自分とサッカーとのかかわり②(かかわり方の変化・少しサッカーから離れた話も)
こんばんわ。
noteにあるスキ機能?
毎回一人くらいにしていただいて。なんだかうれしいです笑。
ハッシュタグの力ですかね。ありがとうございます。
今日は、自分語りの2回目。今日はサッカーを選手としてやめるまでの話と
裏方、支える側になるときの話。
中3のとき、私は町クラブで、10月末くらいまで大会が続いていました。
部活動でサッカーをやっている仲間は8月には引退していたことを考えると、
そこまでサッカーを続けているというのは
なんだか特別感がありました。
私は進学してからプライドの高さ、響きを良くすると自分に対するロイヤリティの高さを味わうことになるのですが、それはここの時点であったのかもしれません。
そして引退し、高校への進学を考えることに。
高校への進学なんて・・・と言ったら失礼ですね。高校のうちから寮生活を選択する人や自分の人生について考えて進学する人はとても立派です。
僕は、親元を離れるなんていうことはあまり考えませんでした。
当時の高校サッカー選手権の県予選決勝で、僕が進学したかった学校が決勝に出ていて、それを観戦に行きました。そしてそれが運命となりました。笑
僕はその学校の対戦相手の学校に進学しました。
11月に入る時点でその学校の偏差値と自分の偏差値の差は10以上・・・笑
姉が受験するときに記念受験をしようとして怒られていたので、受験したいと親に言うのがとても怖かったのを覚えています。笑
そしてぎりぎりでの合格。その間の話は語っても仕方ないので省略します。
高校3年間で、僕は選手としてサッカーに関わることをやめました。
理由は、レギュラーとして試合に出場することができなかったからです。
今思えばこれはとても後悔でもあり、自分らしさを形成してくれた選択でもあったと思います。
つまり、あまり選手としていい思いはできなかったというのがあります。
しかし、チームの一員としていい思いはできました。高2で前年度日本一のチームに勝つことができたり(僕はスカウティング係でした)、仲間や先輩とのかかわりはかけがいのないものであると認識しています。社会人になってから先輩の結婚式に招かれた際はとてもうれしかったです。
そして、大学進学になるのですが、高1・2の担任の話をここでしたいと思います。
進学について担任と面談をするのですが、私はあまりそれを真剣に考えていませんでした。サッカーを観ていて、監督の横にいる通訳に魅力を感じていたり、ドラマに影響されて検事になりたいと思ってみたり笑、本当にそんな感じでした。
そして面談の際に外国語系の大学に行って通訳になりたいと話をしました。
「サッカーは本当に終わりにしていいのか?」
担任は私にこう言いました。
それを機に、私の人生は変わりました。
というわけではなかったのですが・・・笑
結果、自分はスポーツ系の大学に進学、サッカーとは切り離せない関係になりました。これはあまりいつも感じてはいませんが、ターニングポイントだったかもしれません。
そして大学進学後、大学サッカーの運営にかかわるようになりました。
体育会サッカー部のリーグ戦を、学生で運営しています。僕はそれに関わりました。
するスポーツから、ささえるスポーツへと環境を変えました。
ささえるスポーツは、するそれとは違い、スポットライトは当たりにくいですが、いないとするが成り立たない、非常に重要なものです。スポーツが決して一人では成り立たないということを学びました。
そしてさらにもう一つ感じたこと。
私は当初、Jクラブのマネージャーになりたいと思っていました。やはりプロクラブにとても魅力を感じていました。
しかし、裏方の活動の中で、
人を導くこと、まとめること
そんなことに魅力を感じるようになりました。
サッカーのコーチになろう。
そう思い、大学院へ進学することに決めました。
今日はこんなところですかね。
次回は、大学院での話を少ししてから、教員になるところまででしょうか。
自分の話はそろそろ終わりです。
また次回もよろしくお願いします。