そりゃエルフだって殺せば死にます ~グリヴァス・エリオンドール なれそめ編~ 4
第二章 犯人を捜せ
翌日の昼、グリヴァスは重い気持ちを引きずりながら王宮に向かった。
エルフィンディアの王宮は、城ではなく、人間社会においては屋敷と呼ばれる類の建物だった。城門もなく高い塀も無い。だが規模は相当大きく、敷地も広かった。
街から少し奥に入った森の中に建っており、大きな玄関扉の両脇に立っている二人の衛兵だけが俗世間と高貴な宮廷の境界を守る者だった。
「よう、グリヴァス。珍しいな、今日は何の用だ」
顔見知りの衛兵が気安く声をかけてきた。いたって平和な雰囲気だった。
「今日はお前さんたちのとこに報告があって来たんだが、その前に、エセリア王女に用事があって会いたいんだ」
衛兵の本部も王宮の敷地内にあるのだが、そこへ行く前にグリヴァスはまず王宮の建物を訪ねていた。
「待ってろ。取り次いでみよう」
玄関先で五分ほど待っていると通用扉ではなく、目の前の大きな玄関扉が開き、執事が出て来て「グリヴァス・エリオンドール様、こちらへ」とうやうやしく言った。
「あ、ああ。どうも」
賓客扱いに慣れていないグリヴァスは意外な対応に体中がむず痒くなりそうだった。
王宮内には最も格式の高い「謁見の間」以外に、日常的な訪問客用にいくつかの応接間が用意されている。その一番小さい部屋にグリヴァスは通された。女王の客ではないのでそれは当然だった。
大きな窓から明るい光が差す部屋の中で、グリヴァスが森や湖を描いたタペストリーを眺めていると、硬い表情のエセリアが現れた。今日は王女らしく柔らかそうな素材の白いチュニックドレスを着ていて、グリヴァスがひととき声を忘れるほどに美しかった。
「グリヴァス。今日はようこそおいでくださいました。では、母の元へご案内いたします」
グリヴァスは目を丸くした。
「え、いきなり女王陛下のとこか。衛兵隊の本部に行くんじゃなかったのか」
「回りくどいことをするより、その方が良いと思いまして」
エセリアも緊張しているようだった。
グリヴァスは、さすがに女王に謁見することになろうとは思っておらず、少なからず動揺していた。
エルフの女王レムリア・ルミルウェンは美しく威厳があり、とても冷たい印象の女性だった。礼儀にもうるさそうだった。格式張ったことが苦手なグリヴァスは、正直なところ避けたい相手であった。
エセリアに案内されてグリヴァスは謁見の間に入って行った。
法廷に引き出される被告人の気持ちだった。
そこは奥行き、幅ともに十五メートルほどある部屋で、応接間をさらに色鮮やかにしたようなタペストリーが四方を飾っていた。
「豪華絢爛とはこのことか」
グリヴァスは素直に感心した。
部屋の奥には、草花をモチーフとした飾りがついた優雅な玉座が据えられていた。そこに着座しているのは、もちろん女王レムリア・ルミルウェンだった。真っ赤なドレスと豪華な王冠を身につけている。左右には十人ほどの王国の重臣たちが居並んでいた。
女王の視線は鋭く、欠片も笑顔を見せはしない。並外れた美しさがそのまま威圧感になっており、たとえ女王でなくとも敬遠したくなるタイプの女性だった。
「エセリア。今日は緊急の要件だと聞いたが、何事ですか」
「はい、お母様。まずはこちらの方を紹介いたします。王国魔法顧問団の一人でもあるグリヴァス・エリオンドール殿」
「グリヴァス・エリオンドールです、陛下。女王陛下にはご機嫌麗しく……」
「世辞は要りません。要件を言いなさい」
グリヴァスは口をつぐんだ。好意を得る作戦はあえなく失敗した。
「お母様、昨夜、王都で例の人さらい事件が起きました。しかも私が管理する王家の孤児院が狙われたのです。たまたま居合わせた、こちらのグリヴァス殿の尽力で子供たちは取り返せましたが、もはや事態は深刻です。このままでは王国の威光にも傷がつきましょう」
