私の芸術運動234良い絵が描ける気がする
前々からそろそろ人生が大きく変化してる予感を感じながらかれこれ2年弱が経つ、実際2024年に入ってから、引っ越しや新しい職に就いたりして、その度にこれが分岐点になるんだな?と思ったが、人生とは案外変化しないものなのだなと思い知らされる。
引っ越したけれどすぐさま生活の一部へと溶け込み、新しい職場も慣れないながらも日々頑張っている、特段人生が変わったとは言えないのである。
休みの日は本を読んだり、映画を見たり、部屋の掃除をしたり、絵を描いたり、特段変わったことは無い。
そして私の中にはまだウズウズとしたものが水面下で蠢いていて、人生が大きく転がりだす様な気配だけがしている、しかし私自身変化を求めているけれど、変化を恐れてもいる、これまでの人生のペースが崩れるのは都合が悪いのだ。
しかしそのペースが乱れない事には新しい人生への過渡期すら起こらないのは至極真当の事。
だからと言って自分の人生のペースを自ら乱す意味があるんだろうか?笑
つまり、今の状況を冷静に考えてみたが、それはつまり私が今までやってきた事が普通の生活になってしまったと言う事なのだろう、もちろん日々の仕事や人間関係に感謝しているけれど、次の勉強を私は欲しているのでしょう、それをやるエネルギーも溜まっているだけに、日々の生活ではエネルギーを消化し切れないでいるというわけだ。
絵も描いて、将来に向けての勉強の為新しい仕事も始めた、しかし私は画家であるから、理想は絵を描く事が自分を生かす事に直結して欲しいと願っている、だけどそんな甘い世界でも無く、だったら、私の好きな珈琲の勉強をしながら絵を描いて、喫茶店兼アトリエを作って仕舞えばいいじゃ無いかと考えたわけだ。
それじゃまさに二足の草鞋だし、そんな覚悟じゃ二兎を追うものは一兎も得ずで、どちらも共倒れの夢と消える可能性だって充分にあるのだ。
私が人生の変化を望むというのはおかしな話で、もとよりこのまま普通に生きていけるわけがそもそも無いではないか!!定職もつかずにもう33歳になった、死んだお父さんの年齢も超えて私はもう年齢だけで言えば立派な大人なのだ。
そんな事を考えていたら、なんとも情けない事に喫茶店の階段を踏み外してしまい救急車で運ばれてしまったのは4日前の事、幸い骨に異常はなかったが足首を捻挫した、パンパンに腫れた足首は靴を履くだけでも痛いほどに、あの日から私は仕事を休み、部屋でぼんやりしてた、仕事に行かず、ケンケンで部屋の中を移動して、掃除や洗濯をして、窓辺でタバコを吸って外を眺める、SNSを見てるとあっという間に時間が溶けて行く、小説を開いてもすぐ閉じる、画集を開いてもすぐ閉じる、また携帯をいじると時間が溶けている、それも数分じゃない、数時間という時間が流れてる、そのくせ携帯で何を見たのか?思い出そうとしても何も思い出せない始末、部屋の隅でイーゼルに真っさらなキャンバスが掛かったままになっているのが見える。
私は足を引きずってキャンバスの前に立膝で座る、足首が痛くてあぐらも組めない、落ち着かない、それは足を怪我したからなのか?絵の具のチューブを指でいじりながら何を描こうか?と思考する、だけど何も思い浮かばないまま私はウワーっと声をあげて後ろに寝転び、そのまま動かなくなった。
天井の電気を眺めながら外が暗くなっていくのを感じる、今日がまた終わるんだ、私は今日何をしたのか?と自問自答する。そんな四日間を過ごして今日に至った。
絵も描けない、何も出来ない自分が居た。
前回描きあげた絵を眺める
私はなんで絵を描いている?
なんでこの絵を必死に描いた?
いつからだろう?自分の時間を生きれなくなったのは?
前は何かに突き動かされる様に行動して、いろんなものを見て感じて、これは絶対絵になると確信して喜んでいたのに、思えばここ一年くらいの私はなんだか中身の伴わない時間を過ごしていた様に感じる、ただの散歩なのに道に迷った様な焦りを感じていたし、思い通りに行かない様な気がしてた、なんか全てが失敗している様な感覚があって、私は少しずつ自分というものを見失っていた様な気がする。
絵を描く!という火は消えないのに、そこにピンとくるインスピレーションが湧かない。
だけどこれもおかしな話で、裏を返せば私はあの頃は何にでもインスピレーションを受ける事が出来ていたんじゃないだろうか?と、ただ単に私が何も感じ取れなくなってるんじゃないか?と思うのです。
携帯の画面を見て、何時間も過ぎて私が我に帰った時何を得たのか?というのと同じ事なんじゃないか?
私の中で何かが燃えているのに、それ以外のどうでも良いことに押し潰されて、忘れてる。
画家としての将来の展望もこの記事の冒頭で少し話したと思うけど、画家として絵を描く事が自分を生かすことに直結しているかどうか??本当にそれが私のやりたい事だったか?
良い絵を描いて、SNSで少しずつ注目を集めて、絵が売れる様になり、生きていける様になる?それが本当にやりたい事だったか?
日本で有名になったら満足か?その後世界に出て世界で有名になったら満足か?
違うよな。
画家になろうと決意したあの日にそんな事考えてたか?
考えてなかったな。
全部後付け、正直最近うまく行かない事が多過ぎて、足踏みばっかしてたけど、逆に冷静になれる良い機会だった気がする、4日前に階段を転げ落ちた時、痛かったけど不思議と気分は良かった、アドレナリンも出てただろうけど、それだけじゃない、頭に登った血が冷めた様な気がした。
仕事も一週間休みとって迷惑かけた、入ってた予定も全部キャンセルした、やらなきゃならない事も何もしてない。
だけどこれで良い気がする。
良い絵が描ける気がする。笑