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暗闇が明けて〜後編

 「ミギノオテテガッ!!ウゴカナイヨォ!!!」

 泣きじゃくり、幼い子どもの様な甲高い声で切り刻まれた体を抱きしめながら尋常ではないように鼻をすすりながら何か空気が歯の間から抜けるような音を出しうずくまる。

「子どもの・・・・声?」

 脳がバグる、どう見ても、見た目は毛むくじゃらのビッグフットのような見た目をしてる。だが、口から出てくる音や話し方は5、6歳ほどの女の子の声、なんでこの獣からそんな声が出てくる?まさか、元は女の子?

 「イタイヨォ〜!イタイヨォ〜!」

 「ごめんね。すぐ、楽にするから。」

 ヤタガラスは指鉄砲のハンマーをじょじょに下げていく、下げる速度もスローモーションに見えるほどゆっくりと下ろしていく。

「待つのじゃ!!」

 影の後ろの森からヨレヨレの昔話で着そうな服を着たてっぺんがハゲてたお爺さんと昼間に見たお婆さんが出てきた。

「あの時の、お婆さん!!それに、あの声、お爺さんのほうか!!」

 二人は目を見開き、冷や汗を流しながら早口で訴える。

「その子を・・・・花を殺すのはやめてくれ!!」

 恐らく、目の前の怪物、花を止めるその姿は親の形相、鬼気迫る表情を森の茂みから少し足を出して、訴える。
 
 本当は、殺すべきかもしれない。けれどあの二人の必死な顔を見てしまうと心が揺らぐ。

「ヤタガラス、殺さないで解決する方法は無いのか?」

 俺が、つい口にした瞬間、飛び掛かるように振り向く。

「ひろき、まさか、この二人の言葉になびかれた訳ではないよね?」

 犬の唸り声のようにいつでも噛みつくかもしれない声を上げ、睨みつけてくる。

「!!」

 その表情を見た時、喉に力が入らず、固唾をのみながら彼女を見つめてしまう。

「確かに、普通で考えれば二人はあの怪物の親族。そこまでは間違えはない。」

 ヤタガラスが確認を取るように二人を睨む。二人はコクコクと頷く。

「ならば、問う。はなちゃんがあんな怪物の姿になるまで・・・・どうして放置したんだ?」

 声から何処か噛みつきたい気持ちをなんとか理性で抑えるように荒々しく、低い声で二人に問い詰める。いつでも襲いかかって食い千切りそうな言い方。そんな彼女に沈黙や嘘は見破られてしまう。
 

「だって、あの子がそれを望んだからだ。」

 いきなりの答えに、俺も、ヤタガラスも拍子抜けしたかのように間ができる。

「あの子が望んだ?」

 俺の問に二人はすがるように舌を巻く仕上げて説明しだす。

「そうじゃ。あの子は生前、生贄にされたのじゃ。わしらはあの子に何もさせることが出来ず、水に沈められるその姿をわしらは泡がなくなるまで見つめるしかできなかった。だから、死んでから、花がお母さんを探して変わりとしてこの川に引きずることを手助けしたのじゃ。」

「そうじゃよ。わしらはあの子に何もできなかった。先に生贄とされた両親に会わせることもわしらには叶わなかった。だからこそ花のやりたい事を―」
「黙れ!!」

 二人が泣きそうになりながら弁解することを遮り、ヤタガラスは地割れを起こすように怒号を上げ、地を這うような低い声で二人を睨む。

「それが、この子を怪物にさせた理由か!?この子がやりたいと思って甘やかせた結果どれだけの人が犠牲になった?未来がある人間の中でどれだけの人が未来のないこの子の餌にされた?え!?」

「未来はある!!花だってそれを信じて襲っているのだ。」 

 項垂れている黒い生物をお爺さん指を指す。 それは、話を理解して黙って、自分の罪を理解して絶望してるかのように見える。そんな彼女をヤタガラスは、後悔、絶望、拒絶。この全てが混ざったかのような表情を彼女に向ける。

「今日まで、多くの人を犠牲にしても、お母さんは姿を現したか?」

 怪物はうなだれた頭を上げヤタガラスを見つめる。

「それが君に対してのお母さんの答えだ。」

 話の中身的にまだこの子が何者なのか、俺は理解してない。と言うか、こんなことを今の状態で考えてしまっているのは社会人で身についてしまった思考の癖は直らない様だ。『状況を整理して答えを導き解決策を提案する』どんな状況でもこれをしないいけないのは罵倒、暴言を浴びせられながらも自分の身を守るために染みつけたもの、抜けられないなら使うしか無い。

 さて、花ちゃんはどうして水に沈められないといけなかったのか、ここで何があったのか。あの子がヤタガラスの言葉に反応してうなだれた頭を上げた。ということは、お母さんを探してたことは察することができる。そして、それ絡みで死んだことも。
 でも、水に沈められたこと。近年ではありえないこと、子どもを沈めるものなら大ニュース、ワイドショーを飾ってしまう。っとなると、考えられるのはその前・・・・昔話ででそうな服、水、沈められた。遺体も水の底、子ども、生贄・・・・生贄!?

