人は亀の姿に変わってしまった。
「何これ、姉ちゃん。」
「僕たち亀になっちゃったの?」
人の姿から亀の姿に変わってしまった二人はお互いの姿の変わり様に慌てた。
「大丈夫よ、元に戻れと目をつむって願えばすぐに戻れるから。」
二人は目をつむって、元に戻れと心の中で祈ると、無事、人の姿に戻ることができた。
「どういうつもりだよ、姉ちゃん、俺たちを亀の姿に変えるなんて。」
「突然ひどいよ、姉さん。戻れなかったらどうしようって焦ったよ。」
乙姫は二人に向かって、説教し始めた。
「あんたたちが亀太郎のようにならないように、あたしが鍛え直してあげようと思って。亀太郎は長男だからって甘やかされて育ったものだから、玉手箱遊びをしすぎてとうとう廃人のようになってしまったわ。自分の部屋から一歩も出て来なくなったし…。本当は竜宮城の跡継ぎなのに、あれではもう王になんかなれるわけない。つまりあんたたちのどちらかがいずれ王にならなきゃいけないの。お父様のように立派な王になるためには、いろんな経験を積んで、ちゃんとした大人にならないとね。あんたたちも竜宮城でのほほんと呑気に過ごしてばかりだから、あたしは心配なのよ。だから亀になって、地上や海を旅して、心と体を鍛えなさい。」
「なんだ、そんなこと心配してたのか、姉ちゃん。俺なら大丈夫だよ、亀太郎兄さんのようにはならないから。」
「僕も、亀になって鍛えたりしなくても、ちゃんとした大人になるから。だから早く元の体に戻して。」
「あのドリンクは人魚たちに評判の魔女に調合してもらった特別なドリンクなの。一度飲んだら、そう簡単に威力は衰えないわ。」
乙姫が説明しているうちに、亀次郎と亀之介はまた亀の姿になってしまった。
「そんな、ひどいよ、姉ちゃん。」
「どうしたら、完全に元に戻れるの?」
「二人とも、落ち着いて聞きなさい。それぞれ愛する人をみつけて、その相手にも愛されれば、この魔法は解けるから。何年かかってもいいから、愛し愛されたら、その人を連れて、竜宮城に戻って来なさい。」
「なんだ、そんなことでいいのか。じゃあ俺はすぐに戻って来れそうだよ。」
亀次郎は女の子好きで、女の子からもよくモテるタイプだから安堵した。
「僕は困るよ…だって素敵だと思う女性は姉さんだもの。」
亀之助は奥手な上に大のシスコンだった。
「亀之助、あたしのことを好いてくれてうれしいけれど、それではダメなの。あたしたちは姉弟なんだから。亀次郎のようにがんばりなさい。」
「そうだよ、亀之助、姉さんにばかりこだわらないで、俺と一緒に素敵な女の子をみつけようぜ。俺たち双子なんだから、俺がお前のこともちゃんとサポートしてやるから。」
乙姫と亀次郎に言われた亀之助は魔法を解くために渋々、亀次郎と一緒に旅に出ることにした。
「姉さん以上に素敵な女性なんて見つからないと思うけどな…。」
そんなことを心の中で思いながら、旅支度を始めた。
「そうそう大切なことを言い忘れたわ。何回、人の姿に戻っても構わないけれど、人間に変身する姿を見られたら、泡になって消えてしまうからね。」
乙姫は一番肝心で一番物騒なことを弟たちに伝えた。
「なんだよ、それ、誰かに見られたら死ぬってどんな強力な魔法なんだよ。」
「でもさっき、姉さんの目の前で変身したけど、平気だったよね?」
「人間の前でって言ったでしょ。あたしとか基本、海の中で暮らせる者たちに見られるのは平気よ。地上の人間に見られてはいけないということ。くれぐれも気を付けなさいよ。変身の瞬間さえ見られなければ、人の姿であろうと、亀の姿であろうと生きられるからね。」
「分かったよ、姉ちゃん、まぁ俺なら大丈夫。」
「僕も慎重に生活するよ。泡になって死んでしまいたくはないから。」
「それじゃあ、二人とも、立派な男になって帰って来るのよ。あたしは竜宮城で待ってるからね。あんたたちなら大丈夫。泡にならずに戻って来れると信じているから。」
こうして亀次郎と亀之助は竜宮城の乙姫の元から旅立った。
