私が起業家マインドを得たきっかけ
こんばんは。
今日はいつもの具現化ノウハウnoteではなく、私が起業家マインドを得てお金を得られるようになるまでの気付きや道のりをご紹介したいと思います。
コーチ、カウンセラー、セラピスト、フリーのクリエイターや自分ビジネス、好きなことを仕事にしたい方でお金を得ることが難しいなぁとか、やってみたいけど怖いなぁという方にも、暇つぶしの参考になるかと思います。
ちなみにただの苦労話ですが(笑)もし良ければお付き合いくださいね♪
※最初は無料で公開予定。そのうち有料に切り替えます。
①子供のころから一人で仕事したかった
前セッションでお客様に言ったことがあるけど、私は子供のころから一人で家で仕事がしたかった。
きっかけは、ちびまる子ちゃんの作者さくらももこ先生のエッセイ本を読んだこと。
雪が降る冬の日に、漫画家はコタツでぬくぬく絵を描いていられる…外を見ると通勤のサラリーマンのおじさんが、凍った地面に足を滑らせている、それを見てさくらももこ先生はイヒヒ♡と笑う…そんなシーンを読んだから。
絵を描くのが大好きだった私は、漫画家になりたくて、当時このエッセイを読んで物凄く胸が躍り、単純に寒い日も家にいたい!おじさん見て笑いたい!(ひねくれてる子供でごめん)な発想から、何となく頭の中で家でできる仕事がしたいなぁ~、と思ったのでした。
そこからかれこれ20年以上経ち、メルマガにも書いてるけど鬱になって会社を辞め、それがきっかけで自宅起業したのですが、これは今思えば子供の頃の淡い願望が具現化してるってことなんだよね。
そこに気付いたのは脳科学を学んでから。
ここに気付いた時、人生って面白いなぁと思ったよ。
鬱が本当に辛かったから、なんでこんなことに…!と絶望して苦しんでいたのですが、子供のころからの夢を具現化するために、私は必要で鬱になったのでした 笑
②ある日突然無職
さて鬱になったきっかけは、身内が急死したことと、結婚を予定していた人と別れたことで精神的に落ち込んだ時、勤めていた会社が当時流行のベンチャーIT企業で、上司が今で言う「超パワハラ」な人だったこと。
この上司のとてもブラックな要求に精神的に追い詰められ、毎朝鎌倉から渋谷まで向かう電車の中で過呼吸になり途中下車を繰り返し、やっと会社に着くものの同僚を全員クビにした上司と二人きりの空間に段々おかしくなり、そのうち上司もキレて、ある日風邪をひいて高熱を出したところ「明日から来なくていい」と告げられたのでした。
で、ある日突然無職になった。
(※ちなみにこの会社は退職後労働基準監督署を通して訴えたところ、慰謝料を払ってきたという後日談があります)
それまで朝6時起きの終電帰りのような環境から、急に野に放たれた子犬のような自由を得た私。
しかし、あまりに突然で頭が最初は追いつかなかった。
そして、クビになった自分が恥ずかしいとか、そこから更に、死にたいとかお金どうしようとか、そんなことを考え出し、鬱になっていきました。
③自由なマインドを得るまで
当時は大学を出て総務省から何社か転職してからずっと、土日休みの会社に勤めていたので、まずは最初、平日自由に出歩ける自分というものに慣れませんでした。
自由なはずなのに、とても苦しかった。
他の人は普通に働いているのに私は何をしているんだろう?とか、私は社会不適合者だ、とか、そんなことを思っては罪悪感に打ちのめされていました。
この時に罪悪感の脳科学的な処理の仕方を知っていれば、あそこまで酷く鬱になることはなかったかもしれないけど、当時は処理の術を知らなくて、いつも一人で苦しんでいた。
そこから平日に自由に出歩けることが「自由で幸せ」と思えるのに、実は一年以上かかっております。そのくらい、土日が休みでなく、通勤もしなくて良いということはダメなことで、社会人として失格と思っていました。
ここが一年後に急に変わったきっかけ、それは近所の飲み屋さんに行ったこと 爆
そのお店にいたありとあらゆる自由人な人達との対話を通して、私は変わっていきました。
④鎌倉に集う自由な人々
このお店には色々な人がいて、レストラン経営者、フリーランスデザイナー、劇団主宰してる女優さん、某大手携帯会社Sの代表Sさんと若い時アメリカで起業した超天才おじさん、医者、などなど、それまでの会社員時代にはあまり深く話さなかった類の人たちが集う、集う。
全員自由人、そしてキャラが濃厚。
私は最初おっかなびっくりで、でも会話してると面白くて、そこで様々なことを学んだ。
・仕事は創り出すもの
・お金が無くても広告宣伝はできる
・お金が無くても起業はできる
・できないことは出来る人に頼めば助けてくれる(←ちなみにこのマインドは自営では大事)
・無理して宣伝しなくても、良いものはクチコミで広がる
などなど。
