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ポプラの木

 物心ついた頃にはそこにいた。僕はポプラの木として生まれ、ずっとそこに立っていた。
 広い台地には大きな川が流れていて、遠くには山々が連なっている。いつしか僕のすぐ側には道ができた。僕を起点に曲がり角ができて、僕はまるで何かの道標みたいだと思った。

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 時々鳥たちがやって来て、僕の枝で羽を休めた。
「おはよう、小鳥さん、今日も良い天気だね。」
「おはよう、ポプラさん、本当にキレイな青空ね。こんな日は空を飛ぶのが楽しくって仕方ないの。だから少し疲れちゃって、一休みさせてね。」
鳥は空を眺めながら、疲れた羽の手入れをしていた。
「小鳥さんはいいなぁ、いろんな所を自由に飛び回れて。空って気持ち良いんだろうね。」
「空も素敵だけれど、街も素敵なのよ。街には人間がたくさんいて少し怖いけれど、家の屋根裏とかに忍び込むのも楽しくて。それに人間たちがたくさん街路樹を植えているから、遊べる場所がたくさんあるの。」
「へぇーそうなんだ。街って楽しいところなんだね。僕も一度でいいから行ってみたいなぁ。」
僕は遠くにかすかに見える街並みを眺めていた。
「ポプラさんもいつか街に行けるといいわね。それじゃあまたね!」
鳥は十分羽を休めるとまた大空へ羽ばたいて行った。
僕は動けないから街に行くなんて夢の夢だなぁ。どこにでも行ける鳥が少しうらやましかった。

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「こんにちは、ポプラさん、少し休ませておくれ。」
昼になると今度は昆虫が僕の幹にとまった。
「虫さん、こんにちは。今日も良い天気だね。」
「今日あたりは暑くてかなわないや。もう少し涼しいと動きやすいんだけど。」
昆虫は夏の日差しに疲れている様子だった。
「そうだね、朝は気持ちよかったけど、この時間になると少し暑いね。」
僕の頭にも太陽の光がサンサンと射していた。
「夕方まで休ませてもらうことにするよ。」
昆虫はそのまま眠りについてしまった。日が落ち始めた頃、昆虫は
「休ませてくれてありがとう、それじゃあまた明日も来るよ。」
そう言って僕の元から去ってしまった。
「いいなぁ、虫さんも自由に動き回れて。僕なんて暑くてもここでじっとしていなきゃいけないんだもの。」
茜色に染まった空に向かって飛んで行った昆虫が僕はうらやましかった。

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「ポプラさん、こんばんは。」
人間に連れられた犬が僕の側を通り掛かった。
「犬さん、こんばんは。今日も暑かったね。」
「本当に、昼間は暑かったから、今散歩に連れて来てもらったよ。」
何を吠えているのと人間にたしなめられて、犬は
「ごめん、それじゃあ、またね。」
と足早に去ってしまった。
「犬さんはいいなぁ、人間に首輪でつながれていても、散歩できるんだもの。」
僕は人間と犬の並んで伸びた影をじっと見つめていた。

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夜になるとひとりぼっちになってしまった。
「あーぁ、今夜もひとりか、つまんないな。」
夜空には僕と同じくひとりぼっちの三日月とたくさんの星が輝いていた。
「あの星たちの側に行けたらいいのに。ずっと一緒にいられる友達がほしいな。」
そんなことをぼんやり考えていると、一筋の流れ星がすーっと僕の頭上を通過した。
「どうか僕に友達ができますように。」
流れ星にお願い事をすると願いが叶うっていつか鳥が教えてくれた。僕は流れ星が消えてしまう前に急いで心の中で祈った。

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 夏の夜、一年の間で一晩だけ土手が賑わう日があった。街で夏祭りが開催されているらしい。
「ほら、キレイな花火だろう?」
「キレイだけど、音が大きくて少し怖いよ。」
人間のおじいさんと孫がそんな会話をしていた。
そうか、これは花火というものなのか。ドーンドーンという大きな音と共に、遠くの街の夜空に火花が咲いた。
花火を見ながら人間の家族連れやカップルが僕の周りではしゃいでいる。
今夜は賑やかで楽しいな…そう思っていた矢先、最後の大きな花火が散ると人々はあっという間に僕の元を去って行った。
「あーぁ、またひとりぼっちになっちゃった。毎晩花火が上がれば寂しくないのに。」
花火の明かりが消えた夜空に忘れられたような月がぽつんと浮かんでいた。

