続・患者からみた緑内障治療・線維柱帯切除術(トラベクレクトミー)【術後管理と術式選択】
レーザー抜糸
トラベクレクトミー(以下レクトミー)の術後管理に欠かせないのが、術後2週間頃から始まる抜糸です。濾過胞(ブレブ)を経由したバイパスからの房水流出量は個人差が大きいので、縫合糸をレーザーで切って調整します。過(剰)濾過になった場合は再縫合も行います。ブレブや濾過がどの程度の期間持つかも個人差があり、永久に維持できる人もいれば再手術を繰り返す方もいます。
僕の場合はステロイド高眼圧が出始めており、術後15日での術眼眼圧は既に18。病態が高眼圧か正常眼圧かにもよりますが、10前後を目指すことが多いレクトミー術後としてはかなり高めでした。そこで、ステロイドの点眼薬を弱いものに切り替えるとともに、7本あった縫合糸のうち1本を切りました。レーザーで縫合糸を狙い撃ちするので、頭を機械の後ろからバンドで固定し眼をグリグリ。レーザーは数発でたいしたことはなくオペほどではありませんが、それなりに痛い処置でした。
術後の視力
レクトミーを受けようとする方が悩まれる術後合併症のひとつが、術後の視力の低下だと思います。低下リスクは概ね20~30パーセント程度とされています。
僕は術後20日は経っておらず、出血が完全に引くまでもう一歩という感じですが、おそらく視力は下がりました。既往症や今回の手術で眼自体も視神経もデリケートなので、ある程度は覚悟していました。矯正をきちんとすれば見えはすると思いますが、-11Dくらいのきつい矯正になりそうです。左右差も広がったので、術眼以外の眼の負担も重くなると思います。
それでもレクトミーを受けるべきか
眼圧降下効果は緑内障手術の中で最も高いものの、術後合併症が多いのもレクトミーの特徴であり、緑内障の経過観察や追加の治療は一生続く可能性があります。そこまでしてまでレクトミーをうけるべきか、悩まれる方は多いと思います。
この手術に限らずあらゆる医療にはコスト(リスク)とベネフィットがあり、それらの捉え方は個人により異なります。ここでは、考慮要素をいくつかお示しして、ご自身の判断の参考にしていただければとおもいます。
なお参考までに、僕の場合は術眼の眼圧30前後、反対眼の眼圧20前後で術眼の視神経・視野はまだそれほど進行していない状態でしたが、高眼圧に根本的にアプローチする手段としてはレクトミーかチューブシャント術(術前診察ではレクトミーのみ説明に上がりました)しか残っておらず(すでにロトミー・SLTを施行済で、ダイアモックス内服にも限界がありました)、視野進行の程度からして1~2か月様子を見ることはできるがそれ以上は難しいという説明でした。家族構成は標準的ですが、職業が専門職に近く、自己判断でかなり長期の入院ができるという特殊性があります。
(+の要素)高眼圧による視野悪化の食い止め
レクトミーの最大の目的です。おそらくレクトミーを提案されている患者さんは、視野進行が相当進まれている方や他の治療法に限界がある方、症状は初期・中期だがかなりの高眼圧の方などだと思います。レクトミーは侵襲性が高い、いわば肉を切らせて骨を断つ手術です。主治医としても、他に選択肢がない中での提案が多いと思います。基本的には必要性が高いという認識はいると思います。
また、血圧と違って眼圧はセルフチェックができません(実は家庭用の眼圧測定機もありますが、とても高価です)。しっかりと眼圧を下げることで、多少の眼圧の上下に一喜一憂しなくて済むようになるということもメリットかもしれません。
(+の要素)術眼視力の確保
緑内障は基本的に両眼進行の疾患であり、現在は片目だけの治療だったり、術眼以外の眼は点眼で済んでいる場合にも、術眼以外の眼の将来も考える必要があります。
術眼の視野がある程度ある場合、レクトミーで進行を止めるか遅らせることができれば、術眼でものをみること自体は可能です。もし将来反対眼の進行が速かった場合には、今回の術眼に助けられる可能性はあります。また、将来反対眼のレクトミーが必要になる場合の心の備えにもなると思います。
