「和の香り」への探究
こんにちは。香りのコミュニケーターHIROです。
昨年、9月にインタビューを受けて以来、「和の香り」に執着している。背景としては、「和の香り」、正確には日本の香りについてHappy NoseというYouTube Channelを運営する若い二人に意見を求められた。筆者の「和の香り」の定義は日本特有の植物の香りとしたが、それには香りはパーソナルで、今まで特にこれが日本の香りと区別や意識はしたことがなかったからだ。
以来、その探求「和の香りとはなんぞや」に時間とエネルギーを費やすようになった。その後、Happy Noseのインタビュアーの1人と「和の香り」をテーマに展示会を開催した。今年2月のことだった。
前述のインタビュアーはベトナム出身で彼女自身も日本をテーマに香りを作るアーティストだ。彼女の日本滞在中の作品、和精油そして筆者が開催しているお香創作ワークショップで使用するプロップの展示と共に3回のプレゼンを実施し、100名を超える予想以上に多くの方々に立ち寄ってもらえた。プレゼンの内容は、ベトナムのアーティストの日本での学びと、筆者の10年に及ぶ香りの世界での活動と香料会社での経験を中心に、和の香りのマーケットリサーチの結果の発表となった。
和の香りに関する印象を調査
例のインタビューから展示会までの間に、サンプル数は少なかったが、日本で暮らす生活者と海外で暮らす香りの愛好家に向けて、それぞれ、和の香りに関する印象を調査した。
興味深かったのは双方とも、桜とお香をあげていたことだ。
まず、日本で暮らす生活者は概ね、香りの種類をあげた。チャートからもわかるように、さくら、お香、ヒノキ、畳、抹茶が上位を占めた。また、ヒノキのように断定せず木の香りや山の匂いのように日本の自然や季節感を感じる香り、そして、昆布や鰹のようにだしの香りと食の香りを「和の香り」と感じている。
気になったのは12%のお香、各6%の白檀と線香。フォローアップの質問でお香について具体的に聞いてみた。その中には 線香、香道、白檀、伽羅などが含まれ、総合すると、日本の生活者が連想する「和の香り」はお香がトップに来ることになる。しかし、日本の伝統的なお香の原料には一つも日本固有、日本古来のものはなく、香料はいまだに輸入している素材であることを踏まえ、長い歴史を経た文化変容を感じた。
一方、海外の愛好家にも和の香りの印象をきいてみた。彼らからは、日本人と異なり、香りの種類だけにとどまらず、1) ブランド名、2) 香料、3) 印象が記載された。
1) ブランド
1-1. 日本の化粧品やファッションブランド:資生堂、KENZO、Shu Uemura、COMME DES GARCONS、ISSEY MIYAKE、Yoji Yamamoto、Hanae Mori、高島屋(かつてシグニチャーフレグランスがあったそうだ)
1-2. 日本人または日本に由来のある調香師やクリエータのニッチブランド:Di Ser(スペインのブロガーAna Stoianさんに教えてもらった北海道のブランドで、主に海外を視野に入れてローンチ)、Miya Shinma、Serge Lutens、Tobali、Satori、Aroma M(日本で生活をしていたことのある調香師)、Keiko Mecheri
2) 香料
2-1. 植物
サクラ、キンモクセイ、ボタン、ジャスミン、バラ、スズラン、ヒヤシンス、モクレンといった花の香り。その他、ヒノキ、スギ、ユズ、ミカン、シソ、ウメといった木材、柑橘、海外でも食材で知られる香りなど回答された。
2-2. インセンス(お香)も回答にあがった。日本国外でもインセンスは古くから多くの宗教儀式などで使用されるが、ここで言うインセンスは日本に伝統的に伝わるお香であるウッディー調のドライな印象とのことだ。日本通の方のご意見。
3) 印象
優しい、柔らかい、落ち着く。高品質、パッケージなどのカッコ良さ、美しさ。思慮深さがあげられた。
日本の生活者が香りの素材をあげた一方、海外の方は香りの作り手の名称もあげてくれ、日本で考える和の香りの枠を広げてくれたように思う。
このように生データから見られる傾向は消費者リサーチに基づいた展開をする際にはありがたいが、業界では和の香りをどのような位置付けているか、次に見ていきたい。
香料業界団体の定義
日本国内にも香料業界の団体はいくつか見受けられたが、外資大手香料会社も所属する日本香料工業会では和の香りの例として、日本固有の和食の香りをあげている。これは香料業界はフレグランス(嗅覚)とフレーバー(味覚)を扱うので、これは味覚での観点から書かれているように思えるが、味覚の約90%は嗅覚になしに感じられないと言われていることから、業界特有の考え方とは一概には言い切れない。実際に先にみたように「和の香り」の印象で食をあげている生活者もいた。
