デジタル公共インフラ(DPI)、デジタル公共財(DPGs)とは
2021年、デジタル庁が設立以降、行政セクターにおけるデジタル化は加速している。一方でこれを進めていく上では、効率的な全体設計を意識しながら、テクノロジーの発展も見据えた拡張性のあるシステムの構築が改めて重要となっている。
デジタルサービスを提供する上で社会的に共通的に利用できる機能は国が整備し、これを公共インフラとして利用していこうという考え方が海外においてもデジタル公共インフラ(Digital Public Infrastructure, DPI)という概念で拡大している。加えて、コロナ禍でオープンソースソフトウェア(OSS)による迅速なサービス実装が社会課題解決に貢献したことから、デジタル公共財(Digital Public Goods)という概念も普及している。両者は似た概念として混同されがちであり、まだ日本においては十分認知されていないように思われるので一つの考え方を示してみたい。
デジタル公共インフラ(DPI)
2023年G20がインドで開催された際にDPIの展開による金融包摂(Financial inclusion)を進めることが首脳宣言で示された。
インドではこの10年間、インディアスタックと呼ばれる国民のデジタルID、決済、データ共有の基礎的な機能が、非営利団体であるiSpirtの協力の下、整備され、各政府機関等がこれを展開、運用することで大きく普及した。低所得者が自分の存在を証明し、銀行口座を作れるようにすることで、国からの給付や金融サービスにアクセスできるようにすることが目的の中心としてあった。この取組が国連、IMFといった国際機関、ビルゲイツ財団をはじめとしたNGOなどにより途上国支援などの文脈で取り上げられるようになった。
インディアスタックは官民のデジタルサービスの利便性を高めるソフトウェアコンポネントとして存在する。インターネットの発展により、ソフトウェアの機能を疎結合化できるようになったことで、その共通的な機能は同じソフトウェアを活用することにより、社会全体での同機能の開発・運用コストを低減できる。こうした性質は道路や水道が物理的な公共インフラとして国により整備されるのと同様にオンラインの公共インフラとして位置付けられる。
University College of London (UCL)のInstitution for Innovation and Public PurposeではデジタルID、リアルタイム決済、データ交換の機能をDPIとして各国でどこまで導入が進んでいるかマッピングするプロジェクトDPI Mapが進められている。
デジタル公共財(DPGs)
ソフトウェアの世界ではオープンソースソフトウェア(OSS)という概念があり、ソフトウェアを皆で開発し、活用していくことによって社会全体でその価値を享受しようという考え方がある。この概念もインターネットの発展を通じて広まった考え方である。特にコロナ禍ではこのようなOSSでのサービス開発が接触確認や、ワクチンパスポートアプリなどで迅速に提供された。
国連も支持しているDigital Public Goods Alliance(DPGA)は、以下のサイトに記載している標準を満たすオープンソース ソフトウェア、オープン データ、オープン人工知能モデル、オープン スタンダード、オープン コンテンツをデジタル公共財(DPGs)として認定し、リスト化を進めている。
DPIとDPGsの共通点・違いは何か
DPIとDPGsの共通点
DPI、DPGsは両方とも社会課題をデジタル技術の活用を通じて解決しようとする点においては共通している。
また、開発されたリソースをさまざまなステークホルダーが共通のソフトウェアとして活用していくことで重複したソフトウェア開発を排除し、社会コストを低減していくという点も共通している。
共通のソフトウェアリソースを活用することによって官民を含むステークホルダー間の相互運用性を高め、データ流通を円滑化や、オンライン上でのソフトウェアにおける体験を標準化していく点も両者に共通する。
DPIとDPGsの相違点
DPIはインフラであるが故に継続的な安定運用が求められる。このため、開発・運用主体は政府等の公的機関が担っていくことが想定される。またDPIのソフトウェアだけでなく、これらが動くサーバ・ネットワークなど物理環境の整備もセットで準備する必要がある。
DPGsは様々な技術者が開発に貢献する。しかしそのコミュニティ管理においては特定の主体が行なっていく必要があり、非営利団体などが行うケースが多い。また、そのリソースの活用は、各組織が行い、物理的な運用環境は利用主体が責任を負うことになる。DPIは社会の共通的なデジタル基盤であるため、その改修においてはそれがもたらす社会的インパクトなども評価しながらこれを実施していく必要がある。連携するソフトウェア側での改修や、利用ルールもセットで見直していくことが必要になる。
DPGsはこれを利用するステークホルダーが自由に利用することができる。特にOSSでは、そのソフトウェアをフォークして独自の改修を加えることができるほか、プルリクエストを通じてOSSの改善に貢献することができる。
このようにDPIには社会基盤としての安定性が求められるため、行政機関のような継続的な運用主体が必要となる。
