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ヤフオクでブルセラしていたあの子も、いい人を見つけて結婚した

20代中盤、金融系の業界誌の記者として勤めていたことがある。

いわゆる相場予想的な記事を書いていて、記者をやりながらラジオ番組とかにもちょくちょく出たりしていた。

なんで20代中盤の低学歴なおれの金融予想が聞きたいのだろうか。

おれだけではなく、大抵は20代、30代が書く記事で構成されたその業界誌は、多くの商社や金融取引業者に定期購読されていた。

その情報をもとに、証券取引が行われたり、証券マンの営業トークの武器として使われたりする。

笑っちゃうほど適当だけど、まぁでも実際、金融関連の記事なんてそんなものなのだ。

ああいう記事を作るには、定型だった方法論があって、デスク側のチェックも、それを踏襲しているかに終始する。作り手の熟練度はそんなには必要とされない。特に相場系・金融系というのは、一次情報であるロイターや時事通信があって、その情報を元に、理論的に構成して、ある一定の筋立てが立てば「情報」として成り立つ。それをファクトベースの「ただの情報提供」に留めるか、「予想」や「オピニオン」として多少の付加価値を含めるか。これは媒体の性質による。

ちなみに俺の相場予想のスタンスは、いつも「逆張り」だった。

NY原油が100ドルにタッチするという歴史的な時に、おれだけ数週間、「下がる」と書き続けた。他の新聞や証券会社のアナリストは、「100ドル時代」と騒ぎ立てていた時期で、おれに予想に対する思想や強い思いなどあるわけがなく、単純に逆張りが1人ぐらいいないと面白くないと思っていたからだ。

偶然にも、おれの予想は当たった。
下落した理由もドンピシャだった。

ラジオ番組で定期的に発言していたことから、「あいつ当てた」みたいな感じで瞬間風速的にちょっと評価が高まった。

でも明確な理論などなくただの逆張りマンだったので、それ以降予想は当たらず、業界内の評価はもとに戻った。

それでよかった。自分の言葉が何かの力を持つなんて怖すぎる。
まぁそんなことにはなるわけないんだがね。

新聞記者って朝が早いのかってイメージだけど、それは一般紙の話であって、業界紙はそんなことない。

たいてい10時頃に出社していた。取材とかなければ17時には終わる。むしろ17時には、DTP(編集:記事を受け取って紙面デザインに起こす技術のこと)に渡さなければいけない。まぁそこから2時間ぐらいあーでもないこーでもない、ここ数文字削ってくれや、この写真つかえんのか、注釈あってるかといろいろあって、20時ぐらいにDTPの手からも離れて、データが印刷会社に渡ってひと段落。翌日には金融機関の郵便受けに入っているって流れだ。

一面の担当じゃないときはけっこう気楽で、ビルの裏階段でタバコ吸いまくってた。

その時に一緒にタバコを吸っていた当時50代のDTP上級者おじさんは、自分の部下である20代後半の美人ちゃんへの好意を拗らせて、誕生日にバラを渡してセクハラでクビになるというおもしろイベントを起こして俺たちを笑かしてくれた。

いや、たしかに笑ったがね、でもおれ、知ってるんだ。

その20代後半の美人ちゃんは、もともとキャンギャルというかイベントコンパニオンをしていて、AdobeのPhotoshopかなんかのイベントに仕事として参加した時に「わたしもそろそろ手に職をつけなきゃ」って思いに駆られ、DTPの専門学校に通ったのちに入社してきたという経歴の持ち主だった。

だからというべきか、彼女は入社してから終始、その50代の上司に対して、イベントコンパニオンの血が脈々と流れるコミュニケーションをしていたのを、俺は横目でずっと見ていた。

なんていうか所作のひとつひとつが、自然に男を手玉に取る仕草なんだ。

彼女に悪気があったわけじゃなかったと思う。

ただまぁ、男の上司をうまく転がしておけば自分の仕事がスムーズに進むのでは、という思惑程度はあったのかもしれない。

いちど会社の飲み会の時に、シメで出てきた蕎麦を50代の上司がいきおいよく啜ったら、それを見ていた美人ちゃんが「○○さん、すごーい💓」と拝むように両手を合わせていた。おっさんは明らかにニヤニヤしていて、おれは見ていられなかった。

