連載小説 もりぐち人生劇場 高校編 第10話『家族』
父は僕の憧れだった。
パンチパーマで強面。
今思うと危ない人って感じの見た目だったけど、幼い頃の僕には全てが格好良く見えた。
強くて優しくていつも助けてくれる。
そんなヒーローのような存在。
思い出が溢れてくる。
——夏の日。
太陽の日差しが眩しくて、蝉の鳴き声はうるさくて、入道雲はどこか誇らしげに空に浮かんでいた。
僕はまだ小学校2年生ぐらいで、父が運転する原付の前にちょこんと座り夏の匂いと風を浴びる。
山に着くと虫カゴを準備して、二人でクワガタを捕まえに行った。
父から色々な捕まえ方を教えてもらい、汗をかきながらも初めて大きなノコギリクワガタを捕まえた時は本当に嬉しかった。
最後は自販機の前で休憩。
買ってもらったメロンソーダを飲んで再び原付で家まで帰る。
そんな何気ない日。
けど僕にとってその日はまるで宝物のように輝いていた。
父が大好きだった。
………
……
…
「ひろきく……」
………
……
…
「ひろきくん!!」
「え!?」
僕はふと我に返る。
「大丈夫か?」
「あ……うん」
驚いた。僕はいつの間にか考え事をしていたらしい。
「では、こちらです」
「…お願いします」
マユミ姉ちゃんが警察官に頭を深々と下げる。
——僕たちは『留置所』にいた。
面会室へと案内されるが二人とも足取りが重い。
父が逮捕された理由。それは事前に聞いていた。
細かい事は言えないが、父は母と別れてから新しく自分で仕事を始めていた。それが少し軌道に乗った事で、タチの悪い同業者から目をつけられてしまった。
そして、本人も気が付かない内に法律違反を犯している事が明らかになり警察が動いた。
僕が学校に行っている間、警察官二人が家を訪ねに来たという。そしてそのまま父は連行された。
殺人とか物騒なものではないにしても、罪を犯したいう事実は変わらない。
そう、それが事実なんだ。
僕とマユミ姉ちゃんは面会室の扉を開け中へと入る。警察官に誘導されて椅子に座った。
目の前にはアクリル板。声が聞こえるように無数に穴が空いている。
まるでドラマのような光景だった。
「……」
「……」
二人とも何も言葉が出てこない。
しばらくして、
ガチャ
と音がした。
奥の扉が開かれ父が現れる。そして、ゆっくりと僕たちの前の椅子に座った。
沈黙。
しばらくして、
「アンタほんまええ加減にしいや……」
マユミ姉ちゃんは震える声で切り出す。
「————————」
「————————」
その後、僕の耳に言葉は一切入って来なかった。何かを二人で話している。
僕の心はどこか宙を彷徨って、このやり取りを俯瞰で見ているような、そんな不思議な感覚になっていた。
しばらくして、マユミ姉ちゃんの視線が僕に向く。
………
……
…
……あぁ、そうか。
……何か言わなきゃいけないのか。
僕は俯いたままだった顔を上げる。
そして、ゆっくりと正面を見る。
視線の先。
——そこに父がいた。
僕の知っている人。
ずっと同じ屋根の下で暮らしてきた人。
けど、どうしてなんだろ。
家族なのに。
血が繋がっているはずなのに。
どうしてこのアクリル板が邪魔をするんだろう。
どうしてこんなにも遠く感じるんだろう。
どうしてなんだろ……
怒鳴ってやるつもりだった。何馬鹿なことしてんだよって。どれだけみんなに迷惑かけたら気が済むんだよって。ブチギレて暴れてやるつもりだった。
けど………けど……けど…
僕のヒーローは「犯罪者」という悪者になってしまった。
その事実が悔しくて。
その事実がもどかしくて。
その事実が悲しくて。
僕は何も言う事が出来なくて。
涙が……止まらなかった。
つづく