ショートショート:3人の賢者
「これでよし!」
クリスマスまで残り1週間を切った。
やっと欲しい物が決まった僕は、サンタさんへ手紙を書いた。
ルンルン気分で玄関に手紙を置くと、同時に父ちゃんが帰ってきた。
「ただいまーっと」
「おかえり父ちゃん!」
「お、なんだこれ?」
「サンタさんへのお手紙だよ!」
「スーパーファミコンとマリオのカセットか。これはちょっと欲張りすぎじゃねぇか?」
「そんな事ないよ!僕、今年いい子にしてたもん!」
「まぁそうだな。父ちゃんがいない間、家の事いっぱいしてくれたもんな」
必死になる僕を見て、父ちゃんは笑いながら僕の頭をガシガシと撫でた。
僕と父ちゃんは2人暮らしだ。
母ちゃんは僕を産んだ時に死んじゃったらしい。
だから父ちゃんは毎日現場って所で仕事を頑張っている。
現場は力がいる仕事で、寒い冬でもいっぱい汗をかく。
だから帰ってきた時の父ちゃんはちょっとくさい。
でも僕は、がさつだけど元気で明るい父ちゃんの事が大好きだ。
「ふー気持ちかった。おう拓馬、いつもの頼むぜ」
「任せて父ちゃん!」
僕は父ちゃんがお風呂から上がるといつも背中に乗って足踏みをする。
僕が友達にこんな事されたら嫌だけど、父ちゃんはこれが嬉しいと言うからヘンテコだ。
でも父ちゃんの大きい背中に乗るのはアトラクションみたいでちょっと楽しい。
「あー気持ちいい。」
「嫌じゃないの?」
「疲れた体にはこれが1番なんだよ。そう言えばちょっと重くなったか?」
「僕ももう7才だからね。」
「そうか、7才か。大きくなったな。生まれた時は俺の片手に乗るくらい小さかったのに」
「えー、嘘だよー」
「本当だって。つるっぱげでな、俺の手の上でいつも笑ってたんだぞ」
「今の父ちゃんみたいだったんだ」
「あ、今のサンタさんが聞いてたら拓馬のこと悪い子って思うだろうなー。ファミコン届かないかもなー」
「あー!今のなし!」
そんな話をしているうちに、父ちゃんはそのままソファーで寝てしまった。
僕は父ちゃんにお布団をかけ、僕も自分のお布団に入った。
次の日、教室へ行くと友達の亮くんが目をキラキラさせて話しかけてきた。
「おはようたっくん!もうすぐクリスマスだね!たっくんはサンタさんに何お願いするか決めた?」
「うん、僕はスーパーファミコンとマリオのカセットだよ!」
「おお!一緒じゃん!俺はマリオじゃなくてドンキーコングのカセットだけどね!」
「じゃあ貰えたら一緒にやろうよ!」
「うん!」
周りを見てみると、どうやらクリスマスの話題で盛り上がっているのは僕らだけじゃないらしい。
周りでは自転車やお人形など、みんな自分がお願いしたプレゼントの話で持ちきりだ。
そんな時、ふと思った。
「ねぇ、亮くん。サンタさんってさ、1日で皆んなにプレゼント届けるのって大変じゃないのかな?」
「大丈夫なんじゃない?サンタさん、最強だし」
「サンタさんって最強なの?!」
「だってほら、空飛べるじゃん?」
「うーん、でもおじいちゃんだよ?」
「まぁ、確かに」
それから僕は、1日中サンタさんのことについて考えていた。
あの元気な父ちゃんでさえも1日働けば疲れるのに、サンタさんはみんなが寝てるうちに全部の家を回るなんて絶対に疲れるはずだ。
それに、背中に乗ってくれる人もいないかもしれない。
僕は父ちゃんもだけどサンタさんにも元気でいてほしい。
そう思った。
「ただいまーっと。あれ、なんだこりゃ。」
手紙の横には1枚の湿布と飴玉が置いてあった。
「あいつ…」
「あ、お帰り父ちゃん!お風呂沸いてるよ!」
「拓馬、これ何だ?」
「これ?」
「手紙だよ。ファミコンが欲しかったんじゃないのか?」
「うん。でも、僕はファミコンより父ちゃんとサンタさんが元気な方が嬉しいから」
