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ショートショート:インビジブルハンマー

東京某所

「麻理…麻理…あああぁぁ!」
「麻理…どうして…」
宙に浮いた娘の足元で泣き崩れる母親と、その母親を抱きしめる父親。
「娘が首を吊っている」
そう通報を受け、駆けつけたのが10分後。
慎重に体を下ろし、状態を確認する。
脈はなく、瞳孔は開いていた。
死んでいる。


死亡した女性は斉藤麻理、18歳。
遺族や友人に聴取したところ、明るい性格で男女問わず人気者だったという。
学校に通いながらモデル活動もしており、SNSのフォロワーは10万人を超えていたそうだ。


「先輩、これで今月13人目ですよ?最近増えすぎじゃないですか?」
若い刑事が自販機でコーヒーを買いながら言った。
「このペースで死人が出るのは不自然だな。しかも全員自殺」
「今回の件もそうでしたけど、自殺する様な人には見えないって人が自殺してますよね」
確かにそうだ。
前回はとある有名YouTuber、その前は人気バンドのボーカルだった。
一見成功者と呼べる人物達が連続で命を絶っている。
そして言葉は違えど、遺書には同じような内容が記載されていた。
「もう疲れました」と。


翌朝、朝食をとりながらテレビを見ていると、斉藤麻里の自殺が大きく取り上げられていた。
「え、この子死んじゃったの?!」
学校へ向かう支度をしている最中の娘が驚いたように声をあげた。
「知ってるのか?」
「うん。女子高生の間じゃカリスマ的存在だったし、私もSNSをフォローしてたんだ。ほら。」
娘は私にスマホの画面を見せた。画面には何枚もの彼女の写真が投稿されている。
「でも最近心配してたんだよね」
「心配?」
「うん。最近急に痩せた気がしてさ。確かにスタイルはいいんだけど、何と言うか、病的に細くなったというか」
そう言われて思い出した。
彼女の遺体を下ろす際、驚くほど体が軽かった事を。
「やっぱりこれだけ有名になると嫉妬する人もいるよね」
スマホの画面をスクロールしながら娘は言った。
「どういう事だ?」
「ほら、これ見て」
私は画面を見て驚愕した。


「ちょっと顔がいいからっていきがるな」

「誰このブス」

「これでモデル?太りすぎでしょ」

「死ね」


画面には、彼女の美貌を誉めるコメントの他に、夥しい量の誹謗中傷が溢れ返っていた。


斉藤麻里は自殺した。
死人は喋ってはくれない。
だからなぜ彼女が自殺したのか知る術はない。
しかし、恐らく見えない槌で殴られたのだろう。
そのハートが砕けるまで。
何度も、何度も。


朝食をとり終え職場へ向かう。
誰がどこで死のうと、生きている人間にはこうして朝がやってくる。
「おはようございます先輩!」
「おう、おはよう」
「いやぁいい天気ですね。今日は自殺の通報が入らないといいですけど」
「ああ」
「やっぱり社会を生き抜く為には鋼のメンタルが必要って事なんですかね」
若い刑事はスマホをいじりながら言った。
「結局人間のハートは全員ガラスさ。ただその強度が違うだけ。軽く叩いただけで割れるガラスもあれば、強く叩いてもヒビさえ入らないガラスもある。だが、どんなガラスも叩き続ければ必ず割れる。」
「そうですね」
「指先で人を殺せる時代になった。もう一度改めて考えるべきだな。今まさに、お前が持っている『それ』の使い方を」

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