ごめんな、ワシがインド人の血入ってて
幼いころから父のことが大好きでした。
父は肌の色は浅黒く、日本人にしては背が高い方で、手足も長く、スラっとした体形でした。
鼻は高く、堀の深い顔ですが、芥川龍之介のようなシュッとしたハンサムな人でした。
女の子が父親のことが好きなのはよく聞く話ですが、私の場合はそれと2点ばかり違っておりました
1.
「大きくなったら、お父さんのお嫁さんになる~!」
と、叫んでいる女の子を見かけますが、彼のお嫁さんになりたいと思ったことはありません。
2.
思春期に入ると父親のことがウザイと思うようになった、と聞くのですが、私は彼がウザイと思ったことは一度もありません。
小学校に入る前は、父の膝の上が私の席でしたが、小学生になると大きくて父の膝に乗り切れなかったので、自分の席に座っていましたが、できるなら父のすぐそばにいたいと思うほどでした。
20歳を過ぎ東京で一人暮らしを始めると、実家に帰る度に父のすぐ隣に座り、挙句の果てには肩を組んだりと、「お前、近い!」と怒られるほどべったりでした。
考えてみると、彼を男として見たことはないです。
ハンサムでカッコイイ男性ではあったことは認めますが、父はあくまで父でした。
なので、お嫁さんになりたいとは思ったことはないのだと思います。
ですが、父に怒られるほど、ベッタリとくっついていたかったのです。
そんな風に、大好きな父でしたが、さらに好きになった出来事がありました。
小学4年生のころ、私へのいじめがエスカレートしていました。
ある日、母は私に「いじめる理由を聞いてこい」と言いました。
理由が聞けるならいじめられるわけはありません。
私は「無理やわ」と反論しましたが、母は私の反論を受け付けてくれるような人ではありません。彼女が言ったことは絶対にやらなければ、鬼の形相で叱られます。
そのころ、私は母がとっても怖かったので、仕方なく、次の日いじめる理由を聞くことにしました。
家に帰ると、母が玄関で仁王立ちで待っていました。
「聞いてきたんか?」
私は消え入るような声で、「うん」と答えます。
「その子らはなんて答えたんや」
「お前、日本人やないやろう、って言われた」
「はぁぁぁぁ~~!」
隣のおばちゃんにも聞こえるほど、大きな声で叫びます。
私は父似でした。
そのころはほとんどの男子よりも背が高く、浅黒い肌で鼻も特徴的な形をしていました。
見た目が典型的な日本人ではないので、いじめているようでした。
「あんたは正真正銘の日本人や。『私は日本人や!』って言い返してやったんか?」
お母さま、そんなことが言い返せるなら、私はいじめられたりしません。
そう答えたかったですが、母は私をいじめる人たちよりも怖かったので、言い返すことはできませんでした。
母は憤まんやるかたない様子で家の中に入っていきました。
それと入れ替わるように、父がそうっと玄関の戸を開きます。
父は、私がいじめられる理由を聞いてくること知り、心配で早めに帰ってきてくれたのでした。
父は私の顔を申し訳なさそうに見つめながら、ポツリと言いました。
「ごめんな、ワシがインド人の血入ってて・・・」
それこそ、「はぁぁぁぁ~~!」でした。
ちょうどそのころ、テレビで「インド人もビックリ!」というカレーのテレビコマーシャルがあり、インド人の風貌をよく知っていました。
目がクリクリと大きく、眉毛も太いインド人と父は似ても似つきません。
肌の色も浅黒いだけで、彼らほどではありません。
この人、何を言ってるの?
目の前の父は、口をすぼめ、顎を少し前に何度も出し、すまなそうにしています。
あんたがインド人の血が入ってるって、私が信じると思てるの?
信じるはずがないのを知っていて、言っているのがみえみえです。
すまなそうな顔をしているだけで、すまないと思っているようにはまったく見えません。
父のギャグでした。それに気づいた私は、思わず声を出して笑ってしまいました。
そして、大好きな父に私が似ていると言われたようで嬉しくなり、父のことが更に好きになりました。
次の日から何を言われても、父に鍛えられたツッコミで返し、笑いに変えることにしました。
そして、最後の決め台詞はこれです。
「しょうもないこと言うて。それ、面白いと思てんの?」
この一言で相手は怯み、そうしているうちに、私をいじめようとする人はいなくなっていました。
つい最近、『インド人の男性が友人同士で手をつなぐ』、ということをテレビでやっていたのを思い出しました。
おじいちゃんが二人手をつないで歩いたり、木陰で膝枕をしてもらって寝てみたり。
私が父とベタベタしたかった理由は、前世ではインドで男同士の大親友だったからではないのか、と。
父が言った、「インド人の血が入っている」は現世ではなかったけれど、間違っていなかった可能性があります。
「袖振り合うも多生の縁」という言葉のように、会う人たちはみな、ずっと前から知っている人だと思いながら付き合うのも、ロマンがあって“ええじゃないか”と思うのです。
大好きな人とあなたは、前世ではどんな仲だったのでしょうね。