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増補「てんびんの詩 第一部(原点編)」詳解 in 百年顧客

はじめに

このnoteでは映画「てんびんの詩 第一部(原点編)」の詳細な
解説をしています。
そのため、まだこの映画を未見の方は、ここの文章(はじめに)以外は
お読みにならない方が良いと思います。 
(俗に言う、ネタバレ、ネタバラシだらけです)

逆に言えば、一度でも「てんびんの詩 第一部(原点編)」を
ご覧になった方には、有益な内容になれば、と願っています。

この映画は、学校教育や企業の社員教育にも
よく使われているようです。

実際に、このnoteの筆者そのものが社員教育で使っていました。
ただ、観てもらって終わりにする会社、担当者もあるようです。
(途中入社の新人からの情報です。これで三回目と言う人も・・・。
「こんなに詳しい解説は初めてだ」と言う人も・・・)

場面場面にどのような意味があるのか? それを考えて解説を
繰り返して行く内に、結構な分量になりました。

「てんびんの詩 第一部(原点編)」は、昭和63年:1988年公開の映画ですから、もう36年も経過しています。(令和6年:2024年時点)

※ 「てんびんの詩」がDVD化(平成16年:2004年)された時の
  ブックレットによると「昭和59年:1984年8月、『てんびんの詩』第一部 
  の試写会が京都のホテルで行われた」とありました。

 つまり、一般公開までには4年の月日を要した事になります。
 実際には、制作されてから40年が経っているのです。
 今観ても、古びていないと感じるのは、筆者だけでしょうか?

全三部作で、第一部がこの「原点編」で、
主人公の少年時代のなべぶた売りの苦労を描いています。
第二部が「自立編」で、高校時代の韓国での行商を描いています。
第三部は「激動編」で、戦中の悲嘆と戦後の家業再建話です。

このサイトは「第一部(原点編)」をメインテキストにしています。

企画・制作者の一人は鍵山秀三郎(かぎやま ひでさぶろう)と言う人物で、
イエローハット(旧ロイヤル)の社長、相談役を務めた人物です。
※ 鍵山 秀三郎(昭和8年:1933年8月18日~ )
 以降、生年没年はWikipedia他より。

今回、調べ直して分かった事があります。

昭和47年:1972年、びわ湖放送で近江商人が取り上げられました。
その時、元毎日新聞、当時びわ湖放送常務の徳永眞一郎氏の紹介で
日本映像企画の竹本幸之祐(たけもと こうのすけ)氏が、
近江商人研究家の江頭恒治(えがしら つねはる)、滋賀大学名誉教授に
出会いました。
※ 竹本幸之祐(昭和3年:1928年~昭和64年/平成元年:1989年)
※ 江頭 恒治(明治33年:1900年~昭和53年:1978年10月5日)

江頭氏のお話を竹本氏が聞いて「てんびんの詩」の構想が
生まれたそうです。
実に着想から完成まで12年を要している事が分かったのです。

今回時系列にしました。

① 昭和47年:1972年、びわ湖放送で近江商人特集。
  元毎日新聞、当時びわ湖放送常務の徳永眞一郎氏の紹介で
  日本映像企画の竹本幸之祐氏が、近江商人研究家の滋賀大学名誉教授
   江頭恒治に出会う。
 (今回、アーカイブを探しましたが発見できませんでした)

② 昭和59年:1984年8月「てんびんの詩 第一部(原点編)」試写会。
③ 昭和63年:1988年3月15日「てんびんの詩 第一部(原点編)」公開。
④ 平成16年:2004年「てんびんの詩」DVD化。

筆者は、研修生がこの映画を観てから
感想文を書いてもらっていました。

※ 翌日の解説の時間が円滑になるよう、事前に以下の内容を話しました。
 この映画は、小学校を卒業した主人公が、父親から
 跡取りにする条件としてなべぶた売りの行商を指示されます。
 最初はなかなか売れません。売れない理由を考えながら観て下さい。

 最後に、あるオバさんが買ってくれますが、
 何故オバさんが買ってくれたか? それも考えて下さい。

 そして翌日、スクリーンショットのスライドを用いたり、
 必要に応じて当該場面を再生しながら解説していきました。

注) 「てんびんの詩 第一部(原点編)」の各シーンから、
  スクリーンショットを引用しようとしましが、
  筆者の力不足で現著作権者様から了解を得られませんでした。
  著作権侵害はしたくないので、代替コメントならぬ、
  代替シーン説明を提示します。
  鑑賞経験のある方なら、それがどのような場面か分かると思います。

※ 今回増補するにあたり、「付記」を加えました。


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