 俺が考え込んでた頭を上げ、ハッとしたように口を開く。

「そうか!人身御供か!!」

 ヤタガラスが「こんな時に何をほざく」と言いたいようにこちらを睨みつける。

「気づいたかい?この子の存在に。」

 「だが、仮に水死体が原型も残ってないほど損傷が激しくなったとしても、怪物になるなんて・・・・」

「それだけこの子は人の魂を喰らってきたんだッ!!」

「魂を喰らった?」

 俺の驚きに「空気を読めよ」と、言いたいように苛立ちを抑えられないように早口で答える。」

「あぁ。本来ここまで人の形を残さない異形の姿になることはない。だが、恐らくこの子はお母さんのことを知ってると思って川に来た心の弱い人間を引きずり込んでその魂をあの世に行く前に本能的に喰ってしまったんだ。人間だった時の食欲が残っていたせいで、我慢をしないで、自分の欲望のままにね。」

「思うまま食べていた結果、こんな姿になったのか。」

 「しかも、お母さんに会いたいという思いで生きてる人間を喰らい続ける。何の罪もない人を平然と。」

 ヤタガラス視線が花ちゃんへ向いた途端、ヤタガラスの周りの空気は一変する。

「だが、それもおしまいだ。ボクと会って彼を襲った。もし生かしたとしても、本能的にボク達を襲う。そこの二人はそれを見て見ぬふりしてこの子に何のしつけもしないで放置した。そのツケだ。」

 「待ってくれ!!何か!何か彼女を救う方法はないのか!?」

 おじいさんの声にヤタガラスは睨みつける。おじいさんは声を出したくても出せないかのように口をパクパクさせ身振り、手振りで必死に訴える。

「そんな方法はない。こうなったのは子どもに向き合うことを怖がって放置した結果だ。あなた達がこの子にいけないことと良いことの分別を教えていたら変わってたかもな。」

 ヤタガラスはそう言うと無慈悲に指を脳天突きつける。

「さようなら。」

 指が降りようとする。良いのか?このまま降ろして、ヤタガラスが本当に望んでいるとは思えない。だって、今でも唇を噛み締め、無理やり無慈悲なキャラを演じているとしか思えない。さっきの言い方的にもきっと俺に何も背負わせないためだ。

「待て!ヤタガラス!!」

 俺の声に手を止める。

「ひろき、まさか、『殺すな』と言わないよな?」

 背中から冷たく、ナイフように突き刺す何か空気が俺に向けられる。

「別に、殺そうが、殺さないが、お前次第だ。」

 俺は、平静を装うように焦ること無く、いつも通り、黒い髪を掻きむしりながら、指についたフケを確認しながら伝える。

「でも、お前は、できる事なら彼女の、花ちゃんの思い通りにしたいと思っているんだろ?」

 恐らく、ヤタガラスはそう思ってるはずだ。そうでなければ、指を振り下ろせばいいのに、わざわざ時間をかける意味、それは、この子の本音を聞きたいからだ。この子が真実を知って、死を望むのか、生を望むのか―

「何も聞けてないから迷ってる。違う?」

 その言葉に、ヤタガラスは先ほどまでの殺気を消す。その行為が答えだ。

「殺気を出したり、真実を伝えたりしたのは本音を引き出す為。だけど、子どもに本音を引き出させるのは違う。」

 俺は、元は保育士を目指して四年生大学に入った。まぁ、結果的に入れなかったが、その過程で保育園にアルバイトに行ったり、様々な子どもと関わってきた。その経験から―

「怖がらせるのが正解じゃない。まずは、同じ目線に立つんだ。」

 俺は膝をつく花ちゃんへ視線を合わせるように体育座りのように屈む。

「花ちゃん・・・・・今の君はいっぱい、悪いことをしてお母さんに会うことが難しくなっている。」

 お母さんに会いたいと思うこの子には酷なことだと思う。だが、この子の望む答えを導き出す為にも俺は無理やり優しく口にして、この子を怖がらさないように笑顔を向ける。

「オカアサンニアエナイノ?」

 この質問は辛い。本当は嘘を付きたい。だけど 、だめなんだ。この子に分かってもらったうえでどうしたいか決めたい。だから、俺は頷く。

「ソウ、ナンダ」

 彼女はそれを聞き、何かを察したかのように俺の話を聞かないで立ち上がる。

 「オニイチャン、アリガトウ、サイゴニヤサシクオシエテクレテ。」

 花ちゃんはヤタガラスに両手を広げる。

「オネエチャン、ワタシヲ、コロシテ。」

 それを聞き、ヤタガラスは一瞬目を見開き、バツが悪そうに目を細める。

「それが、君の本音かい?」

 「ウン、ダッテ、ワタシハワルイコ、モウ、ダレモタベタクナイ。ホカノヒトノオカアサン、オトウサン、ココニキテニランデクノガワタシ、ココロがイタイ。ダカラ、モウイイノ」