そりゃ蕎麦すすっただけで美人に誉められたらな、勘違いもするよな。

それで、バラを渡してしまったわけですよ。

美人ちゃんもタバコを吸っていたので、話によれば、いつも俺たちがタバコを吸っていたビルの裏階段で一輪のバラを渡されたらしい。一輪てのがまたいいよね。

バラを渡しながら、おじさんが美人ちゃんに何を伝えたのか、それは誰も知らない。

ただ結果としては、その翌日から2人は、一言も喋らなくなった。

DTPを扱う編成部は4、5人しかいなかったので、その中の2人が喋らないというのは相当深刻な事態で、会社としても看過することはできず、事態の収束をすることとなった。

会社が出した答えは、「バラを送り、若い女性をに、心的ストレスを与えた」というセクハラ罪でおじさんをクビにすることだった。

「ポリコレここに極まれり」って話だけど、まぁ一方で、どんなに相手のことが好きでも、社内でバラを渡す世界線、さすがにないけどね。

若い頃に恋愛やセックスはたくさんしておいた方がいいよほんと。そうしないとこのように拗らせてしまうのだと思う。いやほんと、人ごとじゃない。

その事件から半年か一年後、結局、その会社は潰れた。

業界紙というのは、定期購読よりも広告費が収益のほとんどというケースが多い。「うちも出すからあんたのところも」という感じで業界内の会社自体が組合的に寄り合ってバランスを取っているからだ。

その新聞も同様の収益構造だったが、リーマンショックのあおりを直接的に受けて金融系の広告が全て引き上げられた。

戦略的黒字倒産で終わったが、俺たち従業員には何の退職金もなく、会社の内部留保のすべてを社長が奪い取って終わり。まぁそんなもんだ。

あそこで中小企業のなんたるかを思い知らされた気がする。

だってよく考えてみりゃ、そもそも「従業員」だ。「業に従う人」。戦争だったら一等兵。入れ替え可能な人材。長い将来にわたってそんなものに自分の人生を充てるのは厳しいなぁと強く思った大きな体験だった。

そこで働いていた人はその後、それぞれ散り散りになり、新たなキャリアを構築していった。一足先にクビになったおじさんとかを除いては、みんな若かったのがせめてもの救いだった。

記者陣は優秀な人が多かったので、公務員になったり、金融機関の広報部に入ったりって感じでむしろ人生が好転したと思う。おれもその辺りから本格的にサラリーマンでいることのリスクを認識して、個人でいろいろ仕事を取るようになったりと、けっこう人生の転機になった。

数年後、その会社のことなど忘れていた頃、久しぶりに美人ちゃんから連絡が来た。

どんな口実だったかは思い出せない。

新宿かどこかで飯を食ったと思うが、明らかに、久しぶりに会ったその日から、おれは彼女から狙われていた。

たぶん彼女は、結婚に焦っていたんだと思う。彼女はその時点で30歳を超えていたし、すでにDTPをやめて違う仕事をしていると言っていた。

きっと思うところがあったんだろう。

当然、セックスする仲になった。でもその時おれはちゃんと付き合っている子がいたので、適当に会ったり会わなかったりって感じだった。

なんていうか、おれは彼女のことを綺麗な人だとは思っていたが、バラセクハラ事件を誘発した挙動や、仕事の際の総合的な発言をもって、彼女に対してインテリジェンスの欠如を感じていて、付き合うという選択肢はなかった。

思い出されるのは、カラオケに行った時のこと。

田舎のカラオケボックスよろしく、彼女は個室でおれの下半身を舐めてきた。

現代の東京のカラオケボックスってそんなことしていいんだっけ?

案の定、しばらくすると店員がドアをノックしてきた。

監視カメラで見られているのは明らかで、「やめろ」という意思表示を含んだ店員のノックが2回ほど続いた時、彼女がとつぜんキレた。

廊下まで店員を追いかけて行って、「なんですかっ!」と怒鳴ったのだ。

いや、「なんですかっ!」じゃない。

店員さんは、「カラオケでフェラチオするのやめろ」と当たり前のことをノックで伝えてきてただけなのに、むっちゃキレられた。

怒ると怖い女だった。

セックスする場所は主に彼女の家だった。

彼女は山手線内のけっこういいマンションに住んでいた。

古いが、2LDKの広さ。場所からして家賃は15万円はするんじゃないかと思われた。

10畳ほどはあるリビング。家族用の大きな食卓には、彼女の手作りの酒のつまみが置かれていた。

特段技能を持たない女性が一人で家賃を払い続けるには若干不釣り合いな気がして、おれはきゅうりをつまみながら、なんとなく「どうやって捻出しているの?」という趣旨の質問をした。

