人生と冤罪と下剋上#009

ケースセオリーの続き。

私は検察官請求証拠が開示されてから来る日も来る日も手元の証拠を吟味し続けた。そして、ふとある疑問が浮かんだ。それは

この写真に写ってる血痕赤すぎないか?

ということだった。
検察官請求証拠の中にある現場に遺されていたという犯人の血痕らしきものは大きさにして約2ミリ、色味は朱肉のような赤色。警察や検察官の見立てでは犯人、即ち被告人が屋上事務所にガラスを破り侵入する際に誤って手を負傷するなりして流血し、現場に血痕を遺していったということだが、仮に手を負傷したとして、果たしてたった2ミリの擦ったような遺留という状況が起こり得るだろうか。血痕の遺留状況にも大いに疑問が残るものだったが、なにより最大の謎は

これが仮に血液だとしたならば、時間の経過によりもっと黒ずんだり変色するはずでは?

ということ。

この点に着目して私は拘置所の独房の中で手を刺し、出血させ、文机に付着させて、低温の時、高温の時、2時間後、4時間後、6時間後、、とそれぞれどのような変化が起こるのか実験を行った。結論としては付着から2時間後でも十分に血液の色調の変化が観られた。したがって、捜査資料にある私のものとある血液のようなものは血液ではない蓋然性が非常に高いことが明らかとなった。

血液の経時変化については昨今では袴田冤罪事件が有名だが、それと同じようなことが私の事件でも起こっていた。そこで、捜査機関が依拠する科学鑑定に頼らず、独自に科学鑑定をして冤罪を救済するイノセンス・プロジェクトジャパンに連絡を取り、救済を試みたが、これが非常に時間がかかる。審査を通過したとして結果が出るまでにおよそ2年近くかかることを知り、私の公判の決着が着くまでにどうこう出来る問題ではないと判断し、ひとまず見送ることにした。

捜査資料から読み取れるのは、捜査機関が犯行時刻を特定し、鑑識に着手するまでの間はおよそ7時間。したがって、この血液らしきものは少なくとも7時間は外気に晒されていたことになる。なので、これが血液だとするならば、

朱肉のような赤色を保つという現象は化学的に起こりえない。

それに、鑑識活動を含む捜査を行う前に現場や証拠の保全を適切に行わなければならないことは犯罪捜査規範で明文化されている。捜査資料のどこをひっくり返しても、証拠保全の為に行われた実況見分調書には「血液のようなもの」等が付着していたとの記載は見当たらなかった。即ち、実況見分時に、実況見分を行った警察官は本件最重要証拠とも言える血液のようなものの発見には至っていないということになる。実況見分の時には血液が存在していなかったのに、鑑識活動を始める時に突如として血液らしきものが現れ、それを採取し、DNA鑑定を行った結果、私のDNA型と一致したというちゃんちゃらおかしな内容だった。

ちなみに現在の科学捜査研究所が採用しているDNA鑑定装置、アイデンティファイラーキットは偶然赤の他人とDNA型が一致する確率は4兆7千億分の1の確率だという。つまり、地球人口が約60億人だとすれば、地球が8個あってその中からやっと自分と同じDNA型の人間が出現するかもしれないという天文学的可能性である。

そして私達のケースセオリーは、
【本件最重要証拠となっている血痕ようのものについては、そもそも証拠の保全が犯罪捜査規範等に定められている適切な手法によるものでなく、また、仮に血痕であるとするならば然るべき経時変化が起きていないことから、真実、血痕ではない可能性が高い。そして、検察官が主張する立証しようとする犯人の移動経路について、仮に被告人がそのような移動経路を辿っていたとするならば、まさにその侵入経路の入口に設置されているSビルの防犯カメラに被告人の姿が捉えられていないのは不自然であるばかりか、侵入経路だとする防犯カメラ映像だけ捜査機関が収集されていないという事はあり得ない。したがって、被告人が犯人となるべき理由がなく、少なくとも被告人が犯人だとするならば合理的疑いが残るのは明らかであるから、被告人は無罪である】

と結論付けた。

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