「乙姫姉さん、いくら亀太郎兄さんのことで懲りてるからって、僕たちにこんなわけの分からない魔法をかけて竜宮城から追い出すなんてひどいよね…。僕はずっと姉さんの側に居たかったのに。」
亀之助は亀の姿になって泳ぎながら、亀次郎と話していた。
「俺はこの際、亀の姿も楽しもうと思ってるけど。竜宮城は快適だけど、少し窮屈だったからさ。これで女の子たちと自由に遊べると思うとわくわくするぜ。亀之助も姉ちゃんのことなんて忘れて、たくさん恋愛した方がいいぜ。」
「亀次郎はいいね…いつも脳天気で。」
「前向きって言ってほしいな。亀之助は少しネガティブ過ぎるよ。そんなだからモテないんだ。顔は俺と同じでイケメンなんだから、その気になればいくらでも女の子と遊べるのにさ。」
「他人なんて信じられないよ。亀次郎に言い寄ってくる女の子たちなんて、所詮、顔とかそれから竜宮城の王子って肩書きにつられるだけでしょ。姉さんは顔とか地位とか関係なく、いつでも僕たちに厳しく、やさしくしてくれる。それが本当の愛情だし、そんな姉さんを好きでいて何が悪いの?」
亀之助は亀次郎に強気な口調で言い放った。
「あのなーたしかに姉さんは見た目も性格も他の誰よりいい女に違いないけど、でも好きになったところで、近親者だから結婚できないだろ。俺たちは竜宮城の次期、後継者なんだよ。だからちゃんと素晴らしい女性と出会って、素敵な家庭を築いて、竜宮城を繁栄させないと。」
「こんなことになるなら、亀太郎兄さんのように、玉手箱遊びをして、廃人になって、ずっと竜宮城に籠もって、ずっと姉さんの側に居られるようにすれば良かったな…」
「馬鹿、それは言い過ぎだろ。亀太郎兄さんだって、好きであんな廃人になってしまったわけではないんだ。長男だから俺たちには分からないプレッシャーとかいろいろあったんだよ、きっと…。俺はこの際、亀太郎兄さんのお嫁さんになってくれそうな人も探す予定だから。亀太郎兄さんにも幸せになってほしいし。」
亀次郎は案外、兄弟思いでやさしい性格だった。
「亀次郎はお調子者だね。そんな性格羨ましいよ…。」
亀之助はネガティブでわりと自分のことばかり考えるタイプだった。
「あれっ?岩陰に誰かいるぞ。」
二人が海面に辿り着いた頃、月に照らされて、水面に誰かの影が伸びていた。
「人魚じゃない?」
「ほんとだ…キレイな人だなぁ。ちょっと俺、声かけてくるわ。」
亀次郎は人の姿に戻って、その人魚の元へ泳いだ。
「キミ、こんなところでひとりで何してるの?」
「あの船に乗っている人間を見ていたの。素敵な人だなと思って…。あなたは誰?」
「船に乗ってる人間かぁ。人間はやめておいた方がいいよ。俺たちみたいな海に住む者のことは信じてくれないからさ。都合良く利用されるだけさ。俺のこと知らない?竜宮城の王子、亀次郎って言うんだけど。」
「まぁ、あなたはあの竜宮城の王子さまだったのね。たしかに、人間は私たちみたいに海で生きる者とは住む世界が違うものね。分かり合えるわけがない…。」
「そうそう、人間なんて弱いものさ。海では生きられないんだから。あんな人間のことなんて忘れて、仲間同士楽しく遊ぼうよ。俺、素敵な場所を知ってるんだ。一緒に行こうよ。」
「そうね…初めて海の上に来たものだから、少し気がおかしくなっていただけかもしれない。あなたの方が素敵な人だわ。同じ海に住む人ですものね。」
「君の名前は?」
「人魚のエミー。よろしくね、亀次郎さん。」
「エミーちゃんって名前もかわいいね。エミーちゃんにぴったりな真珠をそこで見つけたよ。」
「まぁ、素敵な真珠。」
「亀之助、ということで、俺はこれからエミーちゃんとデートだから、またそのうち会えたら会おう。おまえもがんばれよ。」
「亀次郎ってば…またいつもの調子で女の子をあっと言う間に捕まえちゃった。あの真珠はいつでも口説けるように、いつでも隠し持ってる真珠じゃないか。エミーちゃんって人魚、騙されてかわいそうだな…。」
亀之助はそんなことを考えながら、一人、亀の姿のまま、砂浜で休んでいた。