 ヤタガラスは歯を食いしばり、俯き指を横に倒す。

「ごめんね。ボクに成仏する力がなくて。」

 それをいい終えた時、風のギロチンが花ちゃんの首を跳ねる。地面に落ちる前に彼女は、粉塵のように風になびかれ砂へと変わっていった。 

「アリガトウ、オニイチャン、オネエチャン。」

 消えてく彼女の声を耳にした時俺は目を瞑り、黙祷を捧げる。

 数秒経った時、二人の悲鳴が森から聞こえる。

「花、花ぁー」

 「そんな、花ちゃん!!」

 二人は膝から崩れ落ち泣きじゃくる。

「・・・・・戻ろう。あの二人はああさせとけばいい。」

「お前は大丈夫か?ヤタガラス。」

 少し、泣いて目が腫れていたがそこには触れずに質問する。

「ああ。涙は枯れた。そういう君は・・・大丈夫かい?」

 俺の顔を心配そうに覗きながらの疑問。顔に手当てると涙が流れてた。

「まぁ、な。と言うか、驚いてる。他人の死で泣ける事が会ったんだな。」

 涙を拭って二人に背を向ける。


 

「ヤタガラス、あの二人は花ちゃんを放置したんだと思う?」

 バンガローへの帰り道、ふと思った疑問にヤタガラスは足を止める後ろを見ながら答える。

「便利だと思ったからだよ。」

 振り返ると、二人が暗い森の中から見つめてた。その目は『検索してはいけない言葉シリーズ』とかで出てくる人形のように白目が少なく、黒目の面積が多い目でこちらを恨めしそうに見つめる。

「彼女が自分の好きなようにやってくれる。自分達は何もしなくて良い。そう言う楽をしたいと思う気持ちのせいであの子は怪物へ変貌し失うこととなった。」

「もし、二人がお母さんがいないことを教えてたら成仏してたかもしれない。二人は見届けることしかしなかったからあの子は怪物になってあの世の母親の所にいけなくなった。」

「そして、ボク達を今でも恨み、二人は暗闇の中で見つめることしかできずにいる。臆病なくせに、そういところは一人前だ。」

「もし、あの場で生かしたらどうなってた?」

 「人を殺し続け、ここは禁足地になってた。」

 「そっか。」

 正直、あの二人の顔を見ると自分の行いは正しいなんて言い切れない。だけど、これが、あのこの望んだ事なら、俺は何も言えない。

「戻ろう。明日のチェックアウトは早いから。」

 俺は振り返り、重い足を進める。


 翌日、鍵を返しに来た時管理人は驚いた表情でこちらに小走りで向かってくる。

「すごい!昨日、何かありませんでしたか!?」

 驚いて詰め寄る顔に嘘をついて首を横に振る。

「それはよかった〜。実は、ここに来た人は絶対逃げ出すか、死んでる人のどちらかだったんです。普通に帰ってきた人は貴方が久しぶりですよ〜。」

「隠れ心霊スポットだったのかよ。」

 俺のとっさに出たツッコミに管理人はクスッと笑う。

 「こうやって、久々にお客様の笑顔が見れて嬉しいです。また来てください。」

 太陽のように眩しい笑みを向けられ、自分も嬉しくなるが、花ちゃんのことを思うとやるせない気持ちになる。

「また、機会があれば来ます。」

「ぜひ。」

 そう言って管理棟を離れ、車に乗る。

 「次は何処に行くんだい?」

 ヤタガラスが、外を眺めながら呟く。

「長野市だ。」

「おお。いいじゃないか。機会があればそばを食べるといい。」

「えっ?すだちうどんがうまいんじゃないの?」

「え?」

「え?」

「誰から聞いた?」

「エックスで美味いって見た。」

「それは、間違えだ。蕎麦食べろ!蕎麦!」

 彼女の昨日見せたあの空気が一変する殺意に俺は無言で頷く。

「よろしい。じゃあ出発だ。」

「了解!」

 そう言って車を走らせる。

「あっ。」

 発進して昨日の川が見えた時、あの二人がジーッと昨日と同じように暗闇の森の中で見つめてた。

「もし、他の人がこのキャンプに来た時、川には決して近づかないように。そして、花ちゃんの為にもお参りをしてくださいってね。」




すみません!!長野市の内容はあまりにも薄いのととある事情でカットします。変わりに食べた料理の写真です!!


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