ひとりで風景の中へ
はじめまして。
#日経COMEMO キーオピニオンリーダーの田中泰延だ。
「田中泰延だ。」と自己紹介するとなぜこんなに偉そうなのだろう。しかし、「である調」と「ですます調」が混じらないよう文体を統一するとこういうことになってしまうのです。とにかく、私は田中泰延だ。そして偉そうに名乗っているわりにはnoteのヘッダ画像が恥ずかしい。
しかも、「キーオピニオンリーダー」とはなんなのか。
キーに対してオピニオンするのだろうか。私は鍵に関する意見など特に持っていない。いま持っているのは車の鍵くらいだ。しかも、最近の車の鍵というのはドアに差し込んで回す動作が全く必要ない。無線的な仕組みで開けたり閉めたりするのが主流である。ちなみにこの世で一番頭が悪い機械は、リモコンキーを持って車から離れると自動で鍵がかかるやつである。車から降りてしばらく歩くと、後ろで「カチャッ」と鍵がかかる音がする。本当に締まってるのか?と確かめるためにクルマに近づくと、なんと「カチャッ」と鍵が開くのである。一生確かめられない。
ともあれ、私は日経COMEMO運営チームの安仲さんからお話をいただき、こちらに書くことになった。
「田中様
突然のご連絡失礼いたします。
日経COMEMOは日経がnote上で運営するマガジンです。
各界のビジネスリーダーの方に、お声かけをし、定期的に投稿いただいています。
今回、こちらのマガジンに寄稿してくださる、キーオピニオンリーダー(K O L)として田中様にご就任いただけないかと思いご連絡しました。」
本当に突然だと思う。突然でない連絡をするためには「いまから突然の連絡をしますよ」という連絡をし、さらにその連絡が突然ではないようにするためにはその前に「いまから突然の連絡をしますよという突然の連絡をしますよ」という連絡がなければならない。
各界のビジネスリーダーの方に、お声かけ
ビジネスリーダー。2020年の私の年収は200万円ないと思う。安仲さんは根本的に何かを間違っている気がするが、面白いのでそのままにしておく。他人の間違いは面白いからだ。
そうして面白がって引き受ける返事をしたために書かなければならないことになった。面白いことには落とし穴があるのである。しかしいったい、何を書かなければならないのだろうか。
そもそも私はnoteを使ったことがない。note株式会社社長の加藤さんは友人だがそれでも使ったことがない。新しい機械はよくわからないからだ。正確に言うと、たどってもらえばわかると思うが、1回だけ書いたことがある。2016年の2月だ。それに対して何人かの方からお金の振り込みがあるそうだが下ろし方がわからない。
とはいえ、言ったことはやらなければならないのである。しかし何をするのかわからない、やることもわからない、そのために使う道具もわからない、これはすごい状況だ。人生にはどんな落とし穴があるかわからない。まず何を書かねばならないかを確認しよう。
私たちが日経COMEMOを通して実現したいと考えているのは、すべてのビジネスパーソンが日経新聞に掲載される経済ニュースについて自分の考えを書いて発信できるようになること、つまり「書けば、つながる」の実現です。
しかし、「自分の意見を書いて発信する」ということは大変難しいことで、なかなかハードルの高いことだと思います。私たちは、そのハードルを少しでも下げて皆様に「書けば、つながる」を実現していただけるように、様々なサポートを用意しています。この【投稿募集企画】もそのうちの一つです。
…なるほど【投稿募集企画】ならハードルが低いのだな。しかしここで言っておきたいことがある。今度でもいいがいま言わせてもらう。
それは「ハードルは下がらない」ということだ。よく「ハードルが上がる」などというが、ハードルというのは、陸上競技の障害走のコースに設置するものであり、金属製の基部の上に木や樹脂製の横棒が付く器具だ。障害走においてハードルの高さは一定であり、競走の途中で上がったり下がったりされると大変危険だ。上がるのは、ハードルではなく高跳びや棒高跳びの「バー」である。
なんの話か忘れるところだったが、そのハードルが低いという【投稿募集企画】、いったいなにを募集しているのかというと、これだった。
#どんな国内旅行したいですか ~ポスト・インバウンドの観光のあり方~
これについて『すべてのビジネスパーソンが日経新聞に掲載される経済ニュースについて自分の考えを書いて発信できるようになること、つまり「書けば、つながる」の実現』をすればいいのか。
しかし私は先に述べたように『ビジネスパーソン』ではない。社会に対する自分の考えなどないし、特に発信したいこともない。なにか提言できるような識者でも専門家でもない。ましてや「書けば、つながる」というが、あんまり誰ともつながりたくない。ほんとうに、なんで書くことになったのだろうか。
しかし、引き受けた以上は書かなければならないのである。これでどうだろう。
これからの国内旅行、それはイノベーティブでキーとなるオピニオンをオポチュニティしてインタラクティブな志向性でオーソライズしたスタンフォードがポスト・インバウンドではないだろうか。 キーオピニオンリーダー・田中泰延
…。どうだろうか。だいたいこれでいけるんじゃないだろうか。
ダメだと思う。ダメなのはわかる。おとなだから。
なので、この日経COMEMO では、社会の様々な問題に対して、あくまで「自分だったらこんな意見が読んでみたいな」というスタンスで考え、綴ってみたい。
しかしダメさはそれだけでは終わらない。この企画の締め切りは11月10日だったらしいのである。今日は何日だ。11月27日だ。自問自答した。つまり、もう書いても無駄だろうか。そうではない。そうではないのである。自問自答した。
私は、この「#どんな国内旅行したいですか」という【投稿募集企画】を考えるにあたって、実際に旅行したからである。頭の中で考えて何か意見みたいなものをでっち上げようとしているのではないのである。行ったんである。
【投稿募集企画】にはこのような質問がある。
・Go To トラベルをあなたは利用しましたか?利用した方はどんな感想を持ちましたか?
