見出し画像

【視力2.0 原稿】#18 子供の近視はスマホもゲームも勉強も関係がなかった!論文解説

 この投稿では拙著「視力2.0(仮タイトル)」の出版にあたり、編集で使われなかった原稿をアップしております。

 今回の投稿は、半導体の研究者だった私が目の勉強を始めて、目の本を出版するまで至った経緯の説明にあたります。

 2012年、32歳の時にたまたまある論文を読んで、私の目がいい原因がわかった、ということがありました。

 私は小さい頃から目がよく、中学生の頃には同級生たちがメガネをかけ始める中、私は特に視力が落ちることもなく、不自由せずに生きてきました。
 小学生ぐらいから科学者になりたい、と考えていて(自然が好きだったのですよ)、漠然と、大学院に行って、博士号をとって、研究職に就くんだ、と思っていました。

 理系の大学に行って、博士号を取るのはたくさん勉強しなければいけません。「よし、一生懸命勉強して、良い成績を取ろう」とがんばっていました。勉強は全然嫌いではなく、向いていたと思います。

 進学、就職していくうちに、周囲の目が良い人の割合はどんどん減っていきました。しかし、私はいつも視力検査の一番下のC(ランドルト環といいます)まで見えており、なぜか視力が良いのです。

 なんでだろうか?検査のたびに不思議に思っていました。人よりがんばって勉強しているつもりだし、TVゲームもすきです。パソコンも使います。スマホも毎日見ます。しかし私より目のいい人は周りにいません。同じ家で生活してきた私の兄妹ですら、メガネをかけています。

 その原因がわかった、という論文の説明文が以下です。
**************
近視の原因解明に関する近年の研究

 近視進行の原因解明に向けて、近年の研究の進展状況についてまとめてみました。
 医学分野の研究者でない私が近視の原因について興味を持ったのは2012年です。この時私は勤務する会社内の業務で、安全衛生に関する資料をまとめていたのです。
 私はVDT作業(ビジュアルディスプレイ端末作業、いわゆるパソコン業務のこと)と視力の関係を調査していました。1時間のVDT作業ごとに10分の休憩が必要である、と推奨されています。

 そのほか、視力の向上のためには何をすればいいか、という情報をまとめて報告しようと考えていました。私は周囲の研究者に比べて視力が良かったので(会社のの健康診断では両裸眼視力1.5)、自分の経験から、ブルーベリーを食べたり、論文を印刷して読めばいい、スマホは見すぎない、などとまとめようと思っていたのですが、どうも科学的な根拠が明確ではありません。そこで、何かいい方法がないか、インターネットで調べていたのです。

 そして、たまたまインターネットのニュースで、オーストラリア国立大学のモーガンらの論文「Myopia. I. G. Morgan et.al. Lancet. 2012 May 5;379(9827):1739-48」が検索に現れました。
 私は医学分野は全くの素人なのですが、モーガンらの論文の主張は非常にわかりやすいものでした。

・児童生徒の近視の拡大原因は、日光の下で活動する屋外活動時間が少なくなってるため
・勉強時間や電子デバイスの利用時間はあまり関係なく、屋外活動時間の影響が大きい。
・遺伝もあまり関係ない。生活習慣の影響が大きい。

 論文の主張を見て、私の生い立ちが視力と関係あることに合点がいきました。農家に生まれて畑仕事や昆虫採集ばかりしていた私の子供時代の生活習慣が、現在の視力につながっているんだ、と確信を得たのです。

 また、これまで私は、TVゲームが好きだったことや勉強もそれなりにがんばってきたこと、近しい遺伝子を持つはずの兄妹が二人とも視力1.0未満なのを不思議に思っていたのですが、それらもすべて解決しました。
 兄妹は私と比べると屋外で過ごす時間が明らかに短かったのです。兄はインドア派で畑の手伝いが嫌いで、妹はピアノや新体操を習っており、農作業を手伝えないくらい忙しくしていました。喜んで畑に行っていた私と真逆です。

