書式や構成の参考とするためGoogleで再審請求書を検索したのですが、それらしく公開された再審請求書は今回、この三鷹事件だけでした。
前回は、再審請求の補充書の方を参考にするため調べたのですが、そのときも同じ三鷹事件のホームページが出てきたように思います。
その前で3ヶ月ぐらい経つかもしれないですが、そのときの再審請求書の検索では、菊池事件の資料が出てきました。弁護士が検察に再審請求を求めたという他にない特殊な事件なので、検索のワードが再審請求とは少し違っていたかもしれません。
PDFファイルを「正木」で検索したところ15箇所の該当となっています。
引用しようと思ったのですが、PDFファイルはテキストのコピーできないようになっているらしく、右クリックメニューのコピーがグレー表示になっていました。このグレー表示を見たのはたぶん初めてです。ホームページの場合は、そもそも範囲選択のできないことが多く、それでコピー防止にしているようです。
同じページに公開されたWordの再審請求書は、アイコンをクリックすると直ちにダウンロードされ、開くと普通にコピーが出来ました。
PDFファイルで「正木」の検索の3件目の該当箇所になりますが、34ページになります。本当におおまかに軽くざっと目を通したのですが、「正木弁護人」が目にとまり、少しページ内検索をしました。
短い時間でしたが、「正木」の側に、今度は「布施弁護士」とあるのが目にとまりました。
「布施」のページ内検索は12件の該当で、先ほどはどの箇所をみていたのか覚えがないですが、1件目が70ページで、「明らかにする新証拠が、三鷹事件の弁護団長であった布施辰治と竹内に往復書簡である。とあります。
正木ひろし弁護士と布施辰治弁護士は、どちらも前に調べたことがあり、Wikipediaのページにざっと目を通していたかと思います。どちらも三鷹事件の弁護活動をしていたという経歴は見ていたような気がしましたが、再審請求書で2人の弁護士の名前が同じ事件の弁護人として出てきたのは意外で、布施辰治弁護士の場合は弁護団長となっていました。
最初に記録されたツイートが2010年5月24日となっています。「映画「弁護士布施辰治」」とありますが、この映画のことは全く記憶にありません。
2件目が同じく2010年6月29日のツイートですが、「中山研一の刑法学ブログ」とあります。
URLリンクを開くとブログの記事がそのまま残っていました。平成6年3月17日から平成9年1月18日までの福井刑務所での服役中、司法試験の勉強で刑法も勉強していたのですが、学説の1つとしてよく名前を見ていたのが、中山研一氏になります。
本で名前を見ていた刑法の専門家でブログで記事を見るようになったのも珍しく印象的なことですが、当時すでにかなりのご高齢で、数年後にはお亡くなりになったと知りました。
2011年8月7日の記事ですが、長男と長女というお名前があります。この最後の記事のことも印象に残っていました。
亡くなった年齢を確認する目的で調べたのですが、滋賀県出身というのは意外で、それも虎姫中学とあります。この虎姫中学も石川県の金沢高校と同じく旧制中学の可能性がありそうですが、虎姫というのは意外でした。
長距離トラック運転手の仕事で、名古屋方面に向かうとき、国道365号線で虎姫という地名の案内板をよく見かけていたのですが、町外れの国道を通過するだけで、虎姫という町のことはほとんどわかっていませんでした。
他にも著名人の出身地として虎姫を見かけることはあったのですが、旧制中学があるぐらいだと、思っていたより規模は大きいのかもしれません。
虎姫町の検索で、だいたいの場所が出てきましたが、枠線で範囲が囲まれず、虎姫駅をクリックすると住所が、〒529-0144 滋賀県長浜市大寺町となっていました。
Twitterでは2015年なって神原元弁護士のことを知ったようです。Twitterアカウントは2012年8月からの利用となっています。さきほどGoogleの検索からTwitterアカウントを探したのですが、検索結果のページに、「かんばらはじめ」とあることに気がつきました。
「かみはらげん」だと思っていたので、意外性がありますが、@kambara7というTwitterのアカウント名も「かむばら」と読めそうです。
この神原元弁護士も最近は名前を見かけなくなっていたのですが、タイムラインは、本人の過去のツイートを含めたリツイートばかりで、最近の本人のツイートが見当たらなくなっています。
2019年の再審開始を認めない東京高裁の決定というのは、ニュースでみていたのですが、現在はその特別抗告が続いているようです。
前に読んでいたことを思いだしたような部分ですが、さきほどの再審請求書にもそれらしい記載がありました。時間があれば全部読みたいとは思うのですが、同じ再審請求でも袴田事件や大崎事件とはずいぶん大きな違いを感じます。