ダンまち17巻 感想と考察
この記事は小説「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」17巻のネタバレが含まれます。
DM = 本編「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」
SO = 外伝「ソード・オラトリア」
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ダンまちアニメ5期「フレイヤ編」放送決定は、まだか
「欲しいものが分かったから」
「何にも代えがたいモノを見つけたから」
「私はもう、それだけでいい」
美と女神
一口に女神といっても多種多様だ。古今東西、あらゆる文化圏の神話には様々な女神が登場する。大地をつかさどるもの、人々に知恵をもたらすもの、挙げていけばそれこそきりがないだろう。
そうした女神たちの中でもひときわ自由で、奔放で、横暴なのは誰かと考えると、まずは「美」の女神が想起される。
「美」、それは人間にとってなくてはならないものだ。
美しい人、景色、芸術、その他何でも、美しいものは人の心を魅了し、時に安らぎを、時に高揚を与えてくれる。それは心の洗濯であり、リフレッシュであり、エネルギー補給である。
何をもって「美」とするかの基準はそれこそ千差万別。ファッション雑誌の流行は目まぐるしく変化し、テレビの画面をにぎわせるアイドルの服や髪形もほんの10年程度で全く異なる傾向になる。
しかし「美」の定義は様々であっても、美しいものに心惹かれるという在り方は普遍的であるといっていい。
より美しい服、美しい建物、美しい自然、美しい絵、美しい人間、美しい社会、人間は多かれ少なかれそうしたものを追い求める。
「美」、そこに私たちは「正義」や「善」を見出す。より美しいものはより良いものであり、美しいものが増えることは世界がよくなることであると素朴に思う。
美しいものがほしい、美しくありたい、世界を美しくしたい、その願いは私たちをより良い生き方、よりよい社会、よりよい世界へと導く道しるべである。
だが、美とは決してそれだけではない。
「美しい」ということは時として、巨大な暴力である。それこそ、他のありとあらゆる価値基準を圧倒し、人の心を支配してしまうほどに。
美しさを競い合い、友情を失ってしまう人がいる。他人の美しさに心奪われ、家族を失う人がいる。美しい人を手に入れるために、武力を奮う人がいる。あるいは己が美しくあるために他人を踏み台にする人もいる。己の美しさを武器に、他者を支配する人がいる。
物語だけの話ではない。美しいということは巨大な価値であり、ゆえに争いのきっかけともなり、悪の源にもなる。
善の源にもなり、悪の温床にもなり、しかしいずれにせよ人の心をとらえて離さぬもの、それが「美」だ。
古代の人も、きっとそのことには気づいていたのだろう。どんな神話にも「美」をつかさどる女神がいる。彼女らは自由であり、奔放であり、ある人に無限の恵みと愛を与えたかと思えば、またある人には理不尽で横暴な責め苦を与える。「美」という概念、それが人の世に与える力の二面性、古代の人々が理解していたそのありようが、彼女たちには投影されていると思われてならない。
では「ダンまち」の世界に君臨する「美の女神」、フレイヤはどうであったか。
ラスボス君臨
「シル」ではベルに届かなかった。「魅了」の力もあの白い少年には通じない。では力づくか。都市最強の勇者たち、彼らの暴力によって白いウサギを無理やり檻に閉じ込めるのか。一読者である自分はこの半年間、フレイヤの決断が気になって仕方がなかった。落ち着かな過ぎたから↓な駄文まで書いた。
「ひれ伏しなさい」
超えてきた。大森先生がこの世界に送り出した女神は、自分の予想などはるかに越える手段を選択した。
作り上げるのは「偽典」。ベルが変わらないのなら、”ベル以外の全て”を捻じ曲げる。都市の全てを”魅了”して、記憶も記録も何もかもを作り替えて「ヘスティア・ファミリアのベル・クラネル」を抹消する。そこにいるのは「フレイヤ・ファミリアのベル・クラネル」
馬鹿馬鹿しい?ありえない?無茶苦茶?
だから何だ。彼女こそフレイヤ。神も人も世界も魅了し、勇者達が傅く女神の極点。欲するものは手に入れる。優等生な道徳や倫理が障害になるはずもない。
正と負の二面性を持つ、残酷で奔放な女神にして、誰よりも愛の毒と奇跡を識る『魔女』だ。
用意するのは巨大で堅牢な女神の箱庭。箱庭を守るは万夫不当の英雄達。白い兎の心が折れるまで、竈の火と金の憧憬を忘れ去るその日まで、銀の女神は決して彼を逃がさない。傷つく彼を拒まず、受け入れ、共感する。誰一人彼を覚えていない世界で、彼女こそが唯一の『理解者』なのだと受け入れるその日まで。
これからも貴方を傷付けるわ、ベル。
そして傷が生まれる度、抱きしめて、癒すわ。必ず、絶対に。
(中略)
だから、ごめんなさい。
でも、もう手段は選ばないって決めたから。
凄いとしか言いようがない。女神フレイヤ、彼女こそがこの作品世界における頂点の一つだと、これほど説得力を持たせる展開がほかにあっただろうか。
むろん、フレイヤ自身にとっても掟破り、かつて自ら葬った女神イシュタルと同じ、品性などかけらもない行為だと彼女自身が自覚している。
だがそれゆえに”本気”なのだと、誰もが理解できる。それほどに彼女はベル・クラネルを欲していて、その渇望は己の矜持さえ捻じ曲げるほどのものなのだと。その願いの強さは、かつて「シル」としてどん底から救ったリューから、アーニャから拒絶されたとしても揺るがないほどであった。