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 僕のすぐ隣には昔から電柱が立っていたけれど、話し掛けても返事はなかった。
「電柱さんはたくさんの仲間と電線を通してつながっているもんな。僕なんか話かしけても相手にされないや。」
僕は電線ではるか遠くの仲間ともつながっている電柱がうらやましかった。

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しばらくすると、道を挟んだ反対側に電柱に似た僕より背丈の大きなミントグリーン色の何かが建てられた。
「あれは何だろう…」
不思議に思っていると、突然そこから大きな音が鳴り響いた。
「驚かせてしまってごめん、俺は防災無線だよ。」
「無線さん?大きな音でびっくりしたよ。」
僕はまだドキドキしながら、彼の音を聞いていた。
「この辺は人間の家が増えただろう?だから俺は人間にチャイムで時間を知らせたり、非常時にサイレンを鳴らす役目を与えられたんだ。」
「ふーん、そうなんだ。なんだか人間からとても頼りにされているんだね。」
「まぁ、そういうことになるな。頼られるのは悪い気がしないよ。」
防災無線は誇りを持って、そこで音を響かせていた。

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朝6時になると、キレイな歌が聞こえて来た。
「無線さん、おはよう。素敵な歌だね。」
「あぁ、これは『みかんの花咲く丘』って曲らしい。」
防災無線は得意気にその歌を歌い続けた。
「みかんの花咲く丘かぁ。僕もいつか丘って所に行ってみたいなぁ。」
防災無線は何も言わず、そっと歌うのをやめた。

夕方5時になると今度はまた別の歌を歌い始めた。
「それは何て言う曲なの?」
「これは『家路(遠き山に日は落ちて)』って歌さ。」
「なんだかとっても懐かしい気持ちになるよ…」
僕は遠くの山々に沈んで行く夕日を眺めながら、彼の歌を聞いていた。

満月の夜9時、眠りにつこうとしていた矢先、彼はまた歌を歌った。
「その曲は?」
「『ふるさと』って歌だよ。」
「ふるさとかぁ。僕のふるさとは一体どこなんだろう。僕もふるさとに行ってみたいな…」
夜空には星も瞬いていて、僕は彼の歌声を聞いているうちにいつの間にか眠ってしまった。

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僕は毎日防災無線の歌を聞いているうちに、歌を覚えてしまって、一緒に歌うようになっていた。
「ポプラくん、俺より歌うの上手なんじゃないか?」
「そんなことないよ、無線さんのどこまでも響き渡る大きな歌声には敵わないよ。」
僕たちはそんなことを話しながら笑い合っていた。

「だいぶ冷えるようになって来たな。」
僕の緑色の葉っぱは枯れ落ちて、朝晩は冷える季節になっていた。
「ここはけっこう寒い場所だから。風邪ひかないように気をつけてね。」
「ありがとう、俺、体は丈夫だと思うんだ。こんなに大きな声が出せるし。ポプラくんこそ、葉っぱが落ちてしまって風邪ひかないようにね。」
僕たちはお互いの体を労わった。こんな会話ができたのは生まれて初めてのことだった。

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凍てつく季節、朝は僕たちの足元に霜柱が立った。
「おはよう、無線さん。」
「おはよう、ポプラくん。」
『みかんの花咲く丘』を一緒に歌うことで僕たちの一日が始まる。
「今日も寒いね。」
「ほんとに寒いね。」
僕は口先では寒いと言っていたけれど、近くで一緒に一日中、一歩も動くことなく、立ち続けている仲間ができて、なんだか心はあったかかった。

「日も短くなって来たなぁ。」
十一月ともなると太陽が照る時間は短くなって、午後三時過ぎになると、僕たちの影が長く伸びた。
「暗い時間が長くて、少し退屈だよ。」
「じゃあ、そんな時は歌を歌おう。いつも以上に。」
防災無線は定刻でもないのに、急に歌を歌い始めた。
「こんな時間に歌ったら、人間が驚くんじゃない?」
「平気さ。人間には聞こえないように、いつもより小さな声で歌うから。」
防災無線は僕を楽しませてくれるように、歌い続けた。日が短くて夜が長くても、彼の歌声が僕にとっては太陽だった。僕の心にはいつだって光が差し込んでいた。

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やがて雪が降り始めた。僕たちの頭には真っ白な雪が積もった。
「おはよう、ポプラくん。」
「おはよう、無線さん。」
「頭が少し冷たいね。」
「大丈夫さ、太陽が溶かしてくれるから、じきに良くなるよ。」
いつだって前向きな防災無線の言葉が僕にとっては心の支えにもなっていた。