・インバウンドに頼らない「国内旅行」回復のカギはなんだと思いますか?どんな場所に行きたいですか?どんな旅行がしたいですか?
・インバウンドに頼らない「国内旅行」、受け入れ先となる観光地や旅行会社にはどんな取り組みが必要だと思いますか。
・ポスト・インバウンド時代の「国内旅行」にあなたはどんなイメージを描きますか?
・その他、「国内旅行」の未来について思うことを投稿して下さい!
なので、自分なりにこれらに答えるべく、私は11月の連休を利用して一人で温泉旅行した。
このコロナ禍のさなか、だれも温泉地などには向かわないだろうとタカをくくっていたら、
とんでもなかった。めちゃくちゃな人出である。この旅は、「Go To トラベル」への国民の勢いが最高に盛り上がった11月の連休に決行された。
だから、上記の【投稿募集企画】の質問も、どこか明るい未来への提言を期待している雰囲気がある。
私も、締切に間に合うようにウキウキとこの原稿を書いていた。「Go To トラベル」最高だな。みんな感染予防に気をつけながらでも、大勢が楽しんでるな。インバウンド需要がなくても「国内旅行」はあらためて日本を見直すいい機会だな。そんな浮かれた文章を書いていたのである。
しかし、しかしである。
その後、11月下旬に差し掛かって、日本社会の様相が一変したのはご存知の通りだ。新型コロナウイルスの感染者数は日々最大を更新し、重症者の数もかつてないほどになっている。「Go To トラベル」も政府によっていったんの停止、見直しが進行している。
もうひとつの目玉だった「Go To イート」も停止の方向だ。
他にも飲食店の営業時間短縮要請など、もはや緊急事態宣言が出るかどうかというところまで状況は緊迫している。
わずか1週間や10日の間で、あまりにも変化が目まぐるしい。この急展開に、私はそれまで書いていた原稿を捨てた。また、当然ながらマスク着用や手洗いなどを徹底し、さらには誰と会食するでもない一人旅ではあったが、帰宅した自分の感染にも不安を抱いたのも事実である。
だが、しかし。しかしである。
それでも私は、行ってよかったと思う。
誰とも話さない数十時間、ひとりで食事をし、ネット環境を断ち、ひとりの部屋から窓の外に広がる星を見て考えた。波の音だけを聞いて考えた。
この1年、とんでもなかった。世界の何もかもが変わった。自分の生活も、全てが変わった。他人との付き合い方も、距離も、変わった。いや、自分自身との付き合い方すら、変わった。
このまま世界が変わらなければどうなるのか。それとも誰かの努力と科学の勝利によって状況が打開されたとしたらどうなるのか。なにが変わったままで、なにが元通りになるのか。
そういうことを予測してひとつひとつ具体的に述べるのがこの「日経COMEMO キーオピニオンリーダー」に求められていることかもしれないが、私は専門家ではない。状況に翻弄され、悩み、行動するだけだ。だからこそ、「一人で考え、一人で決める時間」の重要性こそ、このコロナ禍で増した。そう思った。それは「Go To トラベル」を利用するのであっても、停止されてしまっても同じだ。
この先どうするか。人にはどう接するべきか。何もしないべきか。何かをするべきか。どんな言葉を持てばいい。どんな行動を起こせばいい。
ステイホームな自宅で、刻々と変わるニュースを追っているだけでは、堂々巡りになってしまう。そんな自問自答に答えるために、一人で自分を、この日本の、まだ見ぬ風景の中に置いてみる。少しの時間でいい、いちど、情報から遮断されてみる。そのなかで掴める未来や、言葉があるはずだ。
いま、日本を、ひとり旅。おすすめです。
ちなみに、ぼっち旅の私に、宿のみなさんの気遣い、そして感染症予防への取り組みはともに素晴らしかった。
そのことはまた別の場所で詳しく書こうと思う。