はじめてのnote 点が線になってきた「私」
初めまして。
ウェディングプランナー&メンタル/マインドコーチのヒロコです。
見つけていただき、ありがとうございます!
note1日目、ということで自己紹介をさせてください。
私のヒストリー
1984年生まれ、宮城県出身の39歳。
三人兄弟の末っ子長女。(私が一番の男前)
学生時代から社会人5年間は宮城から出たことがない、井の中の蛙。
あることをきっかけに海外へ飛び出し、世界を少しずつ広げるも
世間体や「こうあるべき」に縛られて閉じこもる時期を経て、
30代最後の年に「本当の自分」として、透明度高く輝いていく覚悟をした私のヒストリー。
【20代 自由から暗雲へ】
・ウェディング
学生時代の人生初のアルバイトは結婚式場。
見ず知らずの人の結婚式を見てはポロポロ涙し、高額で無形で短時間なのに形に残らず「心に残る」結婚式に価値を感じる。
新卒でウェディング業界へ。
5年間で500組以上のウェディングプロデュース・イベント企画に携わる。
3.11震災を仙台で経験したことをきっかけに
「今やりたいことをしよう」と退職を決意し、翌年3ヶ月ヨーロッパひとり旅へ。
wifiの使い方分からない&語学は中3の英検3級で止まっているので「化石」。
海外ひとり旅のイタリア・アマルフィで偶然見たウェディングに魅了され、
イタリア・ローマで海外ウェディングのフォトアシスタントを経験。
「日本人」マインドで海外で働くことの大変さと葛藤、言わなくて良いことをわざわざズバズバ言ってくる先輩と仕事ができないと思い、数ヶ月でそそくさと退散で自身を失う。(元からないけど)
・30歳の壁
帰国後も転職を経て、毎日楽しく過ごす中29歳の時に「30歳の壁」を目の当たりにし、突然将来への漠然とした不安が襲う。
・「もう30歳になるし、いつまでも自由にしてちゃダメだよね」
・「いつか結婚するかもしれないし」
・「そのためには少しでも早く安定した仕事に就いた方がいいよね」
・「残業とかなさそうなところないかな」
全然予定もない(し、相手もいない)「結婚」という呪縛と
今考えれば自分の本質ではない「安定」に囚われて、転職。
29歳10ヶ月で、高度不妊治療専門クリニックに勤務。
それはそれは理想としていた「安定」の日々。
そして、新しい環境で知らないことを覚えるというのも好きなので、
とても楽しかった。始めは。。
同時に、20代の頃ウェディングのお仕事で
幸せいっぱいのカップルの姿だけを見てきた私は
不妊で悩む夫婦がこんなにいるんだ・・・という現実を目の当たりにし
「女性の心身の健康」というキーワードが気になり始めて、
ヨガのTTを受けることを決めた。
【30代 安定と模索の日々】
・「安定」の中での模索・挑戦
健康といえば、かくいう私も、20代の頃は154cmで50キロ近く体重があり(爆!)
9号の制服を壊した人。。
具体的には、下っ腹がパンパンすぎて社会の窓(←表現が昭和)が崩壊。
安全ピンで毎日丁寧に固定する日々。
ヨガを始めてのめり込み、30代でスルスル〜っと
ヨガだけで痩せて、俗にいう「華奢」という類に入った経験がある。
あんなに食事制限していた20代には、ビクともしなかったパンパンの私が
ヨガを楽しくやっただけで痩せられたのは、本当に自分に合っていたのだと思う。
結果的に、43〜44キロくらいになって今でもキープ中。
というか、この「華奢」=「自分」というセルフイメージが完全に構築されているから変わらないのだと思う。
ちなみにこのヨガは、ヨガのインスタラクターになりたい訳でも
ヨガスタジオに転職したい訳でもなかったが、
興味があることはやってみよう!のスタンス。
なんせ「安定」はいいけれど、仕事がつまらないと思っていたから、
外側に楽しい時間や頑張っている自分を作りたかったというのが本音である。
・インドからのアーユルヴェーダ
海外ひとり旅がコンフォートゾーンになっている私は
「ヨガ発祥の地インドに行ってみたい!」と思うようになり、実現させる。
初回はインドの洗礼を受けて、涙の帰国となったが
初回の旅で出会ったインド人とのご縁がつながり、その後2回、
計3回渡印することになるとは、全く想像していなかった。不思議。
この話はそこそこ長くなるので、いつかお話しようかな。
ヨガを学ぶと、世界三大医療である「アーユルヴェーダ」も耳にするようになる。
インド・スリランカ発祥の、約5000年の歴史を持つ、別名「生命の科学」とも言われるものだ。
2回目の渡印の帰りのトランジットでスリランカに渡り、
アーユルヴェーダの専門医から自分を「診断」してもらったことをきっかけに
学びを深めてみたいと思うようになる。
・「安定」を握りしめたまま、副業にトライ
アーユルヴェーダを学び始めた頃、本業のクリニックで副業解禁になり
即、ヨガインストラクターに挑戦してみよう!とオーディションを受け無事合格。同時にアーユルヴェーダサロン開業に挑戦すべく、SOHO可能物件に引っ越す。
1年ほど、副業でヨガインストラクターと「大人の女性の原石を磨く」というコンセプトのもと、アーユルヴェーダセラピストとして自身でサロンを立ち上げ活動するも、コロナ禍に方向性を見失う。