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「冬の夜は一段と冷えるけれど、ここは星空がキレイなところだなぁ。」
防災無線はここから見える星空をとても気に入っていた。
「この辺は明かりが少ないから。星の光がよく届くんだよ。」
「なるほどなぁ、あっちの街にいたら、こんなに星は見えないのかもしれないな。」
「そうだね、僕は街って所に行ったことないんだけれど、前に小鳥さんが教えてくれたんだ。街は楽しい所だって。」
僕は遠くに見える街明かりを眺めながらつぶやいた。
「俺は街で生まれたけど、別にそんなに愉快な所でもなかったよ。ここの方が俺は好きだな。寒いし、俺たち以外、何もないけど、ポプラくんがいてくれるから寂しくもないし。」
「ありがとう。僕も無線さんがいてくれるから、寂しくなくなったよ。僕ずっとひとりぼっちだったから、こうして夜でも一緒に話せる友達ができて本当にうれしいよ。」
防災無線は少し照れている様子だった。
「ねぇ、知ってる?流れ星にお願い事をすると、願いが叶うんだよ。」
「へぇーそうなんだ。ポプラくんはお願い事したことあるの?願いは叶った?」
「うん、お願いしたことあるよ。ちゃんと叶ったよ。」
「そうなのか、じゃあ俺も流れ星を見つけたら、絶対お願い事するよ。」
僕たちは寒空の下、流れ星を探した。
「あっ、ほら、流れ星!」
防災無線は慌ててお願い事をし始めた。
「何をお願いしたの?」
「内緒。」
「ポプラくんは何を願ったの?」
「僕も内緒。」
僕は心の中で無線くんとずっと一緒にいられますようにと流れ星に願っていた。

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 時々、星や月の間を潜り抜けてピカピカ点滅しながら規則的に動く謎の物体が見えて、僕はそれがずっと気になっていた。最初は流れ星の仲間かと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。
「ねぇ、無線さん、あのピカピカ光りながら動く流れ星みたいな物体、何だか知ってる?」
「あぁ、あれは人工衛星と言って、人間に作り出され人間のために働いている偉いやつらだよ。」
「知らなかった。人間が作ったものだったんだ…じゃあ無線さんの仲間なんだね。すごいね、みんな人間の役に立っていて。」
僕は発光体の正体を教えてもらって、長年の謎が解けてなんだかすっきりした気持ちになっていた。
「言われてみれば俺の仲間だな。会ったことはないけどさ。でも俺なんかよりあいつらの方がもっとすごいよ。広い宇宙を駆け回って、ずっと働き続けているんだから。」
防災無線は人工衛星を見つめながら、しみじみつぶやいた。

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長い冬が終わって、春の気配が近づいてきた。僕たちの足元には霜柱の代わりに緑が戻ってきていた。
「やっと春だなぁ。春はいいなぁ、一日中気持ち良くて。うっかり歌うのを忘れてしまいそうになるよ。」
「忘れそうになったら、僕が教えてあげるから。」
菜の花やタンポポ、ハルジオンが咲き始めて、蝶が舞う季節、僕たちは昼間でもうとうと居眠りしては、互いに起こし合って笑っていた。

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夏になると、暑い太陽が僕たちの頭を照らした。時折、太陽を隠す黒い雲がやって来て、暑さは和らいだけれど、突然の豪雨でびしょぬれになってしまうこともあった。
「少しの雨なら気持ち良いけど、大雨は困るね。」
「あっ、雷!」
ピカっという光が走ったと思えば、ゴロゴロゴロという雷鳴が鳴り響いた。
「僕たち背が高いから、雷が落ちたらどうしよう。」
「大丈夫だよ、俺の方が少しだけ背が高いから、ポプラくんには落ちないから。」
防災無線は怖がる僕を安心させるように、やさしく言ってくれた。
雷が過ぎ去ると、また日が射して、まるで僕たちの手を取るように僕らの上空に大きな虹が出現した。
「キレイな虹だなぁ。」
「本当に、キレイ。こんなに大きな虹はあの時以来かもしれない…」
「あの時って?」
「ずっと昔、まだ無線さんがここに来る前の話だけどね、僕がひとりきりでこの場所に立っていた頃、ある秋に大雨が降り続いたんだ。その雨は何日経っても止まなくて、川から水が溢れて、その水が僕のすぐ側まで迫っていたんだ。けれど、あと少しってところで雨は止んで、その時、大きな虹が架かったんだよ。」
「そんなことがあったのかぁ。川水が止まってくれて良かったな。もしもそのまま雨が降り続いて、ポプラくんが水に巻き込まれて流されてしまったら、俺はキミと会えなかったかもしれないし。」
「そうそう、その大雨の後にこの道が、この土手ができたんだよ。」
「きっとその土手は人間を守る道なんだろうな。ポプラくんが水害から人間を守るしるしみたいなものなんじゃないのかな。」
「僕も人間の役に立てているのかな。無線さんみたいに人間の役に立っているなんて、考えたことなかったよ。」
「ポプラくんは人間だけじゃなく、鳥や昆虫や犬の拠り所にもなっているじゃないか。俺なんかよりすごいことだと思うよ。」
「そうかな。」
「そうだよ、自分に自信を持ったらいいよ、俺は自分に誇りを持っているよ。」
防災無線に勇気づけられて、僕も少しだけ自信を持てた気がした。