日本香料工業会では5つのカテゴリー分けて「和の香り」を解説している。
1. 酸味
2. 日本料理における超脇役
3. 塩味
4. 苦味
5. 辛味
1. 酸味
酸味が強く、生食にむかない柑橘類を「香酸柑橘」といい、ユズ、スダチ、カボスを指す。
ユズは奈良時代に中国から日本へ渡来、スダチは300年前に徳島で作手という。カボスは大分に古くから分布されていたそうだ。ユズの出荷量は20年前より1.7倍に拡大したという。ユズをブレンドした香水が世界的にも人気で、賞をとるほどの勢いだったので、出荷量の増加には納得がいく。
余談だが、香料会社でのプロジェクトの一つで、シトラスプロジェクトがあった。筆者とそのチームはアジアの柑橘類をシンガポールオフィスに集めた。日本からは20種類以上の柑橘フルーツを用意。同じユズ科の果物でも日本産と中国産で、こんなにも芳香が異なるのかと、改めて感じた。
2. 日本料理における超脇役
サンショウ、クロモジ、ホウバがこのカテゴリーに入る。この3つには味覚的な共有性はない。
味覚も嗅覚もツーンとするけど、個人的には結構ホッとするサンショウは、成分のシトロネラルのグリーン感と桂皮酸メチルがスイート感があるそうだ。
つまようじでもおなじみのクロモジ。精油採取は地域的に行われており、最近、クロモジのエッセンシャルオイルが出回っているのを良く見かける。
今年創作したアロマストーンにクロモジを少量練りこんだ。クスノキ科のクロモジは乾いた中に温かみを感じる香りだ。
ホウバの花は甘い芳香。食品を包む材料として使用するのはあの大きな葉で、かすかな香りがあるようとのことだ。
3. 塩味
シソ、ウメボシ、エゴマ。
味覚で言えば、塩っぽいものと酸っぱいものの間といえば、ウメボシではないか。とはいえ、匂いがそうかというと不明である。ウメボシは塩漬け、日干ししたクエン酸を多く含む酸味の強い梅果実の漬物をいう。赤色は赤シソのアントシニアンとの化学反応で、ウメボシは見ているだけで口の中が塩っぱくなる。
シソはペリラアルデヒドという特徴的な香気成分があるそうだ。そして同じシソ科のエゴマは異なる香気を放つという。
4. 苦味
ミツバ、シュンギク、フキ。
日本原産、ミツバは江戸時代から栽培が開始され、シュンギクは地中海原産だそうで、室町時代に渡来。原産地では観賞用だが、アジアでは食用。ミツバはセリ科で香菜のように独特な香り、フキはほろ苦いとされる。苦いかというと首をかしげるが、確かにどれも特徴的な香りがある。
5. 辛味
最後に筆者も大人になってから良さが分かった独特の辛味のあるもの、ワサビ、ショウガ、ミョウガ。
辛味は痛感覚や温度感覚を刺激する化学物質による反応物質的刺激とのことだ。
日本発のワサビはすでに世界中でも市民権を得ており、ワサビを説明する必要はないかと思う。「WASABI」という日本食のデリフードチェーンがロンドンやニューヨークにあったり、スシブームでアメリカのどこかのコマーシャルで「What’s up?」とかけて「ワッサービ」と口に大量のワサビを入れて苦々しい表情をしていた役者さんを思い出す。
ショウガは世界中で栽培されていますが、その精油成分の組成比は異なるため、芳香もそれぞれ特徴的とのこと。
ミョウガを野菜として栽培しているのは日本だそうです。名からみるとショウガに近いが、グリーンが強くearthyな香りを生み出している。
以上、日本香料工業会が考える「和の香り」をまとめてみたが、辛味を除き、お香を表現するときの五味「甘・酸・辛・苦・鹹(しおからい)」とほぼ一致する。これも味覚との関係の深さというより、上述の味覚の90%は鼻で感じるを正とすると、「甘・酸・辛・苦・鹹(しおからい)」は匂いから味覚表現になったと言えるかもしれない。
「和の香り」の海外での紹介
最後に、筆者の個人的な「和の香り」への関心を社会貢献へ繋いでいく方法に触れたい。
日本に拠点を移す前、香りに携わる者として、香りの領域で日本社会に貢献ができないかと考え始めていた。現在3つのプロジェクトを走らせているのだが、その1つは日本産の香りを海外へ紹介することだ。
日本の国内需要は頭打ちすると言われて久しく、香りの世界でも和精油の生産者や国産香水ブランドが海外展開をの望んでおり、各社が独自のアプローチを試みるが頭を抱えているという。
今年4月の終わりに、日本産の香り、つまり和精油5種と日本生まれのニッチな香水やお香ブランド3つをニューヨークで紹介する機会を用意した。この活動の一環で、10月には先日投稿した「鎌倉よりエシカルソーシングの香りー鎌倉杉」の記事が米国の業界専門誌で取り上げられる。「和の香り」への探究は続く。
今日も香り満ち溢れる素敵な1日を!
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