女王は「王国の威光」という言葉に、わずかに眉を動かした。周囲の重臣たちの間に緊張感が走った。
「それでお前はどうしろと言いたいのか」
「一刻も早く犯人を捕まえていただきたいのです」
「お前は私が何もせずに手をこまねいていると言いたいのか」
「いいえ衛兵隊による監視を強化していただきました。ですがそれでは足りないのです」
女王の側にいた衛兵隊長のシルヴィアス・ベルナリオンの顔色が変わった。
「王女殿下。我々では力不足と言われますか」
「王国衛兵隊を侮るつもりはありません。ですが昨夜、犯人たちに襲われたのは、この私なのですよ。ここにいるグリヴァス殿がいなければ死んでいたかもしれません。その時、衛兵隊はどこにいましたか」
そう言われると無骨者のベルナリオンには返す言葉も無かった。衛兵隊のまぶしく銀色に光る鎧が急に輝きを失ったように思えた。
「お母さま、もっと徹底した捜査をお願いいたします」
「徹底した捜査というが、お前には何か良い方策でもあるのか」
「いいえお母様。ですが少なくとも実行犯は人間です。出入りが厳しく監視されているエルフの国の中にあって、人間が長期間、姿を隠し通すことは簡単ではありません」
「それがどうした」
「私はエルフの中に彼らに協力している者がいると考えています」
「エルフの裏切り者がいると申すか!」
「そうです、お母様。それをまずは見つけ出してください」
謁見の間にどよめきが渦巻いた。女王は明らかに怒っていた。
「たとえ王女であろうと、言ってはならぬ言葉というものがある。お前はそれをわかった上で言っておるのか」
「私はこの王国と子供たちを守りたいのです。そのためにはたとえお母様にお叱りを受けようとも言うべきことは言います」
「エルフに同胞を裏切る者などいようはずもない。戯言ではすまぬぞ、エセリア」
「戯言ではありません。どうしておわかりにならないのですか」
「誰かエセリアを下がらせよ。これ以上、私と王国を愚弄するようなことを言うならば、わが娘であっても罪に問わねばならない」
謁見の間の扉付近に控えていた二人の衛兵が駆け寄ってきて、エセリアの両腕を「ご無礼をいたします」と言いながら掴んだ。
「何をするのですか。離しなさい」とエセリアは抵抗したが、衛兵は丁重ながら断固とした態度で部屋の外に連れ出そうとした。グリヴァスは髪をかきむしって「ああ、仕方ない!」と吐き捨てると、連行されているエセリアに向かって何かを放った。
エセリアの両腕を掴んでいた衛兵が「うわっ」と叫んで手を離し、飛び下がった。見るとエセリアの両腕が恐ろしい大蛇に変わっていた。
グリヴァスはエセリアに近づくと、その肩に手を回して軽く抱き寄せた。「俺も馬鹿な男だな」とグリヴァスは自嘲した。
その頃には大蛇は消え、エセリアの腕は元に戻っていた。
グリヴァスはエセリアの肩を抱いたまま女王の方に向き直った。
「女王陛下。先ほど王女殿下が言われたことは、確かに無礼な物言いではありましたが、真実です。このまま放置しておけば、王国を揺るがす大事件になるのは間違いないでしょう。明敏なる女王陛下におかれましては、そこをしっかりお考えになった方がよろしいかと臣は愚考いたします」
最後の方は丁寧に言おうとし過ぎて、かえって相手を馬鹿にした言い方になってしまったが、グリヴァスも腹が立っていたので、あえて訂正はしなかった。
「では、失礼いたします」
グリヴァスはエセリアとともに退室しようとしたが、もちろんそう簡単に事は終わらなかった。
「なるほど、そう来るか」
グリヴァスは、あっという間に衛兵隊に囲まれた。そしてエセリアと引き離され、牢に放り込まれた。