日常生活の維持にとって視力はとても大切です。たとえば、自動車を運転される方は片目での免許取得・更新には制限があり、この要件を満たせない場合には運転はできなくなります。両眼視はドライバーにとっては重要な要素になるでしょう。
視力が低下すれば、就ける職業や日常生活の範囲にも影響します。ご自身にとって術眼の視力・視野確保がどの程度重要なのかは、リストアップするなどして慎重に考える必要があると思います。
(+の要素)周囲の負担を軽くできる(かもしれない)
この点は個人のおかれている状況によりますが、周囲の負担のことも考えます。僕の場合は、自分が両眼とも強度近視であり、術眼の反対眼もコンタクト-8.5Dで眼圧も20前後あることから、反対眼も将来的には重い治療を考えなければならないと思っています。
仮に両眼とも矯正視力が出なくなってしまえば、家族を中心とした周囲に著しい負担をかけますし、収入面でも大きな不安を抱えることになります。僕がレクトミーを受けた理由を一言で答えれば、僕と家族が将来僕の眼で苦労するリスクを下げるためだと思います。
(-の要素)合併症のリスク
書籍や眼科のウェブサイトでも紹介されていますが、レクトミーは合併症リスクの高い手術です。傷口を温存するというアプローチのため、長期間にわたって感染症リスクもあります(術後しばらく経ってから罹患するものを晩期感染症と呼び、一定の確率で発生します)。僕自身も視力は低下し、ブレブの漏出やステロイド高眼圧などにも見舞われています。これは確率論で考えるほかない問題で、患者ができるリスクコントロールにも限りがあります(僕は子どもの相手による飛沫や夏場の汗、雨天時の感染症リスクを考え、適宜貼る眼帯を使っています)。これらのリスクが気になる方は、術式について主治医と十分な認識の共有がいると思います。ロトミーやレーザーで効果が出るまで粘るとか、チューブシャントを検討することもあり得るでしょう。
また、末期まで進行されている方は、レクトミー自体のダメージによって失明するケースもあります。レクトミーを含む重めの手術を提案されている場合には、先延ばしにせずに早めの検討が望ましいと思います。
(-の要素)QOLの低下
医師は現症である緑内障の標準治療としてレクトミーを提案していますから、手術そのもののメリットとデメリットを考慮して手術の実施そのものや術式を提案します。つまり、(少なくとも明確に伝えない限り)それ以外の個人の価値観を考慮するわけではありません。
レクトミーはコンタクトレンズによる矯正ができなくなる、術後管理の負担が大きい、衛生管理が難しいなどQOLに様々な影響を与えます。病院や主治医の考え方により大きく異なりますが、衛生面で厳しい管理を求められる場合もあるようです(少数ですが見聞きしたレベルでは、衛生上温泉に入るのもやめるべき、との指示をされることもあるようです。一方で、患者の趣味を考えて術式を考えられる医師もいらっしゃいます)。
もし貴方に何かの生きがいがあって、レクトミーを受けるとそれが失われるというのであれば、善後策を考えることもあってしかるべきです。片目の視野を失ってでもしたいことがあるという方もいらっしゃるでしょう。その場合には、自分の望む治療レベルを明確にし(点眼だけにしたい、ロトミー・レーザーまでにしたい、レクトミーは回避してチューブシャントにしたいなど)、QOLとQOV(Quality of Vision;見え方の質)のバランスを図るのが最善の選択肢でしょう。
おわりに
僕も片目がレクトミー眼になりましたが、なってまだわずか3週間程度。これからこの眼がどの程度眼圧を抑え続けてくれるのか、術後感染症は大丈夫かと不安も多く、コンタクトが入らなくなって諦めたこともあります。家族にも職場にも大変迷惑を掛けました。
結局、レクトミーにせよ他の医療にせよ、それで何を一番守りたいかが決め手なのだと思います。僕は一人で生きているわけではなく、家族のために稼ぎ続ける必要があります。職業柄PCは手放せず、視力を失うわけにはいきません。時間は巻き戻せないので、貴方にとってレクトミーを受ける・受けない選択肢が最善の選択であると後々まで思えるような選択であることを願います。
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