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トルクメンの女性用脚衣(バラク)1〜中央アジアの民族衣装

前置き的なものはこちらです。
なお、筆者が現地で出会ったモノたちは美術館には入れておりません。過去に一部の方がウェブで誤解ある文章を書かれていますが、筆者あるいは勤務館のことではありません。

トルクメン民族衣装の基本パターン

中央アジアには数多くの民族があり、民族衣装も様々ですが、共通点もたくさん見られます。

女性の場合、基本的にはズボンを履き、長丈のワンピースに前開きのコートを着るという構成が多いように感じられます。トルクメンの人たちは、これに頭にスカーフを被り、口元を隠し、外出時は身体をすっぽり覆ってしまう被衣を身につけてきました。女性の脚衣は、原語の発音をカタカナにすることは無理がありますが、バラク、イシュタンと呼ばれます、本稿ではバラクとしておきます。彼女たちの多くは馬に乗ります。

現代では、伝統的な民族衣装を着て生活している人は激減して、ほとんど見られないのではない印象です。それでも都市よりは地方の方が伝統的な衣装を感じられる可能性が高いです。だから、トルクチュカ・バザールに出かけたという…。

まずは、あるバラク1点を見ていきましょう。

トルクメンの女性用脚衣(バラク)

今回はこちら。

採寸

トルクメンのヨムート族のものとされる脚衣、バラクです。
写真で見ると、縦横比に違和感がありませんか?
もしかして、横幅が広すぎる?
はいたらどうなるの?

大きさを測ってみました。
経縞布2種類とプリント木綿1種類の計3種類の布で構成されています。

脚衣バラクの採寸図(cm)

上半分

上から、腰と襠は同じ模様のプリント木綿布です。薄手でやわらかく、経緯糸に隙間のあるガーゼのような質感です。洗濯を繰り返したためか、とっても柔らかくて肌触りがよいです。どこか懐かしいような柄です。
ウエストは外側へ三つ折りに折り返して並縫い、紐通し口は脇に作られています。襠は2枚を接いだほぼ正方形の四角で、腰布との縫合は裁ち目の始末なしでミシンで縫ってあります。

腰回りには柔らかな質感の木綿布

下半分

膝下には、経縞の手織絹布が配されています。
経緯ともに紬のような質感の絹で、赤、紺、緑、黒の経糸に赤の緯糸が使われた平織りの経縞です。織りの密度は1センチメートルや1インチの間に経糸と緯糸が何本あるかで表します。この布の場合は、経密度28本/cm、緯密度22本/cmでした。耳が見えないので、布幅を測定することはできなかったのですが、おそらく41cm程度と思われます。

膝下の表布


表布の配色

そして、表布の裏全面に、赤地に緑、紫、青、白の経縞の木綿裏地が当てられています。

膝下の裏布

裏表を合わせ、縫製してから刺繍を施し、白、紺、赤、黒の刺繍糸で3種類の文様とラインが刺されています。ほとんどはチェーン・ステッチで、レーゼーデージー・ステッチも使われているようです。裾にびっしりと刺繍が施されているのは、装飾とともに魔除けの意味を兼ね備えています。

裾には刺繍がみっちりと、重量感たっぷり
チェーン・ステッチ、細かい!

年月を超える刺繍布

脚衣の腰回りがたいへん広く、紐でぎゅっと締めて着用するとゆったりとして、足さばきも良いものです。彼女たちは日常的に乗馬する人も多く、機能を反映した構造なのでしょう。ワンピースに隠れる上半分は肌ざわりのよい、締めやすい布ですが、紐を通し、座ったり立ったり、馬に乗ったりして擦れがちであるため、年月が経つにつれて痛んでしまいます。手間暇をかけて作られた裾の豪華な刺繍布はそのままに上部を取り替え、長年にわたって使用されていきます。世代を超えて使われることもあるそうです。
前稿で述べたように、彼女たちにとって脚衣は下着です。こんな風に全体の写真を見せることには抵抗感を持たれるのかもしれないと思いながら、しかし、知っていただきたいと紹介するのです。

予告

次回は刺繍部分だけが残された例を、お楽しみに。