更に同時にこの頃、化粧品ECと化粧品開発で、おうち起業した。(大学のころから自分でHP制作していて、ECを自宅でやろうと密かに企んでいたので、鬱になったことをきっかけに、今ならできるじゃーん!とノリと勢いで始めた)
取引先には元M商事の人がやる海外アロマとか、海外のオーガニックコスメ、フェアトレードの優秀商品などを揃えて結構良いもの扱ってたのですが、特に元M商事の人と仲が良くて、夜な夜な鎌倉で悶絶急に美味なイタリアンやフレンチを食べ、飲み、騒ぎw世界でのビジネスの回し方など、会話しながら自然に楽しく教わったのでした。
この頃から、気付いたら「鬱な自分」を卒業し、「楽しくお気楽に生きて稼いでいる自分」になった。
多分自然に出てるエネルギーが変わっていたし、楽しく美味しいもの食べて、好きな人達と絡んでるだけで仕事が来るようになったよ。
⑤ビジネススクールに通う
その後、某大手ビジネススクールに通い、大企業の経営者や大学院教授から直接抗議を受け、経営を学んだのですが。
私にはそれは合わなかったようで、あまり面白くはありませんでした。(ただ、スタートアップ時の事業構想の練り方、マインドの基本などは役立った。けど、楽しさやワクワクは無かった)
結果、学んだことは
無理してやると楽しくない。
成功してる人ほど変態で、自分の仕事のことしか考えてない。
人脈広げるとか、そういうの無駄。
ということ 笑
面白くはなかったけど、自分で仕事する上で何が嫌なのか、どんな人とやると嫌なのか、何が合わなくて、何が好きなのか、私はどんなマインドで仕事したいのか?などがこのスクールに通ったことで逆に明確になりました。
なので、これはこれで良かったと思う。
そしてこのスクールで卒業時に事業構想「椿油を使った化粧品」を計画したのですが、実は卒業後、突如として「椿油を使った化粧品作りませんか?」という話が予想外ルートで転がり込みました。(誰にも言ってなかったのに、数年連絡とってなかったところから急に話が来た。資金も大手が出資→数百万円。化粧品は資金力無いと厳しい事業なのであります)
こうして、いきなり自分の化粧品ブランドを開発することになったという、びっくり具現化も起こりました。(商品化もされたよ!)
※やっぱり具現化は100%!!
⑥起業家マインド確立
この後更にカメラマン事業をやって大手の化粧品撮影に携わることで私自身は自分だけの起業家マインドを育てたのですが、そのへんはまた今度にしておきます。
ただ、今日お伝えしたかったことは、読んで少し伝われば良いかなと思うのですが、会社員の時代が長い人ほど、お勤めマインドが抜けないんですね。そして、お金に対しても「月額」という感覚が抜けにくい。
でも自分で仕事するとなると、このへんが全部ひっくり返るんです。
というより、全部ひっくり返していかないと、結構大変なことになりますし、私のように数年間低迷することになります。
私の場合はこの会社員マインドを手放すのに一年以上かかり、更にそこから自分だけのお仕事の法則マインドを育てるのに多分2年くらいはかかりました。
会社員の友達の話を聞くと、一人で仕事している自分がとてつもなくダメに思える(会社員の方が安定していると思ってたから)←この思考癖が抜けなくて、割と長期間苦しみました。
当時はコンサルとかも怖くて受けたくなかったので、飲み屋や取引先の自由人たちと交流することで自然に覚えたのです 笑
まぁ、それはそれで楽しかったけど、もし当時の私にアドバイスするなら、夜な夜な飲み屋通うのも良いけど、相性が合うコンサルかコーチつけてマインド育てた方が早いよと言うかもしれないw
でも、変な紆余曲折を経て、濃いキャラの人たちと関わり色々な仕事をしてきたことで、結構面白い仕事マインドを育てられたとも思っています。
私が数10万程度の売り上げからいきなり七桁になったのは、やはりコーチをつけて自分のゴールを明確にしたから。
お勤めマインドを捨てて、自分だけの仕事を創るマインドにするというのは、一人でやると本当に大変だった、、、、というのが私の正直な感想。
社会の縛りのような枠から外に出て、「今日から全ての時間が自分の時間です。どこで仕事してもOKですよ。何してもOKですよ。」っていきなり言われると、この文だけ読んでる方にどこまで伝わるか謎なのですが、マジで現実にこれを言われて、でも何かしないとお金が一銭も入ってこない…!というのは、ものすごく恐怖でした。
この状態を超えること、こういった恐怖を如何に小さくして、自分の支配下に置けるかということ。それが起業家マインドの最初の一歩だと思います。
(ちなみに脳科学的に言うと、上記の恐怖状態で焦って行動しても、お金は入ってきにくいの 汗)
最後に私の好きなニーナ・シモン(Nina Simone)の名言を一つ。
あぁぁぁ…これ、本当そう!涙
ではでは。
長文にお付き合い下さり、ありがとうございました♡