「ラスボス」、フレイヤは間違いなくその呼び名にふさわしい存在だった。
しかし彼女は「主人公」ではない。
この物語は「英雄譚」、主人公はベル・クラネルである。
白兎奮起
誰一人、自分のことを知らない。ともに歩んできた仲間たちも、頼りになるアドバイザーも、街を行き交う人々も、覚えているのは「偽典」だけ。
日が昇れば「戦いの原野」で訓練という名の死闘を繰り広げ、第一級冒険者たちに嫌というほどたたき伏せられ、疲れ切った心と体を美しい女神が待っている。
一体ベル君が何をした。
異端児編で汚名を被った時も大変だったが今回も大概だ。たった一人で、味方もすべて奪われたこの状況で、諦めてしまったとして誰が責めようか。そうしたところで誰が傷つくわけでもない。
彼に何ができるというのだろうか。体も心も擦り切れて、出口も見えないこの状況で
「僕には!自分を信じて、立ち続けることしか! 走り続けることしかできない!」
この物語の最大の魅力は主人公・ベルだと個人的に思っている。
最初のハイライトは間違いなくDM3巻ミノタウロスとの戦いなのだが、その後も巻を追うごとに一歩一歩、彼が高みへ登っていく姿を見るのが楽しみでしょうがなかった。
特に異端児編以降は一歩一歩どころか二、三段飛ばしで階段を駆け上がっていくようで、読んでいるうちに「行けーーーーーー!!!!!!」と叫びたくなる衝動を我慢するのに必死だったりする。もはや「ダンまち」を外で読むことはできない。うっかりカフェなんかで読んでいたら奇声を上げてつまみ出される羽目になりかねない。今回は自室だったので助かった。
そして走ったその先、忘れることなどできるはずもない「憧憬」。
何も覚えていないはずの彼女はそこで
「訓練、する?」
「誰かと約束して・・・・、強くなりたいって、・・・そう、言われた気がする。」
再び起こった「奇跡」。それを大切に握りしめて立ち上がった白兎の元に、もう一つの「奇跡」が届く。
「君も知らなかった炉の女神(ヘスティア)の秘儀、見せてやろう」
燃え上がるのは竈の火。焔が届けるは清浄の詩。力では決して破れない女神の箱庭を、破邪の護り火が包み込む。
勝ちを確信したラスボスの横っ面を、原初のヒロイン二人が張り倒した。
大激戦(ヒロインレース)
思えば、ダンまちのヒロインレースは随分と混沌とした状況にあった。
異端児編では好敵手が突撃をかましてきたかと思えば深層編で妖精が大量得点をかっさらう。
狐のお姫様は毎度毎度油断なくポイントを稼ぎ続けるし、条件が悪すぎるサポーターもあきらめる気配なし。
おねぇさん気取りのアドバイザーが陥落した次の日には予想外の方向から薄幸の預言者が参戦希望。
外伝主人公として、強く凛々しく戦う剣姫とファミリア全体の庇護者として寄り添う竈の女神様は、その在り方ゆえに若干後輩たちに差をつけられつつあるなぁ、などと自分は考えていた。
しかし今回、「舐めるな」と言わんばかりに存在感を見せつけてきたのはベルの物語の始まりを刻んだこの二人だった。
あのアイズがベルのために「怒る」。ベルとの記憶を奪われたことにはっきりと「怒り」を抱く。ようやく、ようやくここまで来た。
ヤスダスズヒト先生渾身の一枚絵、女神ヘスティアの神威を読者にたたきつけるあの一枚を見た瞬間に、自分の頭にはアニメ化決定の祝砲が鳴り響いた(妄想)。ヒロイン力の”天元突破”とはこのことか。
そして戦争へ
フレイヤの箱庭は終焉を迎えた。尊厳を凌辱された怒りに燃え、ロキファミリアを含む都市すべてが女神の敵になった。
それでも尚、彼女は、フレイヤは女神であった。
「ヘスティア、戦争遊戯(ウォーゲーム)よ。」
己が築いてきた全てをチップに変えて、敗北すれば何もかもも捨てると決めて、戦の火蓋を切って落とした。
どうするんだこれ
なるほど、ベル君は強くなった。巻末ページのステータスはすごいことになっているし、深層の決死行で他の冒険者の何倍もの経験を積んだ。事実上レベル5の実力があっても不思議ではない。仲間たちも二段、いや三段くらい強くなった。心も技も体も、既にヘスティア・ファミリアは雑魚ではない。
都市のファミリアはほぼ全員協力してくれるだろう。ヘファイストス・ファミリアは武器を、ミアハ・ファミリアからは回復薬を、その他のファミリアからも有形無形の援助が受けられる。ともすればロキ・ファミリアから助っ人が参戦してくれるかもしれない。
これだけあればLv6の勇士達ならギリギリ何とかなるかもしれない。特に師匠(マスター)はベル自身が挑むことになろう。都市最強の魔法剣士、彼がベル以外に負けると思われない。あの人に挑み、超えるとしたらそれはベル自身の役目だ。
しかし、猛者(おうじゃ)がいる。
今回の展開、Lv6の面々が多かれ少なかれ動揺している中で、「ど」の字すら見せなかった鋼の男。無双の武人。
戦争遊戯ということはつまりこの「最強」と戦うということだ。
あれだけ手強かったジャガーノートが雑魚に見えるほどの巨大な壁。都市の総力をかき集めたとして、女神の傍らにそびえたつあの漢をどうにかできるのか。
それでもやるしかない。
この絶望的な差を超える以外の選択肢はない。
読者にできるのは我らが主人公が、この難局という言葉では言い尽くせない状況を打ち破ると信じることだけだ。
そしてその果てに、ベル・クラネルは必ずや『彼女』を救うのだ。
その日を信じて、今は待つ。
『破綻』はもうすぐ。急げ、ベル。