幸せってどんな感じ?(12/100)
※タイトルの(12/100)は、100日チャレンジの12日目という意味です。
どこかで読んだ「どんなことも、100日続けると世界が変わって見える」を体感したくてスタートしました♪
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昨日は、
「自分が幸せと喜びを感じることで、それが広がっていくようにする、それだけでほんとにいいのかなぁ」
「ただ楽しい・好き・幸せってだけでいいの?深く掘り下げるとか、ネガティブなことも、成長のためには必要じゃないの?」
という言葉が頭をよぎっていた。
私はそれに対して、「いいんだよ」と言い切ることができなくて、”勢いに乗ってる自分”に水をさされた気がしていた。
半日ほど、そのことが気になりながら過ごすうちに、
「私はまだこのまるで別世界に来たような感覚…ただ喜びと幸せに満ち溢れている状態を、体験し始めたばかり。それだけでいいのかなんて、このまま進んでみなければわからない。体験していくのみだ☺」と思った。
そして夕方、知り合いと話していた時のこと。彼女はまだ40代にも関わらず、「孫の顔まで見れるかなぁ、体動けなくなっちゃったらどうしよう。」など、ひたすらネガティブなことを言うのが引っ掛かった。いつも彼女の元気な姿を見ている私としては、心の中で(そんな恐れを抱いてたらそれが現実化しちゃうよ~)と思って、ひたすらポジティブな言葉で返事をしていた。いや、言い返していたという方がしっくりくるかもしれない。
電話を切った後もそのことが引っ掛かり、「職業柄(看護師)、リスク管理とかあって、どうしてもネガティブなことを考える傾向があるのかな。」なんて考えてた。
でもどうもしっくりこなくてひたすらモヤモヤし続けて気付いた。
「私は、”思考が現実になる”という自分が採用している説に固執して、みんなに当て嵌めようとしている。」
100人いれば100通りの生き方・考え方がある。合う・合わないもある。唯一絶対の正解なんてない。体験したいことをしているのだ。そう思ってたつもりだったのに。
「自分が体験してみて、いいと思うものを伝えたい」っていう想いはたしかにあるけど、それは押し付けるものではない。押し付けようとする=自分の正しさの主張、なのではないか?
そしてもう一つ。
「私は、”明るいこと”や”happyなこと”に執着していて、”暗いこと”や”深刻になること”を否定しているのかもしれない。」
”暗いこと”は例えば「悩むこと・答えが出ずしんどいこと・自分を否定したり卑下すること・怒られて落ち込みすぎること・自分に生きてる価値はあるのか?と考えること・人と距離があること・怯えること・怖くて動けないこと・テンションあがらない状態・負のスパイラルに入ること」
”深刻になること”は「なんでも真面目に考えること・小さなミスも生きるか死ぬかくらい反省すること・人から言われたマイナスなことを真に受けること・自分は孤独だと思うこと」
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書き出してみて気付いたことは、これらを否定することは、過去の自分や過去の経験を否定することなんじゃないか?てこと。
それに気付いたら、どこかホっと落ち着いた感じがする。
そして、自分が執着している”明るいこと”や”happyなこともまた、凝り固まったイメージがあって(happy=笑顔、元気。自由奔放=やりたいことは秒でやる、人の目を気にせずハチャメチャなことができる。などなど…)、けっこうそのイメージに引っ張られる傾向があるなぁ、と最近感じていた。
今朝、そんなことを感じながら散歩に出てみたら…
太陽の光、道を歩いていて漂ってくるにおい、木の枝や葉っぱが揺れる様子、勢いよく鳴く鳥の声、風に舞う枯れ葉・・・いろんなものに幸せを感じて、ぽろぽろ涙が溢れて止まらなくなった。
いつもは歩き続ける朝さんぽだけど、公園で石段に腰かけてひたすら流れる涙を拭いて、ようやく落ち着いて、ただボーっと頬づえをついていた。笑顔じゃないけど、幸せを感じてた。
今までの自分なら、そんな自分を傍から見たとき、「あの人なにか悩み事でもあるのかな、かわいそうに、元気ないね」なーんて思ってたと思う。
幸せって見た目だけじゃわからないんだなぁ、一言じゃ語れないんだなぁ、みんなそれぞれに、それぞれの感覚があるんだなぁって思ったら、この世界は今まで感じていた以上に色とりどりだなぁと。素晴らしい…
せっかく波動のことを学んでいるのだから、相手の見えてる姿や話してる言葉から、自分の固執したイメージで勝手に解釈したり視野を狭めて相手を見るんじゃなくて、見えないもの…その人なりの感覚や持っているものを感じていきたいな☺
今日はしんみり。テンションは凪状態だけど幸せだ。
はぶあないすでぃ~♪
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