Moon sick Ep. 24
あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。
僕が、この長いMoon sick に関わることになった始まりは、あの日からと言ってもいいくらいだからだ。
それは、まるで例えるなら、すぐそこにあったのに、ずっと閉まっていたせいで、壁だと思っていた場所が、実は扉だったことに気付いたような衝撃だった。
僕が知らなかっただけで、実は、壁一つ隔てられた向こう側で、ずっと繰り広げられていた世界があったことを知ったのだった。たぶん、この扉の向こう側の存在を知らないまま生涯を終える人も少なくない。そして、手を掛けるドアノブは、人によって、違う扉のこともあるし、同じ扉なこともある。
僕は、まさに、扉のドアノブに手を掛け開け放ったところだった。
外に出てみたものの、姉の姿は、どこにも見当たらなかった。やみくもに走り回ってみたものの、どこにもいない。そして理由のわからない大勢の人々が、道を行き交っている。僕は、今、何が起こっているのかうまく理解することができなかった。
今朝の母の表情が、頭を過ぎった。もしかすると、自分が考えていたよりも、事態は、もっと深刻だったのかもしれない。それは、母の言葉よりも、自分の勝手な憶測を信じたことを悔いてしまうようなことだったのかもしれない……。
もうギブアップだ。母親に電話してみよう。正直に話して、謝れば、なんとかなるんじゃないか!
そう思って、一旦家へ引き返すことにした。
母親の勤務先の連絡先を書いた紙を家に置きっぱなしのまま出てきてしまっていたことに気がついたのだ。
力まかせに走り回ったせいで、足が、もうヘトヘトに疲れ切っていたが、いま立ち止まる訳にはいかなかった。急いで、母に連絡を取るべきだと思った。
すると、その時、さっきまで雲に隠れていたはずの月が、風に煽られて、その満月の姿を現し始めた。
玄関の扉に手を掛けたところで、吹き付ける風が何かをはためかせる音が、やけに響いてくるのに気がついた。中に入り掛けていたが思い直して、少し庭先に戻り、音の聞こえてくる方を見上げてみた。
すると、そこには、家の屋根の上に、白い顔をした誰かが立っているのが見えた。部屋着の長いワンピースが風に煽られて、バタバタと帆船のような音を立てている。長い髪が、うねるように風に煽られている。その隙間から、白い顔をした姉の顔が見えた。
「えっ!」
驚いた。あの姉が、家の屋根なんてどうやって上ったのだろう!
いや、そんなことより、屋根の上なんかで、一体何をしているんだろう?風に服が煽られて、あんなに不安定な場所に立っていたら、今にも、落ちてしまいそうしゃないか!
「姉さん!」
何度か呼んでみるが、風が強いせいか、姉は気付かない。空を仰ぎ、まだ月の方を見上げている。
「姉さん!」
何度目かの声を張り上げた時だった。
姉が、ゆっくりと顔を動かして、こちら側に視線を向けてきた。その刺すような視線は、いつもにこにこと笑っていた姉と同じ顔のはずなのに、見たこともない別人のようだった。この人は、こんな表情をするのかと驚いていた。
あまりにいつもと異なる表情に、本来の姉は、こっちなんじゃないかと思わせるような、強い意思を秘めたような視線から、目を反らせずにいた。
【御礼】ありがとうございます♥