「キレイなサンゴ発見。姉さんにプレゼントしたいなぁ。」
亀之助は砂浜で見つけたサンゴや貝殻を拾い集めながら、まだ乙姫のことを考えていた。
「あっ、あんなところにサンゴや貝を集めてるおかしな亀がいるぞ。」
明るくなり、人間の子どもたちが亀の姿の亀之助の周りに集まってきた。
「ほんとだ、変なカメー。」
「亀のくせにおかしい奴。」
子どもたちは亀之助を棒でつついたり、石を投げたりして、いじめ始めた。
「何だ、この子たち、僕は何も悪いことしてないのに、急にいじめてくるなんて。これだから、他人は信用できないんだ。」
亀次郎は心の中でそんなことを呟いていた。
「せめて人の姿に戻れたら、こんなことされなくて済むはずなのに…。」
亀次郎は人の姿に戻りたいと思ったけれど、人間の前では戻れないため、子どもたちからの仕打ちにじっと耐えていた。
「こらっ、亀をいじめてはいけない。やめなさい。」
亀次郎と同じくらいの青年がやって来て、子どもたちを止めた。
「浦島太郎さんだ、あの人を怒らせたら怖いから、逃げよう。」
子どもたちは浦島太郎の姿を見ると、散り散りに逃げ出した。
「まったく、海の生き物をいじめたらいけないといつも言ってるのに。大丈夫かい?亀さん。」
やさしい人間もいるんだな…と亀之助は少し感動を覚えた。
「君、サンゴや貝殻が好きなの?」
浦島太郎は子どもたちに投げ捨てられたサンゴや貝殻を集めて、亀之介の元へ返した。
「浦島太郎さん…ありがとうございます。これは姉へのプレゼントだったのです。お礼に竜宮城へお連れします。」
亀之介は浦島太郎に話し掛けてみた。
「驚いたな、亀さん、人間の言葉がしゃべれるとは。お礼なんて別にいらないけれど、竜宮城って所には行ってみたいな。君のお姉さん?にも会ってみたいし。」
亀之介は乙姫に会いたい一心で、浦島太郎を竜宮城へ連れて行くことにした。
「亀之介、こんなに早く帰って来て、どういうつもり?まさかもう愛する人を見つけたわけではないでしょう?亀次郎ならともかく、亀之助がこんなに早く戻ってくるなんて…。」
すぐに戻って来た亀之助に向かって、乙姫が叱った。
「姉さん、これにはわけがあるのです。この方…浦島太郎さんという人間が僕を助けてくれたのです。いじめられていた所をこの方に助けていただきました。」
「まぁ、そうだったの。浦島太郎さん?弟がたいへんお世話になりました。どうぞこちらへ。」
「君の姉さんって亀じゃなくて、人間だったの?キレイな人だね。」
浦島太郎は乙姫に一目ぼれしてしまった。
「しまった、ライバルが増えちゃった。姉さんに会いたくて、彼を竜宮城へ連れて来てしまったけれど…。」
亀之助は余計なことをしてしまったかもしれないと後悔した。
「これ、亀さんがあなたに集めていたサンゴや貝殻です。」
浦島太郎が乙姫にサンゴや貝殻を渡した。
「素敵…ありがとう。だけど、亀之助、こんな物をあたしに渡すためにいちいち竜宮城へ戻って来てはいけません。あたしのことは忘れて、自分の試練と向き合いなさい。浦島さんへのお礼はあたしがするから、あんたは早く戻りなさい。」
そう言って、乙姫は亀之助を竜宮城から追い出した。
「ひどいなぁ、姉さん。僕のことをすぐに追い出すんだから。でも僕のためを思って、厳しくしてくれているから、やっぱり姉さんは素敵な人だな。浦島さんのこと…竜宮城へ置いてきてしまったけれど、大丈夫かな。姉さんのこと、好きになられたら困るんだけどな…。」
そんなことを考えながら、海面から顔を出すと、岩陰にまた誰かがいた。
「人魚…?エミーさんかな。亀次郎とはどうなったんだろう。」
近づいてみると、その人魚はやっぱり船に乗っている人間を見つめていた。
「エミーさん、亀次郎じゃなくて、やっぱり、あの人間がいいの?」
人の姿に戻ってから話し掛けてみると、その人魚は不思議そうな顔をした。
「エミーは私の双子の姉よ。あなたは誰?」
「ごめん、人違いだったみたい。僕は亀之助。竜宮城の…」