 加えて、この論文はものすごく革新的だと感じました。これまで近視の原因と考えられていた読書や勉強時間、テレビゲームや電子デバイス利用、遺伝の影響が近視の発症とあまり関係なく、単純に屋外活動時間が十分であればよい、ということは、誰でも近視にならずに済むのではないか、と思ったのです。

 さてこの論文からほかの論文を掘り下げて調べてみますと、近年の近視人口拡大について、原因がわかってきたのは2007年頃のようです。
 例えば前述のモーガンらの過去の論文では、「屋外活動が子供の近視を減らす」ということが明らかにされてきました。
「Rose KA, et. al. Outdoor activity reduces the prevalence of myopia in children. Ophthalmology. 2008; 115: 1279-1285」。

 このころ、同じくモーガンらはシンガポールとシドニーの中華系学生のライフスタイルや学校生活による近視の発生について調査しており、民族(遺伝子)と近視発症率の相関は見られないのではないか、と考えていたようです。
「Myopia, lifestyle, and schooling in students of Chinese ethnicity in Singapore and Sydney. Arch Ophthalmol. 2008; 126: 527-530」。

 そのほかにも親と子供の近視と生活様式の相関関係を調査した論文もあり、近視の親の子供でも屋外活動が多ければ近視になる確率は低い、という結論が得られています。
「Jones LA, et. al. Parental history of myopia, sports and outdoor activities, and future myopia. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2007; 48: 3524–3532」。

 

 屋外活動により近視が抑制される生理的なメカニズムとしては、光に反応して放出される網膜ドーパミンと近視眼成長の関係が検証されてきました。
 ドーパミンの低下により軸性近視が進行することが確認されており、ドーパミンを用いた近視治療の有効性や小児成長へのリスクなどをまとめた優れたレビューがあります。
「Dopamine Signaling and Myopia Development: What Are the Key Challenges. Prog Retin Eye Res. 2017 Nov; 61: 60–71」

 現在でも近視治療薬としてドーパミンほか様々なものが検討されておりますが、効果や安全性確認など、多数のデータが必要で、決定的なものは無いようです。これに対して、「子供たちの屋外活動の推進」であれば薬の投与など医療行為は必要なく、かつ無料で対策可能であり、誰にでもできて非常に効果的に実行可能です。

 これらの革新的な論文から、屋外活動と近視の関係が様々な仮説に基づいて疫学的に調査され、有効なデータが集まってきました。

 例えば「外に出ると運動するから近視にならないのではないか」という仮説が生じますが、これは前述のモーガンらの研究で比較調査されており、たとえ運動しても室内にいる限り近視になりやすい、という結果が出ています。

 また、「外に出ると自動的に遠くを見ることになるため、近視にならないのではないか」という仮説に対しては、中国の研究者によって大規模実験が行われ、いわゆる眼球体操のような、近遠焦点の反復動作運動の効果を確認したところ、効果はない、との判断となったとのことです。

 これについては日本でもよく知られた民間口伝があります。顔の前に親指をだし、近くの親指と遠くのものを交互にみることを繰り返すことで視力が改善する、というものですが、軸性近視の発生原理に基づけば間違っていることがわかります。

 近遠焦点の反復動作は毛様体筋を動かしているということになりますが、毛様体筋は不随意筋なので鍛えることはできません。また近視の主要原因である伸びた眼軸長は、一度伸びたら戻らないので、本動作によって軸性近視が改善することはない、ということのようです。

 次の疑問として、「近くを見ること(近業)が多いと近視になるのか、屋外活動量が多ければ近視を抑制できるのか」という調査に関してはアマンダ・フレンチらの論文
「Risk factors for incident myopia in Australian schoolchildren: the Sydney adolescent vascular and eye study. Amanda N French et. al., Ophthalmology. 2013 Oct;120(10):2100-8.」があります。

「屋外活動が少なく近業が多い子供」のほうは近視リスクが高く、「屋外活動が多く近業が少ない子供」は近視リスクが少ないという傾向は、特に小学校の低学年で明らかな傾向であるとのです。

