私の芸術運動51画文集の構想
昨日新作を一枚、小作品ですが完成させる事ができました、次描きたいものもありますし、まだまだ私の心の火は消えていないと安心しています。
それでは
今日もたんたんと雑記を書いてゆきます
昨日の記事で私のブログを隅々まで読む人なんていないだろうと書きました、何せ超個人的な芸術のインスピレーションの探究についてですから、しかし、私はいつか書き溜めたブログから文章を抜粋して、Instagramに書き上げた絵画に添えた文章を織り交ぜて画文集なるものを出版したいと常々思っているのです。
毎日のように新刊が店頭に並び、数多の作家さんが執筆に出版に奔走している事を考えると、自分の人生をとして絵を描いている私が自分の芸術運動について描いた本を一冊執筆する事はなんら特別なことではないように思えます
それが面白いのか?売れるのか?は神のみぞ知るというやつです。笑
私はこの出版に賭けているのではありません、むしろ副産物として考えています
私は画家ですからね。
しかし画家の私は本を読むことが好きです、最近はもっぱら画集ばかりを眺め画家の人生を追いかけながら夢想して読んでいるのですが読み終わってみるとまた絵の見え方が変わったりするものです、そういう芸術のアプローチもありだなと思っています。
だから、芸術にはサクセスストーリーが大事で、サクセスストーリー作りに奔走するような画家にはなりたくありません、付加価値ばかりに目を奪われ肝心の絵はどうなの?といういとなんとも面白みがない空っぽな絵だったりするのです
私はこれも時代の流れ、流行り廃りだと思いますが、なによりもまずは絵なのです。
絵画に熱中し過ぎて、彼女にぷんぷん言われながらも私はなんとか日々描いています。笑
絵に熱中した日々のインスピレーションの出どころと、それを作品に消化する私の思考回路と精神をわかりやすくお伝えできたらと考えています、絵に描かれていることはわざわざ説明するものではありません、しかしその絵がどのような状況に私が置かれている時に何を考えその絵が誕生したのか?までは描いても差し支えないように思うのです。
私は故人の芸術家を思う時、いつも思うのです
その絵に描かれている意味を知りたいのではなく、その画家がどういう人で、普段何を考え、どのような時代背景で、どのような状況下で、何を考え、どんな生活を送った画家なのだろうか?と。
好きなタバコの銘柄とか、よく呑むウィスキーの銘柄、思い出の地、口癖、1日のルーティンなどなど、絵画はそういうことの積み重ねであり、まさに人生と言えます。
絵画作品以外のところに付加価値を持たせようとするのは私は好みません、絵画が良ければその人の事が気になるものです。
私は自分の芸術をブラさず真っ直ぐにやってゆきます、私は最近気づいたのですが、自分の絵に自信があるのです、自分の芸術に自信があるのです、しかし満足なんてできるわけもないのです、もっといいものが描けるはず、次はどうしよう?こうしてみようか?ここが気に入らない、次はもっとこうしてみるか、いやこうかもしれない!!
ただそれだけです。
私は自分の芸術家としての探究心に自信があると言えます、絵画はまだまだ拙い落書きのようなものです、しかしそれがかえってまた良いようにも思えたり、芸術に正解が無い以上、周りの良し悪しの判断は勝手にしやがれで、自分の感性で全てを決めます。
もしそれができなくなった時、私は画家として終わりだろうと思うからです。
これが私の芸術運動といえます。
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