個人向け給付の仕組みのあり方について(私案)
今日のCode for Japan, Digital Government Labによる「特別定額給付金事務の勉強会〜スムーズな給付に向けた改善点を考える〜」をYouTubeで視聴した。現在も給付事務で苦労されている自治体職員の方も多くおり、まだ過去のことではないのだが、問題が各所で出てきている今だからこそ、その課題を鮮明に認識できる面もあると思う。次に同じことを繰り返さないためにどのような点を改善すべきなのかも、現在の課題にどう対処するかと同様、重要だろう。今日の議論を聞いた上で自分が考える改善の全体像としては下図に集約されるが、1つ1つ見ていきたい。
1.制度について
まず制度として本日のワークショップで述べられていたのは今回の給付は自治事務であるから各自治体にそのオペレーションのあり方が任されていたということだ。しかしながらそれこそが問題を各自治体で個別に考えなければいけないという混乱を読んだ原因の1つだろう。
これは後述もするが、政府は本人確認ガイドラインという、オンライン上での本人確認手法のレベル分けを行っている。
行政手続におけるオンラインによる本人確認の手法に関するガイドライン
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/cio/kettei/20190225kettei1-1.pdf
しかしながらどのような手続であれば、どのような手法をとるべきかが、明確化されていない。マイナンバーカードは最も高いレベルの本人確認手法だが、これを利用する必要があったのかという点は、カード発行に時間がかかってしまうことを考えればあっただろう。
また、個人情報の取り扱いが自治体によって異なる、いわゆる2000個問題についても国が一元的にルール化すべきであろう。これによって各自治体が個人情報の利用のあり方についてそれぞれの判断で行う形になり、手間が増えていると言える。
情報法制研究所による2000個問題説明資料
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/wg/toushi/20161115/161115toushi01.pdf
2.オペレーションについて
こちらについてはまず紙とオンラインのオペレーション2元化が大きなハードルになっていると考える。システムがきちんと効率的に処理できる形になっているという前提があれば、本来的には電子に寄せるのが正しい姿であることを述べておきたい。今回郵送に寄せる自治体が多いのはこの前提が崩れていることを示している。
また、電子に寄せた場合、高齢者はオンライン申請できないではないかという声もある。しかしながら、窓口対応をオンライン端末を使いながら行うことであくまでデータ入力はオンラインに寄せることは可能であり、データ管理の観点からは明らかにそちらの方が効率的なはずだ。
給付の申請期間がバラバラなことも社会的な混乱をもたらしたという意見もあった。結果として「我が自治体は対応早い自慢」を助長し、そうでない自治体の不安を煽るという構造になってしまっている。
また現場において本来IT分野で知見をためた自治体職員が違う部署にいるが故にその知見を活かせないという組織的な人材配置の問題も挙げられていた。この点は、緊急事態にはITの専門性を持つ職員を給付事務に結集させるといった柔軟な人材配置が重要だろう。
3.システムについて
マイナポータルについてはデータ突合の自動化やエラーチェック等の部分で十分に考えられた設計になっていなかったことが現場の目視確認や電話による再度の情報確認をもたらしている。システム自体は一元化されているのだがそのシステムが現場のことを考えた設計になっていなかったということだ。この点については前述したような自治体の現場でオペレーションを回すIT専門職員によるシステムの検証、シビックテックによる市民視点でのユーザービリティチェックといったプロセスを経てからリリースするといった改善が考えられる。また、申請期間に定期的に現場の声を聞き、フィードバックを元にシステムを改善するといったアプローチも重要だろう。
続いて以下はシステムの構成としてどういった改善点が考えられるかを記載する。
1)認証・身元確認
今回の1つの大きなボトルネックとなっていたのはなんといっても本人確認プロセスをマイナンバーカードに限定していたことだろう。これは前述した本人確認ガイドラインとの関係において給付であれば他の手段も取りえたのではないかと考える。例えば身元確認については公的身分証明書(免許証、パスポート等)を利用したe-KYCにより身元確認を行うといった方法がある。既に民間企業のサービスでもAPI化されているため、マイナポータルに接続することも簡易にできるはずだ。
また、銀行や通信キャリアがスタートしている本人確認済みAPIの活用も手段として考えられるだろう。銀行のAPIを活用する場合にはこの段階で口座情報も紐づけることができるのではないか。
2)入力項目
グラファー の石井さんが述べていたように入力項目の複雑性が高まれば高まるほど、入力者のエラー率は高まる。これをいかに簡素化するかが重要になる。この点も国で標準化すべきだろう。また入力欄にバリデーションをかけて、間違ったデータは弾くといった工夫も必要だ。加えて、上記のようなe-KYCを利用する場合、APIから入手できる入力項目データを反映させ、プレプリントすることで入力者に最低限の項目だけを入力させる工夫も重要だろう。
もう1つの点としては入力事項をきちんと住基ネットのデータと突合するようなプログラムで確認の手間を自治体職員に寄せないことが非常に重要である。データの引っ張り方としては個人番号をキーとして逆に住基ネットから住民の基本情報や世帯情報も引っ張ってくることができるのではないか。それができれば世帯主とその世帯メンバーの確認についても自治体職員が行う必要がなくなるだろう。
3)口座情報
口座情報についても前述の銀行の本人確認API経由で受け取ることも可能だろうし、国としては国税庁、社会保険庁などが個人口座情報を保有しているほか、自治体でも水道局や地方税部局では住民の口座情報を把握しているのではないか。これらのデータをAPIで連携させることができれば口座の名寄せがもっと簡易にできるだろう。特に国税庁、社会保険庁などのデータベースのAPI整備と、個人の同意に基づく、API経由でのデータ取得の仕組みが進めば、給付のみならず、相当の行政手続事務の簡素化につながる可能性をひめている。
また、国税庁側では扶養控除などで世帯構成も把握しているはずなのだから、そういったデータに基づいてプッシュで給付を行うといったことも十分考えられるのではないか。
4)質問対応
オペレーションが各自治体で共通化していれば質問の対応も共通化可能である。オンラインではチャットボットをベースとした質問対応を行い対応を充実させていくとともに、窓口業務で質問された場合もまずチャットボットを利用して職員が回答を検索するといったプロセスを入れることでどういった質問がよくなされるのかがデータとして蓄積され、それに対する回答も精緻化していくことが可能になる。しかも全ての自治体で同じチャットボットを利用すれば全国の質問が集まるため、より早く課題を学習できるだろう。いわゆるフェデレーテッド・ラーニングが実現可能になる。この結果をシステムの改善に活かすことでより効率的な事務につなげることもできるだろう。
まとめ
上記で見てきたようにやはりポイントとしては国と自治体の役割分担を最も効率化するために明確化することが重要だろう。そしてユーザーや実際にそれを利用する自治体職員の視点でシステム化することが次に重要であると考える。加えて、既存のデータをいかにうまく連携させるか、いかに早くシステムの活用を通じたオペレーションの課題の学習をスピードアップするかが給付事務を行う職員にとっても利用者である国民にとっても満足度を高める上で欠かせない。
翻るとこれらはまさにITプラットフォーマーが自分たちのビジネスを改善する際に行なっていることそのものであり、政府・自治体もそれに近い考え方を取り入れていく必要があるのだ。その上でシビックテックやGovtechスタートアップのITの専門スキルと市民的なユーザー視点を持った人々と連携していくことは、課題解決の上でも、政府・自治体の学習を加速させる上でも、もっと増やしていくべきだろう。