おまけに自身のサロンでは、お友達やご紹介がメインだったが、料金はお友達価格から抜け出せず、低価格での施術に疲弊。
「お金はあまりもらえないけれど、目の前の人を癒したい」という自分を苦しめるスパイラルに入り休業。
状況が変わらず、自分自身もどう動くべきか分からないまま時間だけが過ぎ、
次は、自分のマインドを変えてから再始動しようと決意して撤退へ。
勢いよく動いていた自分はいなくなり、本業のクリニックの仕事もとても忙しく過ごしていた。
けれど、またいつか必ず挑戦するという気持ちはずっとどこかにあった。
【沈黙からゾーンへ突入】
・沈黙の3年を抜けて
動けないまま3年が過ぎた頃、パートナーと九州旅行を計画。
宿を取って、しおりを作り、最終的に航空券を予約するだけの状態。
というのも、彼は特殊な仕事をしており、「ドタキャン」は割と多く慣れっ子である。
案の定、1週間くらい前に仕事になったと言われ、即座に私はプランBの決行へシフトした。
「職場の空気もそろそろ大丈夫そうだし、コロナ禍にずっと控えていた海外いっちゃお」なんなら、むしろワクワクしてるぞ。
場所はマレーシア、ペナン島。
クアラルンプールに次ぐ都市圏である。
世界遺産の街は、イギリスの植民地時代も背景にあるせいか、アジアなのにヨーロッパのような建物もある街。
さまざまな宗教が入り混じり、主にマレー系・中華系・インド系・イスラム系などの民族が暮らしている。
久しぶりの海外に刺激を受けて、思ったこと。
「やっぱり、これ(海外)好きだわ」
やりたいことを不完全燃焼にして3年経過していた私は、久しく感情が鈍くなっていたが、海外に行ったら明らかに見えた自分の「好き」という素直な感情。
そこから自分自身を深堀るようになり、コーチングに出会う。
・コンフォートゾーンの外側の世界
「コーチング」というものを知ってから、スマホの「コーチング」「マインドセット」「サロン起業」などなど、検索は加速。
そんな検索をしているある日、ピコン!という音と共に、いつ登録したかも覚えていないメルマガが届いた。
「明日死んでも後悔しない?」
「自分にウソついていない?」
そんな内容に心臓がバクバク。これ、今のわたし。。。
すぐにその方のセッションを受ける予約をした。
女性の美容系サロンの起業プロデューサーである。
一度失敗しているから、次に始めるときにはコンサルをつけようと考えていた。
今思うと、サロンが不完全燃焼に終わったから、サロン系でリスタートする前提しか考えが及ばなかった。
「セッション」という表現も慣れないし、「Zoomって何?」レベルのよく分からない中でセッションを受ける。
90分のセッションではこれからのプロデュースの金額が発表された。
いくらとは言えないが、札束2つ分で驚愕。
震えながら言葉にしたのは「や・・・やります・・・」
けれど、明らかに自分の無意識が悲鳴を上げていて
セッション後の友人とのランチも、会話が全然頭に入ってこなかったことを今でも思い出す。新大久保のチュクミ屋さんである。
完全にコンフォートゾーンの外側、しかもめっちゃ遠くに足を踏み入れた瞬間だった。人はとんでもない挑戦を決断すると、本当に「震える」のだ、と。
・本当に進むべき道
あまりの震えに、数日生きている心地がしなかった。
心臓のバクバクもおさまることはなかった。
本気で変わりたい自分と、先の見えないとてつもない恐怖が一気に目の前に立ちはだかっているのだから、当たり前である。
結局、「辞退」した。
その後、コーチングとビジネスを学べる講座に90万投資。
実際にコーチングを受けるために、6ヶ月で30万円を投資。
一度とてつもない金額の支払いを目の当たりにした経験があるために、そこまで高いと思わなくなった。
まさに、(実際払っていないけれど)お金のコンフォートゾーンが広がったのだと思う。
とはいえ、もう頭がおかしなことになっている。
なんせ、1ヶ月の間に100万越えの自己投資をしたのは、人生初だから。笑
けれど「自己投資」とは本当に自分に返ってくる投資だから
複利の力で自分が変わっていっているのを実感し、あんなに「安定」と思っていた私は、ものの数ヶ月で退職を決断した。
39歳7ヶ月、9年10ヶ月勤めたクリニックを卒業して、
気軽な気持ちでやってみない?と、元同僚に誘われたウェディングのお仕事を復活させ、今はウェディングプランナー・コーチとして自由な時間を確保しながら、自分らしく働いている。
これからも、まだまだ「点」をたくさん打って、いろんな「線」に繋げていく。
【最後に】
・なぜnoteを始めたか
ちなみに、今回noteを書いてみようと思ったきっかけは、実は占い。笑
西洋占星術で、今の星周り的に、私はセミナーをやってみたり、ブログを書いたり、本の執筆などに向いている時期だそう。
そういう素質があるわけではないけれど、あくまで星周り的に合っている時期らしい。
「へー!じゃあやってみようかな?」
また本来の軽い自分がお出まししたのではじめました。
こんなに長文をお読みいただき、ありがとうございました!
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