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僕たちは心地よい春も、暑い夏も、冷え始める秋も、凍てつく冬も二人で一緒にその場から離れることもできず、じっと立ち尽くしていた。何年経過しただろう。何年も何十年も僕たちはそうやって一年中同じ場所で共に過ごしていた。

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ある年の三月の昼下がり、突然僕たちの足元が激しく揺れた。大地がごぉーっという音を上げて、長くて大きな揺れが続いた。大地震が発生したのだ。
「ポプラくん大丈夫かい?」
防災無線が僕を心配してくれた。
「ありがとう、何とか大丈夫だよ。無線さんは大丈夫?」
「あぁ、俺も何とか大丈夫だよ。」
僕たちのすぐ側の土手の一部が崩れ落ちていた。そのうち防災無線がひっきりなしにサイレンや人間たちの声を伝えるようになった。
「何だかものすごい非常事態みたいだね。無線さん、忙しそうだけど、大丈夫?」
「こんな時こそ活躍しないと。疲れてなんていられないさ。」
防災無線は歌も歌わず、警告を人間たちに知らせて続けていた。
時々、余震で揺れることがあった。僕たちは緩んだ地面に必死に踏ん張って、倒れないように耐えていた。

夜になるといつもは光っているはずの遠くの街の明かりが消えていた。
「こんなに真っ暗な夜は初めてだな…」
やっと一息ついた防災無線がつぶやいた。
「僕は街には行けないけど、街明かりが点いているだけで、なんとなく暗い夜も寂しくなかったのに。真っ暗だと気持ちが沈んでしまうな…」
「でも。ほら、今夜はいつも以上に星が輝いているよ。」
防災無線が僕を励ますように、星空を見上げた。
「ほんとだ…こんなに星が輝いて見える夜空は初めてかもしれない。」
「人間たちの明かりがないと、こんなに夜空って美しいものなんだなぁ。」
僕たちは余震に怯えながらも、星の輝きに見とれていた。

 それからまた何年、何十年、経過しただろうか。あれほど元気だった防災無線が徐々に元気を失くしていった。いつの間にか身長も僕の方が大きくなっていた。
「無線さん、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ、と言いたいところなんだが、そろそろ寿命が来たらしい。」
「そんな…昔みたいに元気な無線さんに戻ってよ。」
僕は涙を堪えて、防災無線を励ました。
「ポプラくんと違って、俺は人間に作られた人工物だから。地面から命のパワーを分けてもらえるわけでもないし、劣化は避けられないよ。キミとはもうすぐお別れかもしれない。」
「そんなの嫌だ!ずっと一緒にいてくれると思っていたのに。またひとりぼっちになってしまう。僕をひとりにしないで。僕の元気を無線さんに分けてあげるから。」
こんな時、枝を使って、防災無線の体をさすってあげたりできればいいのに、道が邪魔して僕は防災無線に触れることさえできなかった。
「ポプラくんなら、俺がいなくなっても大丈夫だよ。キミには鳥も昆虫も犬もついているんだから。時々会える仲間がいるだろ?」
「そんなの…ずっと一緒にいられなきゃ意味がないよ。本当の友達なら、僕の側にずっといてくれるはずでしょう?」
防災無線は呆れた顔をして、それでもやさしい口調で続けた。
「ずっと一緒にいられないから友達じゃないとかそんなことはないんだよ。離れ離れになっても、本当の友達なら、心でつながっていられるものだから。」
「本当の友達は一緒にいられなくても心でつながっていられる…」
僕は防災無線の言葉を繰り返した。
「そうだよ。もうすぐポプラくんと俺も離れ離れになってしまうかもしれないけれど、心はいつまでもつながっているよ。俺はポプラくんのことを忘れない。一緒に歌った歌も忘れない。」
「一緒に歌った歌…」
「そうだよ、毎日毎日何十年も飽きるほど一緒に歌った歌が俺たちにはたくさんあるじゃないか。」
そう言うと、防災無線は歌を歌い始めた。
「ラーララ ラーララ ラーラ ラーラ ラー」
「ラーララ ラーララ ラララー ララー」
「ラーララ ラララ ララ ラーララー」
「ラララ ラララ ラララー ララー」
僕たちは交互に一緒に歌い続けた。遠くの山々に日が沈みかけていた。
歌い終えると防災無線は穏やかな笑みを浮かべて、深い眠りについてしまった。