亀之助は王子と言いかけてやめた。
「亀之助さん?竜宮城で働いてるの?」
「そう、竜宮城で働いているんだ。君の名前は?」
「私は人魚のエリー。エミーの妹なの。」
「もしかして、あの人間のことが好きなの?」
「えぇ、初めて海から出て、見つけた人なの。素敵な人だなぁと思って…。」
亀之助は昨日の亀次郎の真似をして、人間なんてやめておきなよと言いたくなったけれど、浦島太郎みたいにやさしい人間もいるから、言えなかった。
「そうなんだ…人間は怖い人もいるけれど、やさしい人もいるものね。」
「分かってくれてありがとう!じゃあ、協力してくれる?」
エリーのうれしそうな表情に亀之助はなぜかドキっとしてしまった。
「うん、いいよ。何をすればいい?」
「私、人魚だから、足がないの。これ以上、彼に近付けないから、困っているのよ。彼にラブレターを書くから、渡してほしいの。亀之助さんは海の中で暮らしているのに、足があって羨ましいわ。」
「手紙を渡すくらいなら、お安い御用だよ。」
翌日の晩、エリーから預かったラブレターを船の上の人間に届けるため、亀之助は船上で働く人になりすました。
「あなた宛てへお届け物です。」
「見かけない顔だな…新入り?」
「はい、そうです。」
「こら、新入り、書簡を直接王子に渡すとは何事だ。まずは内容を私に確認させなさい。」
この人、僕と同じ王子なのか…と思っていると、急に船が激しく揺れ出した。
「嵐だ!王子、こちらへ。」
突然の悪天候に見舞われ、あっという間に船が転覆してしまった。
「危ない、とりあえず、亀の姿に戻ろう。」
亀の姿に戻った亀之助は荒波の中、泳いでいた。
ふと海面にエリーの姿が見えた。エリーは溺れて意識を失っている王子さまをひとりで抱えていた。
「しっかりして、死なないで。」
エリーは懸命に王子さまが呼吸できるように、荒波から王子さまを守っていた。亀之助はひとりで王子さまを守ろうとしているエリーの側へ近づき、一緒に王子さまを抱えた。
「亀さん?ありがとう。私のことを手伝ってくれるの?」
亀之助は何も言わずに、黙ってエリーと一緒に王子さまを支え続けた。
「亀之助さんは大丈夫かしら…海の中の人だから、きっと大丈夫だと思うけれど、心配だわ。」
亀之助は自分が亀之助ですと名乗ることもせず、嵐が過ぎるまで、じっとエリーと王子さまを亀の姿で支え続けた。
「エリーさんはなんて健気な人なんだろう。王子さまを守りたい一心で、この嵐の中、ずっと彼を抱え続けるなんて。まるで姉さんみたいに強い女性だな…。」
亀之助はエリーのことを考えると、なぜかドキドキするようになった。
翌朝、やっと嵐は過ぎ去り、エリーは王子を砂浜へおろすと、海の中へ引き返した。
「亀さん、一晩中、手伝ってくれてありがとう。私、人魚の姿のままでは何もできないわ。人間になれるように、魔女にお願いしてみる。」
エリーは亀の姿の亀之助に向かって微笑むと深海へ戻って行った。
「なんて芯の強い人だろう…。」
亀之助はエリーを追い掛けたい気持ちもあったけれど、人の姿に戻って、まずは王子さまを介抱することにした。エリーが守った命を自分も守りたいと思ったのだ。エリーのために。
「王子さま、しっかりしてください。王子さま。」
亀之助は懸命に王子さまに呼び掛けた。
「体が冷えてしまっているから、何かかけてあげなきゃ。」
亀之助が王子さまの体を温めるものを探しているうちに、
「こんなところに人が倒れているわ。誰か来て。」
見ず知らずの人間の女性が王子さまを介抱していた。
「あなたが私を助けてくれたのですか…あなたは命の恩人だ。」
王子さまはタイミング良く目を覚ましてしまった。
「違います、人魚のエリーさんが王子さまを助けたのです。」
亀之助が慌てて大声を上げた。
「おまえは誰だ?」
「新入りの…船の船員です。」
「人魚?人魚なんて私は見たことがない。助けてくれたのは、この方だ。」
王子さまはエリーのことを信じようとはしなかった。