「ったく、子供らしくねぇな。サンタさんは最強なんだから、自分が欲しい物書いたらいいんだよ」
「サンタさんってなんで最強なの?」
「だってほら、空飛べるだろ?」
どこかで聞いた言葉だ。
「ファミコンはお小遣いを貯めていつか自分で買うよ。だから、お願いはこれにするんだ」
父ちゃんは僕の書いた手紙をしばらく眺めて言った。
「そうか。じゃあサンタさんにお願い叶えてもらって、父ちゃんもっと仕事頑張るからな!」
「うん!」
それから数日が経ち、クリスマスイヴがやってきた。
「メリークリスマース!」
僕は父ちゃんと盛大にクラッカーを鳴らした。
「どうだ拓馬。今日は父ちゃんが用意したスペシャルディナーだぞ」
「うわ、このチキンおっきいね!」
「だろ?他にもあるからいっぱい食えよ。最後にはちゃんとケーキもあるからな」
「本当?!やったー!」
喜ぶ僕を見ながら父ちゃんは少し申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめんな。本当はクリスマス当日にお祝いしてやりたかったんだけど、父ちゃん仕事入っちまってよ」
「大丈夫だよ!またお風呂沸かして待ってるから!」
「はは!そりゃありがてーや!」
そう言って、父ちゃんは僕の頭を優しく撫でた。
翌朝
今日から学校は冬休みだ。
家の中でも息が白く曇る。
僕は寒さのあまり、布団にくるまっていた。
父ちゃんもいないし誰かと遊ぶ予定もない。
ウトウトとまた眠くなってきた僕は、二度寝でもしようかと横になった。
その時だった。
ガチャン
ポストに郵便物が届いた音がした。
学校が休みでも郵便物の回収は僕の仕事だ。
僕は布団を引きずり、寝ぼけ眼のまま玄関へ向かった。
すると、そこには郵便物とは別に知らない手紙と空になった飴が置いてあった。
「サンタさんからの手紙だ!」
僕の眠気は一気に吹き飛んだ。
サンタさんの直筆の手紙。
ファミコンもマリオのカセットもないけれど、僕にとっては1番のプレゼントだった。
僕は郵便物の回収も忘れて布団に戻り、手紙を上に掲げては何度も読み返した。
外が暗くなり、お風呂を沸かし終えた頃、丁度良く父ちゃんが帰ってきた。
「ただいまーっと」
「お帰り父ちゃん!」
「どうしたんだニヤニヤして?」
「これ見て!」
僕は勢いよく父ちゃんの目に前に手紙を突き出した。
「サンタさんから手紙が届いたんだよ!」
「何!本当だ!やったな拓馬!」
「うん!今度学校の友達に自慢するんだ!」
「そりゃいいな。そういや玄関の外に何か届いてたぞ?」
「え?」
そう言って父ちゃんが取り出したのは、緑色の紙と赤いリボンでラッピングされた、そこそこ大きな箱だった。
「なんだろう」
「うちの玄関に届いてたんだ。開けてみたらいいんじゃねーか?」
「うん」
僕は恐る恐る、でも丁寧にそのラッピングを剥がした。
すると、中にはスーパーファミコンとマリオのカセットが入っていた。
「父ちゃん!これ!これ!」
興奮しすぎて言葉が出ない僕を見た父ちゃんが箱の中を覗き込んだ。
「拓馬!これ最初に欲しがってたやつじゃねーか!よかったな!」
「うん、うん。僕、嬉しいよ」
「拓馬は母ちゃんがいない中、良く頑張ってくれてたからな。きっとサンタさんもそんな拓馬の事をちゃーんと見てくれてたんだろうな」
僕は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を父ちゃんの作業着で拭いた。
「おい汚ねぇだろ!ったく。じゃ、父ちゃんは風呂に入るからな」
そう言ってお風呂場に向かう父ちゃんとすれ違った時、微かに、だが確かに、湿布の清爽な香りがツンと鼻をついた。