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夜になっても、防災無線の反応はなかった。
「無線さん、今夜も星がキレイだよ…キミの代わりに今夜は僕が『ふるさと』を歌うよ。」
僕は星空を眺めながらひとりきりで『ふるさと』を歌った。歌っているうちに涙があふれてきた。もう一緒に歌うことはできないんだ。朝になってもおはようって言ってはもらえないんだ…。
遠い昔、流れ星を一緒に見た時、僕は心の中でこう願ったんだ。
「ずっとずっと無線さんと一緒にいられますように」と。
願い事は叶わなかった。せっかく友達になれたのに…涙で星空がにじんで見えた。糸のように細い月もますますかすんで見えた。

間もなく、防災無線は人間の手によって撤去され、彼は居た痕跡は何もなくなってしまった。何かを忘れたようにキレイに整備された地面だけが残っていた。
新しい防災無線が建てられることもなかった。この辺りに住む人間が減って、最盛期と比べたら散歩する人間たちも減っていた。集落は空き家が増えて、廃れ始めていた。

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それからまた何年が経過しただろうか。僕もすっかり年老いてしまって、ある秋の日、台風による暴風で僕は根元から倒れてしまった。
倒れた枝に鳥がとまった。
「ラーララ ラーララ ラーラ ラーラ ラー」
僕は耳を疑った。たしかに鳥があの歌を歌っている気がした。
「キミ、その歌知ってるの?」
僕は力を振り絞って鳥に話しかけた。
「えぇ、私は旅をして過ごしているんだけれど、遠くの街でよく聞いていた歌なの。素敵な歌でしょ?」
あれからこの辺りではすっかり聞けなくなった歌だった。懐かしい歌…無線さんとの思い出の歌…。
「鳥さん、お願いがあるんだ。」
「私にできることならいいわよ。」
「僕はこの通り、完全に倒れてしまって、もうすぐ死んでしまうと思うんだ。だから僕の枝を少し折って、その歌が聞こえた街に連れて行ってくれないかな?」
「えぇ、いいわよ。遠いから辿り着けるかわからないけれど…。痛かったらごめんなさいね。」
鳥は僕の枝をくちばしで折ると大空に羽ばたいた。
「ありがとう、鳥さん。」

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僕は初めて空を飛べた気持ちになれた。空を飛ぶってこんな感じなんだ。動くってこんな風に風を感じられるんだ。何十年も立ち尽くしていた場所がどんどん遠ざかっていく。あれほどそこから動いてみたくて仕方なかったのに、いざ遠くなってしまうとなぜか寂しさも感じられた。ひとりで立っていた思い出、無線さんと一緒に過ごした思い出…走馬灯のように蘇る。動いてみたら想像通り楽しい反面、もうあの場所に戻れないと思うと少し胸がしめつけられた。僕はまたあの歌が聞ける街に辿り着くことができるんだろうか…。感傷的な気持ちに襲われつつ、決して期待も忘れてはいなかった。

鳥のくちばしの中で僕はうとうとし始めた。歌が聞こえる。懐かしい、無線さんの歌声が。無線さんと再会できたんだ。また一緒に歌えるね…。
「ラーララ ラーララ ラーラ ラーラ ラー」

大きな山に日が沈みかけていた頃、その鳥は誤って枝を落としてしまった。
「ポプラさん、ごめんなさい、あの歌が聞こえる街まで届けてはあげられなくて。」

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地上では自転車に乗った男の子がたまたま通り掛かり、空から降って来たその不思議な枝を大切そうに拾って、地面に挿していた。

近くに真新しい防災無線が建っているそこには、翌年、小さなポプラが芽吹いたのだった。

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※2020年3月に執筆した童話です。

8月、「図書室のない学校」シリーズ『「約束の夏」~あの頃思い描いていたボクたちの今、そしてこれから~』という作品の中にこの童話を登場させました。

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