ショートショート:秋の夕日に照らされて
僕は今、とても悪い事をしている。
学級委員を務める僕が、こんな事をしてもいいのだろうか。
いや、良いはずがない。
本来なら降りろと言うべきだし、そもそも乗せる前から強く拒否するべきだった。
「ねぇ、もっとスピード出せないの?」
後ろで横向きに座ったまま優が言った。
「馬鹿言え!2人乗りは慣れてないんだよ。て言うか明日先生に何言われるか分かんないぞ」
「あはは!正門出る時にコラー!何やっとるかー!って怒ってたもんね。なのにごめんなさーい!って叫びながら走り抜けってった康太、本当傑作だった。」
「そもそも2人乗りは禁止なのに、校内から2人乗りで帰ろうなんて事、優しか絶対言わないよ」
「あはは!だろうね」
普段の僕なら2人乗りなど絶対にしない。
だけど、悪戯っぽい顔をしながら強引に説得してくる彼女に、僕は昔から敵わないのだ。
優とは生まれた時からの幼馴染だ。
大人しい僕とは対照的に活発で明るい優。
一見相容れない僕らだが、母親同士の仲が良く、家が近所ということもあり一緒に遊ぶ事が多かった。
しかし、中学に上がってからはそれぞれに友人ができ、話す機会は少なくなっていった。
高校に入ると更に輪が広がり、もはや話す事はほとんどなくなっていた。
そんな時に優の方から声をかけてきたもんだから驚いた。
「ねぇ、今日一緒に帰らない?」
それは突然の事だった。
HRを終え、帰り支度を進めていると、隣の教室からやってきてそう言った。
「え、別にいいけど」
今までこんな事はなかったが、特に断る理由もなかった。
というよりは、反射的に承諾した。
いつも笑顔の彼女だが、その時の表情には若干の哀愁が漂っていたから。
公道から逸れ、寂れた商店街へ入る。
シャッターはほとんど下りており、人の姿は見当たらない。
正面には赤く染まった夕焼けが、僕ら2人を照らしている。
まだ5時前だと言うのに、秋の日はつるべ落としとはよく言ったものだ。
「そろそろ降りるよ」
「え、いいの?」
「うん、ちょっと歩きたい気分になってきた」
そう言うと、ひょいと飛び降りる優。
僕も自転車を押しながら並んで歩いた。
「最近、私達喋らなくなったよね」
「最近というか、もうだいぶ前からだろ」
「寂しかった?」
「別に。優も友達と一緒にいていつも楽しそうだったじゃん」
「え?何?見てたの?本当は気になってた感じ?」
「うるさいな」
「そっかそっかー」
ばつの悪い顔をした僕を見て、彼女は満足そうに微笑んだ。
しばらくすると、5時を知らせる音楽が鳴った。
田舎独特の音楽だ。
だがこの音楽が、寂れた商店街をより寂しいものに感じさせた。
音楽が鳴り終わると、待っていたかのように優が言った。
「私ね、明日引っ越すんだ」
「え?」
僕は一瞬耳を疑った。
「親の転勤でね。急なんだけど、康太には言っておきたくてさ」
突然の事で理解が追いつかなかった。
幼い頃からたくさんの思い出を作り、小中高と同じ学校に通ってきた。
確かに長い期間喋っていなかった。
だが、唯一の幼馴染だ。
感情が入り混じる中、寂しさがぐっと込み上げてきた。
「どこに引っ越すの?近い?」
「ううん、アメリカ。だから、簡単には会えないかな。」
「アメリカ…」
あまりの距離に言葉を失った。
「もう!そんな暗い顔しないでよ!同じ地球上だし死ぬわけでもないし、大丈夫だよ!そう、大丈夫だよ…」
彼女が一緒に帰ろうと言い出した時に感じた哀愁の正体に気づいた。
が、それはもう遅かった。
本当はもっと話したかった。
だが恥ずかしさが邪魔をして、歳を重ねる毎に段々と疎遠になっていった。
廊下ですれ違っても目が一瞬合う程度。
授業中、グラウンドで体育の授業を受ける優を窓越しに見ている事もあったっけ。
心のどこかで平気なふりをしていたが、彼女と話せていない期間はどこか寂しさを感じていた。
彼女に目をやると、夕日が反射して瞳がゆらゆらと揺れている。
「康太、目閉じて」
そう言われて僕は困った。
今目を閉じれば、我慢していたものが間違いなく溢れ出す。
「何で?」
「お願いだから」
声を震わせて絞り出しながらそうお願いする彼女に、やはり僕は敵わなかった。
あぁ、温かい。
夕日が照らすせいだろうか、彼女の体温なのだろうか。
初めてのキスは、ほんのりしょっぱい味がした。