Moon sick Ep.22
結論から言えば、姉に薬を飲ませることは叶わなかった。
その日、僕が部活から帰宅した時、もう姉は自室いた。台所には姉が用意したであろう夕食が置いてあった。
姉の部屋のドアを叩いて声を掛けてみたが返事がない。そっとドアを開けると、姉はもうベットに横になっていた。
「姉さん?」
返事はない。
「具合悪いの?」
これも返事はなかった。
眠っているのだろうか?
それにしても、眠るにしては早すぎないか?
やはり体調が悪いのだろうか?
「入るよ」
姉の眠るベットに近付くと、スースーと規則的な寝息を立てながら眠っているのがわかった。念の為、おでこに手を当ててみる。熱も無いようだ。
「寝るの早くない?」
独り言のように呟いてみる。
「せっかく一緒に観ようと思ってDVD借りてきたんだけど…」
姉の返答はない。
自分で選ぶとどうしてもサスペンススリラー系に偏りがちだから、せっかく部活の女子に、女子が好きそうな流行りの映画とか選んで貰ったのに……。
背にしていたリュックからレンタルケースを取り出すと何本も恋愛系とか切ない系の映画が出てきた。
「ええっ!こんなの何がおもしろいわけ?
ハラハラドキドキしなくない?」
「女子が、映画にハラハラドキドキ求めてると思ってんの?」
「いやでもさ……」
「女子は、そういうのよりもキュンとくるのが好みなのよ」
「そういうもんなの?」
絶対、1人じゃ見ない系のタイトルが並ぶ。
「なんだ……もう寝てんなら、これ必要なかったじゃん」
もし眠らなかったとしても、睡眠薬なんかわざわざ使わなくても、2人で一晩中、これ見て過ごせばいいんじゃね?
いろいろ悩んでいただけに、あっけなくすんなり眠っている姉の姿に拍子抜けして、僕は部屋を出た。
退屈するといけないと思って、わざわざレンタルショップにまで女子に付き合ってもらったってのに……。おまけに付き合って貰ったお礼にとか言ってアイスとか奢らされたし……。何か今日は、散々振り回されてる気がする。
疲れた……。
僕は、そのまま風呂に入り、1人夕食を食べると、借りてきた、ビデオを観ることなく、ダラダラとゲームをして過ごしていた。
その間、姉は、目を覚ますことなく眠り続けていた。母親から何度か様子伺いの電話があるたびに、何度となく部屋を覗いてみたが、姉は一度も起きる気配は全くなかった。
「ごめんなさい。できるだけ、いつも満月の日には残業は断るようにしてきたつもりなんだけど……役職つくとそういう訳にもいかなくなって……」
今までは、ずっと断ってきた昇進の話も、子供を2人抱えることになって、受けたのだと、父の法事の時に、よく知らない親戚の人が教えてくれたのが、頭をよぎった。
「母さんは大げさに考え過ぎなんじゃない?」口から出そうになった言葉をなんとか飲み込むと、
「大丈夫だよ!なにかあったらすぐ連絡するから…こっちは気にしないで仕事がんばって!」そう言って母親を安心させると、電話を切った。
僕は、一旦自分の部屋に戻ろうとした。だが、姉の部屋の前を通りかかった時、電話口で心配そうに話していた母親の言葉が頭をよぎった。しかたなく僕は姉の部屋のドアにもたれかかるように座り込んだ。
ここにいれば、もし仮に自分が眠りこんでしまっても、姉の部屋のドアが開けば、目を覚ますだろうと思ったのだ。
やがて、夜が更けてきた。
月は、もう頭上に上っている。
眠気が次第に増してきた。
疲れたけど、さっき入ったお風呂は温かかったし、夕食は美味しかった。満足過ぎる生活。
この家が建っているのが、道路沿いから離れているせいか、外からは何の音も聞こえない。以前暮らしていた家で暮らす夜とは異なる静かな夜。
僕は次第にうとうとし始めていた。
【御礼】ありがとうございます♥