一方でDPGsは様々なステークホルダーの叡智を集結することにより、より良いデジタル資産を構築することができるものの、それをどのように利用・運用するかは利用主体に依存している。
DPIとDPGsが混同されがちである理由
多くのDPIは相互運用性を担保するためになるべく市場において標準とされる技術を活用する傾向にあり、OSSや標準仕様を活用して構築される事例が多い。また、コスト効率性からもOSSの活用がDPI開発の選択肢として選択されやすい。
一方で、DPIとして開発されたシステム等をより幅広い主体が利用できるよう、パッケージ化しDPGsとして提供されている事例も多い。エストニアのデータ交換基盤であるX-RoadがOSSとして提供されているほか、インドのデジタルIDシステムをベースとしたMOSIPはOSSとして既にフィリピンやアフリカ諸国など海外にも導入が進んでいる。
このようにDPIを構築する際にDPGsを用いる、DPIで構築したサービスをDPGsとして提供する、という両方の流れがあることが、両者が混同されやすい理由であると考えられる。
日本におけるDPIとDPGs
日本においてはデジタル庁がDPIの整備を進める上で中心的な役割を果たしている。2024年度の内閣官房デジタル行財政改革事務局による「国・地方デジタル共通基盤の整備・運用に関する基本方針」においてもDPIについては以下の通り記載されている。
社会活動における基本的な機能は国がインフラとして整備し、安定的に提供することが重要である。また、今後国際的にもDPIが整備されてきた場合にはその相互運用性の確保がクロスボーダーでの人的移動や経済活動における連携において重要になってくるだろう。
日本においてDPGsの活用についてはCKANやQGISなどを各行政機関で個別に利用しているケースはあるが、実際に開発を委託するベンダーの技術選択に依存しているケースが多い。行政が開発したソフトウェアをDPGs(OSS)として提供したケースとしてはコロナ禍での東京都の感染者ダッシュボードや、加古川市による定額給付システムなどの事例があるが、それ以降はあまりこうした取組が見られない。これは自治体が継続してOSSを管理することが難しいことも影響していると思われる。
今後のデジタル社会整備に向けた示唆
ここまでDPI、DPGsの概念に関する共通点、相違点と日本における状況について概括した。日本では人口減少と合わせてデジタル人材も希少な資源であると考えると、社会活動において共通的に利用するような機能はDPIとして整備することがデジタル人材の効率的な活用の面でも重要となる。デジタル庁を中心としたこうした機能の実装は今後も重要な取り組みとなる。
またドメイン単位でのDPIの整備も今後検討していく必要があるだろう。ここでは詳述しないが、例えばインドではHealth Stackという形で医療データの相互運用性の確保のためのデータ交換基盤やAPIの整備が進み始めているほか、デリーメトロではMaaSに対応したTransport Stackの検討が進んでおり、JICAがこれを支援している。こうした準公共分野でのDPI整備は社会の基礎的サービスのデジタル化を後押しするだろう。
また、テクノロジーの進化の中では、それらをどのように社会基盤に取り入れ、イノベーションを社会に取り入れていくかも同時に考えなければならない。これを実現する上でもDPGs(OSS)を開発・発展させるエコシステムを日本でも形成していくことが必要であろう。
グーグル、マイクロソフト、メタといったビッグテック企業ではOSSのコミュニティにコミットし、それらを活用しながら、オープン・クローズ戦略の中でビジネスを拡大する企業が多い。OSSの活用により良いソフトウェアを低コストで導入できるほか、サービスの標準化や相互運用性を考えた場合メリットが大きいからであると考えられる。同様にDPIを構築する際にもDPGs(OSS)を活用していくことで、メリットを得ることができるはずである。IPAでもOSSのエコシステムを国内でも醸成していく必要性を訴え始めている。
加えて、DPIがデジタル社会の基盤として整備される場合、これをベースとした民間サービス発展の土壌をどのように形成していくのかも考えなければならない。そのためには行政側が進めるDPIの整備に関するロードマップを示し、民間企業にとってその予見性を高めることが重複した投資を避ける上でも重要である。
インドでもインディアスタック整備の目的の一つは、これをベースとしたフィンテック企業の発展であった。どこまでの機能を国がDPIとして整備し、それを活用した民間サービスの発展をどのように促進していくかも今後さらに重要になってくるだろう。
国土整備や都市計画などにおいても効率的な構造を実現するには全体設計とそれを支えるインフラをどのように形成していくのかが重要であろう。また、DPIが各国で整備され始めると、国際標準が形成される可能性もあり、中長期的な相互運用性の観点からもこれをベンチマークしながら日本でもDPIを整備していくことが必要になると思われる。
またOSSを含むDPGsのエコシステムの発展もソフトウェアにおけるイノベーションのスピードを早めるために日本国内でも重要ではないだろうか。