「本当なんです。人魚のエリーさんがあなたのことを一晩上、荒波から守っていたのです。」
「人魚なんているわけないじゃない。さぁ、王子さま、こちらで暖をとって下さい。」
倒れていた人が王子さまと知ったその女性はますます王子さまに優しくなった。
「ありがとう、やっぱりあなたが命の恩人だ。」
王子さまも、その女性のことをすっかり信じてしまった。
「違うのに…王子さまを助けたのはエリーさんなのに。人間ってなんて愚かな生き物だろう。こんなことなら、僕がエリーさんを幸せにしてあげたい。」
亀之助はそう思いましたが、王子さまにぞっこんなエリーにそんなこと言えるわけがなかった。
しばらく王子さまと王子さまを助けたと言い張る人間の女性の行方を見守っていると、浜辺にエリーが現れた。エリーには足がついていた。
「あんなところに裸の女性が…助けてあげなさい。」
王子さまが家来に命令し、まるで王子さまの妃気分の女性がエリーに服を着させてあげた。
「あなた、名前は何て言うの?どこから来たの?」
話し掛けても返事がありません。
「王子さま、この方はしゃべられないのかもしれません。記憶喪失かも…。」
「かわいそうに。城で面倒を見てあげましょう。」
船員から家来の見習いになっていた、亀之助がこっそりエリーに話し掛けてみた。
「エリーさん、大丈夫?魔女に足をもらったんだね。良かったね。人間になれて。」
エリーは微笑んだものの、やっぱり話すことはなかった。
「もしかして…言葉と引き換えに足をつけてもらったの?」
エリーは悲しそうに微笑んだ。。
「やっぱり…そうなんだ。僕に任せて。君の代わりに、王子さまに君の言葉を伝えてあげるから。」
亀之助は王子さまに向かって言った。
「王子さま、この方はエリーさんと言います。元は人魚で、王子さまを助けたのはこのエリーさんです。」
「家来の見習いの身分で王子に向かって発言するとは何事だ。しかも人魚がどうとかまだ言っているのか。」
王子さまの側近に叱られてしまった。
「本当なんです。信じて下さい。彼女が王子さまをあの嵐の夜に助けたんです。」
「見習いの亀之助と言ったかな…私を助けてくれたのは、あの子ではなく、いつも私の側にいてくれるエルなんだ。エルとはもうじき、結婚するつもりだよ。」
勝ち誇ったような顔をしたエルが亀之助に向かってニッコリ微笑んだ。
「どうして信じてくれないんだろう…エリーが王子さまを助けたのに。」
悔しそうな表情をしていると、エリーが亀之助に向かって、ペコリとおじきした。目にはうっすら涙を浮かべて…。
ほどなくして王子さまとエルの婚礼の儀が執り行われることになった。結婚式前夜、船上でパーティーが開かれた。
そこには相変わらずしゃべられないエリーと、見習い家来の亀之助の姿もあった。エリーからは日増しに笑顔が消えていった。亀之助は彼女の笑顔を取り戻したいと思った。どうにかして、王子さまとエルの結婚式を阻止できないかと必死に考えていた。
皆が寝静まった真夜中、エリーと亀之助は二人で星空を眺めていた。
「エリーさん、僕が必ず二人の結婚を阻止するから、安心してね。」
エリーは何も言わず、静かに微笑むとそっと亀之助の手をとった。
その瞬間、
「エリー、エリー。」
とどこかでエリーの名を呼ぶ声が聞こえた。
海を覗き込んでみると、エミーと亀次郎の姿があった。
「エリー、この短剣で王子さまを刺しなさい。そうすればあなたは死なずに済むから。」
エミーがエリーに短剣を渡した。
「エリーさんが死ぬってどういうこと…?」
亀之助はその物騒な言葉に怯えた。
「あれっ、亀之助じゃないか。エリーちゃんのところにいるなんて奇遇だな。」
亀次郎が亀之助に説明し始めた。
「エリーちゃんは自分の声と引き換えに、魔女から足をもらったらしい。そして王子さまと結ばれなければ、泡になって消えると言われたらしいんだ。」
「そんなことちっとも知らなかった…僕はてっきりエルさんと王子さまの結婚が悲しくて泣いてるとばかり思ってたから…。」