すると彼女はしばらく恥ずかしそうにしてから、「これ」とパソコンを開いて俺に見せてきた。

ヤフオクの画面だった。

画面をスクロールすると、すらっと長い足と共に、編みタイツやTバックなどの写真がたくさん並んでいた。

「これ私の足」

彼女は自分のルックスを生かして、下着を売っているのだった。

今はどうかわからないが、ヤフオクはデジタルブルセラの温床だった時期がある。まさにその頃だった。

元キャンギャルのアラサーの彼女は、自分の性を売り捌きながら、東京を生き抜いていたのだ。

そして今は、サバイバルとして結婚相手を探すことに勤しんでいる。

おれが本命でなく、駒の一つであることは間違いない。おれの他にもカラオケショップでフェラチオする相手はたくさんいたことだろう。

しばらくして、「付き合ってほしい」と泣きつかれたが、もともと彼女がいることを伝えていたので、それを理由に断ったら、「だったら彼女にちゃんと向き合えばいいじゃん!」とカラオケ屋の店員にキレた時と同じテンションで捨て台詞を吐かれて、おれたちの仲は終わった。

そこからさらに数年後、彼女から「結婚することになった」とメッセージがきた。

「結婚式に来てほしい」という。新聞社のみんなも呼んでいるという。まぁ確かに、他の元同僚を呼んでおれを呼ばないというのはおかしいので、その依頼は当然だったし、おれも行くべきだと思い、参加した。

結婚式場のロビー。
華やかな会場で、久しぶりに元同僚たちと再開した。

「倒産」という辛い体験をしたからか、妙な絆みたいなものもあり、みんな仲が良かった。

バラを渡してクビになったおじさんと、内部留保をかっさらって消えた社長だけが呼ばれていなかったが、めでたい席でそんなことを話題にするやつはいなかった。

おれたちがそれぞれの近況を報告しあっていると、その日の主人公である花嫁と花婿がロビーを通り過ぎた。

「あの二人、結婚相談所で出会ったんだって」
「あんな綺麗な人が結婚相談所にいたら一発だよね」
「相手の人もいい人そうだよね」
「あー私も結婚したいなぁ〜」

皆が二人を眺めながらそんな会話をしているなか、おれは、一人の男を見ていた。

おれたちのグループには一人、おれたちよりも先に辞めた、元同僚というか、おれからすると先輩にあたる男性がいた。

身長が高く、少し顎は出ているが、イケメンの部類で社内で人気がある人だった。性格もいい男で、同性からも人気があった。

おれはそのイケメンと時期的に直接業務で絡んだことはなく、ほとんど話したこともなかったが、まだ会社が存続してた頃、そのイケメンと彼女が男女の仲だったと踏んでいた。

花嫁と花婿が俺たちに近づいてきて、あいさつをしてきた。

「みんな久しぶり。今日は来てくれてありがとうございます」

「○○さんきれい〜」
「旦那さん、こんな綺麗な人と結婚できてよかったですね〜」

確かにウェディングドレスを着た彼女は綺麗だった。

女性陣が騒き立てる中、おれの読み通り、イケメンとその花嫁は、明らかに、二人だけで秘密の目配せをしていた。

その目配せはほんの一瞬だったが、おれは確実にそれを予想していたため、しっかりと視認することができた。

一方、俺にはなんの目配せもなかった。
最後に捨て台詞を吐かれたことが思い出された。
そう、彼女は怒ると怖い女なのだ。

花婿が俺たちに近づき、笑顔であいさつしてきた。

「初めまして。皆さんのことはよく聞いています。本日は、来ていただいてありがとうございます」

爽やかでいい人そうだった。

おれは思った。

少なくとも、ここにいる二人があなたの嫁を抱いている。
あなたの嫁は、過去ヤフオクでブルセラしてたことがある。
そして、カラオケでフェラチオしていることを注意してきた店員に逆ギレする気性の荒さと、自分がたぶらかした上司をセクハラでクビにする一種の残忍さを併せ持っている。

あなたは、そんな彼女を「一生愛し抜く」と今日、みんなの前で宣言するのだ。

困難な道のりだろうが、成功のポイントは、「彼女のことを、必要以上に深く知ろうとしないこと」だろう。

だから、花嫁である彼女に課された最も重要な役割は、料理をするのでもなく、夜を満足させることでもなく、そういう自分自身の本質を、旦那に秘密にし続けることだ。

相手を騙し続ける努力というのは、もちろんおれの家を含めた、全ての結婚生活において、とても重要なことなのだと思う。


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