 そのほかに、「外のほうが明るいから近視にならない(視覚型の受容体が活性化される)」という仮説については、現在でも保留されているようです。しかしヒヨコでは明らかな結果がでており、強い光の下で育てたグループは、弱い光で育てたグループに対して、明らかな近視の進行に抑制効果があったようです
The effect of ambient illuminance on the development of deprivation myopia in chicks. Ashby R, et al. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2009. Nov;50(11):5348-54.」。

 少なくとも光の届かない洞窟内に生息する生物は視力を失っているものが多いです。また、長期間暗いところで生活したり、手術などで長期間失明状態から回復したケースにおいて、受容体の機能が低下しており、結果視力が落ちているということはヒトでも経験的にわかっています。光による刺激があったほうが視力向上に関して何らかの効果があるのは間違いなさそうだ、と想像できます。

 しかし現代社会では、照明機器は十分に普及しているわけですから、現在では屋内でも光を十分に浴びることは可能です。屋内光と屋外光での違いはなんでしょうか?
 慶応大学の坪田一男名誉教授らは、「屋外光には室内にはない特定の波長があり、近視と関係しているのではないか」と仮定し、屋内外の光を計測し、360-400nmの波長の光(バイオレットライト)が軸性近視の発生に関係している、と仮説を提唱しました。

 目の網膜にある、光を感知する受容体には、色や明るさなど、視覚情報を得るために使われる「視覚型受容体」と、体内時計などの生存にかかわる「非視覚型受容体」があり、この「非視覚型受容体」の機能解明が近年非常に注目されています。「非視覚型受容体」の一部はブルーライト(波長約380-500nm)によって活性化され、体内時計の調整や、脳の働きに関係があることがわかっています。

 坪田教授らはバイオレットライトが近視を抑制する可能性があることを報告しています。ニワトリの試験ではバイオレットライト暴露した検体において脈絡網膜組織での成長因子(ERG1)が多くみられることを確認しました。さらにバイオレットライトを透過するコンタクトレンズを装着した子供の臨床試験では、近視の進行抑制の傾向が有意に確認されました。
「Trii H, et. al. Violet Light Exposure Can Be a Preventive Strategy Against Myopia Progression, EBioMedicine 2017, Vol.15, 210-219」。

 2021年には、バイオレットライトが非視覚受容体の一つである「OPN5」を介して脈絡膜の血流を上げ、脈絡膜厚を保持し、結果として近視を抑制するというメカニズムを提唱しました。
「Jiang X, H, et. al. Violet light suppresses lens-induced myopia via neuropsin (OPN5) in mice, Proceedings of the National Academy of Sciences 2021, Vol.118, isuue 22」。

 坪田教授らの慶応大学グループはベンチャー企業「株式会社坪田ラボ」として2022年に上場を果たし、「ビジョナリーイノベーションで世界をごきげんにする」のキャッチフレーズのもと、近視、老眼、ドライアイに関して革新的なソリューションを提案していくとのことです。同社の今後の研究成果、事業に注目したいと思います。

 そのほか、屋外活動を増やすだけで子供の近視を抑制できるというのは、将来の視覚不良者の爆発的増加を防ぐ非常に有効で低コストな手段であることは、多くの方々が希望を感じているようです。参考資料として以下のようなものが出版されています。

「近視は病気です 東洋経済新聞社 窪田良」
「子供の目が危ない 超近視時代に視力をどう守るか 大石寛人 NHK出版新書」
「GO OUT 飛び出す人だけが成功する時代 坪田一男 ディスカバートゥエンティワン」
「スマホ失明 川本晃司 かんき出版」
「スマホアイ 松岡俊行 アスコム」
**************

 以上です。当時たまたま会社で安全担当をしていて、「視力を改善する方法」を調べていたのですが、偶然見かけた論文が私の長年の疑問を説明してくれたのです。

 そしてついには目について書籍を出版するまでに至りました。偶然とは本当に面白いですね!

↓スキまたはフォローしてくださいますと、屋外活動で捕まえた小動物が飛び出します!

いいなと思ったら応援しよう!