「エリー、魔女からその短剣に呪いをかけてもらったの。王子さまが死ねば、あなたは死なずに済むからね。」
「エミーちゃん、自分の髪を魔女にあげてエリーちゃんのためにその短剣を用意してもらったんだよ。エリーちゃんができないなら、亀之助、おまえが代わりに王子さまを殺してエリーちゃんを助けてやれよ。」
エリーは困惑していた。亀之助は自分がエリーを助けなければと思った。
エミーから渡された短剣を持って、王子さまの寝室に向かった。エリーを救うためだと亀之助は怖い気持ちを抑えて、王子さまの胸に短剣を突き刺そうとした。けれど、エミーに止められてしまった。エミーは亀之助から短剣を奪うと船から海へ飛び降り、自分の胸にその短剣を突き刺した。言葉にならない「ありがとう。」を亀之助に伝えるように、微笑みを浮かべて…。
「エリーさん!死んじゃダメだ。」
亀之助はエリーの後を追って、海へ飛び込んだ。
エリーの胸元に突き刺さった短剣を必死で引き抜くと、エリーは泡になって消えてしまった。そして次の瞬間、亀之助も泡になって消えてしまった…。
目覚めると、そこは竜宮城だった。
「亀之助、よくやったわね。心から愛する人をみつけ、その人から愛されたんだから。立派な大人になったあんたを見て、あたしは感動したわ。」
「姉さん…?僕、死んだはずじゃなかった…?」
「魔女に頼んだの。エリーさんのこと、弟のためにも生かしてほしいって。二人には未来をあげたいってあたしの特別なお手製玉手箱と引き換えに、あんたたちの命を救ってほしいって頼み込んだのよ。」
「まったく、驚かせやがって。臆病な亀之助がまさかエリーちゃんの後を追うなんてさ。」
「エリーのこと、愛してくれてありがとう。」
亀次郎とエミーが涙を浮かべて微笑んでいた。
「亀之助さん…」
「エリーちゃん!声も戻ったんだね。良かった。」
「亀之助さん、私のためにいろいろやさしくしてくれてありがとう。私、たしかに王子さまと結ばれたくて、人間になったけれど、でも亀之助さんと一緒にいるうちに、王子さまよりも、亀之助さんのことが気になるようになってしまって…。悲しかったのは、王子さまと結婚できないことじゃなくて、王子さまと結ばれない私はもうすぐ泡になって消えてしまって、亀之助さんと一緒にいられなくなると思ったからなの…。」
「亀之助、おめでとう。」
乙姫がぽかんとしている亀之助に向かって、微笑んだ。
「まぁ、俺たちの愛には敵わないだろうけど、よくやったよな。亀之助。」
亀次郎とエミーも涙を拭って、微笑んだ。
「さぁ、竜宮城でダブル結婚式をあげましょうか。」
「もう結婚式?姉ちゃん、少し気が早いよ。」
「亀次郎は特に、女の子好きだからね。エミーさんを悲しませることのないように、結婚式は急いだ方がいいでしょ。」
「あのすみません…そろそろここから帰りたいのですが…。」
忘れられた存在の浦島太郎がぽつりと呟いた。
「浦島さんさえ良ければ、ずっとここにいてもよろしいんですよ。」
浦島太郎を気に入った乙姫が彼のことを帰そうとしなかった。
「でも、陸に戻ってやらなきゃならないこともあるので…。また来ますから。」
「そう?残念ね…。じゃあこれをお土産に。」
乙姫は浦島太郎に玉手箱を手渡した。
「僕、浦島さんのこと送って来るよ。」
亀の姿になって戻って来た亀之助が浦島太郎を背中に乗せた。
「やっぱり、あの時の亀さんは、亀之助さんだったのね。」
エリーは亀之助の正体に気付いていた。
「私も、亀之助さんと一緒に浦島太郎さんを送って来るわ。」
エリーと亀之助は浦島太郎と一緒に竜宮城から旅立った。
「浦島さんを送ったら、すぐに戻って来るのよ。結婚式の準備して待ってるからね。」
乙姫はすっかり頼もしくなった亀之助の背中に向かって叫んだ。
浦島太郎を陸に送り届けた二人は「泡」を吐きながら、手を取り合って、深く深く海の彼方へ潜り、影もなく消えていった…。めでたし、めでたし。
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