廣井友信を応援してくれた全ての方たちへ
こんにちは。
私は2022年度でツエーゲン金沢を
退団することになりました、
27番キャプテン・廣井友信の妻です。
彼が、今回ツエーゲン退団と共に、
16年間にも及んだ
プロサッカーの舞台から引退することになり
私自身も色んな思いが駆け巡りました。
契約満了を伝えられた日から、
今日に至るまで、
心境は変化しつつも、
最後
強く残った気持ちは、
彼や私たち家族に
関わってくださった
支えてくださった
全ての方への
「感謝」の思いでした。
こうして発信することが、
出過ぎた行為である気もしましたが、
どうしても一言伝えたい
という気持ちが消えず、
ここに残すことにしました。
この感情を文章で残しておきたい
という思いもあります。
ツエーゲンを愛する全ての皆さん、
そして
様々な土地で
廣井友信を応援し続け
関わってくださった皆さんに
届いたら嬉しいです。
まずは
契約満了を伝えられた日のことから
話させてください。
満了をチームから通達された日。
帰宅した彼の口からそれを伝えられて、
私は、
驚きなのか戸惑いなのか
自分でもなんだかよくわからない感情で、
とてもモヤモヤしました。
というのも、
ここ数年は
彼自身も私も
日々「契約満了」や「引退」を
意識していたにもかかわらず、
今年に関しては、
直近の様子が
来年度に向けて
前向きでしかなかったからです。
夏に怪我をし、
なかなか前が見えないまま、
ずっと苦しみながらリハビリを続けて、
それでも10月にようやく
全体練習に合流でき
光が見えたところでした。
やっとここまできたぞ、
ベンチイン目指して頑張るぞ
チームに早く貢献したい
と燃えていて、
自分の去就のことなど
全く頭になかったのだと思います。
限界ではなく
希望しかありませんでした。
そんな彼の姿を間近で見ながら、
私自身も
「今日は痛みが出なかった」
といえば胸を撫で下ろし
「今日は走れた」
と聞いたら安心して、
彼の足のことばかり気にしていたから、
本当にお恥ずかしい話ですが
夫婦共々、
今年満了になるなんて
頭の片隅にもなかったんです。
このつい数日前も
一緒にウォーキングしながら、
若手選手の話や
来年のチームの話を
していたばかりでした。
年を重ねても
思うように体が動かない
チームの熾烈なポジション争いに疲れた
などのネガティブな感情がほとんどなく、
いろんなトレーニングやメンテナンス法、
思考を取り入れては
腑に落ちることがあると
「俺はまだまだうまくなれそうだ」
と、つい最近まで私に
無邪気によく話してくれていました。
そんな様子を間近で見てきたから、
私としては
なかなか気持ちの整理がつきませんでした。
「これから」と思っていた矢先だったので
正直なところ
悔しい気持ちもありました。
一方で
彼自身はどんな心境なのだろう?
と思いました。
そしたら
通達に面食らってはいたようですが、
案外ホッとした表情をしていて、
もう、すぐに次を見据えて、
前向きだったんですよね。
本当にすごいなこの人は
と思いました。
事実、ご存知の方も多いと思いますが
ここ数年はずっと満身創痍でした。
トレーナーやドクター、
多くの人の手助けとケアを無くしては、
プレーを続けるのが難しい状況では
あったと思います。
私も
足が痛いとなれば、怪我にいい食材で食事を作り、
コンディションがあげられるように
一生懸命ネットや書籍で情報を追いかけて、
日々、足は痛くないか心配で、
毎日「今日は足痛くなかった?」
と聞いてしまっていました。
痛くなかった、と言われたら
心底ホッとしました。
そんなつもりは全くなかったのですが
こうして思い返すと、
自分が思っている何倍も何百倍も
私たちは 二人三脚 だったのだと
気付かされました。
変な話、
もう十分頑張ったよと神様に言われたような
もしくは
次の道が彼を呼んでいるような気がしました。
人生って
こうやってうまくできているんじゃないかな
と思いましたね。
最初こそ複雑な感情がありましたが、
次第に
自分の去就を考える余地もなく
ポジティブなことしか考えずに
最後までこのシーズンを過ごせたことは
なんて幸せなことだったのだろう
という感情に変わりました。
そして
もう一つ思ったこと。
金沢で過ごした8年間、
そして共に過ごした21年、
嬉しいことも悲しいことも
色々ありました。
個人的な話ですが
サッカー選手の妻であることで、
自らを縛り付け
誰にも求められていないのに、
いろんなことを我慢してしまっていた時代もあって、
自分で自分を苦しめていたこともありました。
引退したら気が楽になるのではと
思ったりもしました。
それでもついに迎えてしまった
この局面を目の当たりにして
こんなにも長く
家族に夢を見させてくれて、
そばにいることのできた自分の人生は
なんて幸せで尊いのだろう
そう思うと、
「感謝」の念が
強く込み上げてきたんです。
不遇な時代もありながらも
こんなにも長い間プロサッカー選手として
ピッチに立つことになるとは
結婚当初は私も思っていなかったし、
彼自身も想像していなかったと思います。
それでも結果、
平均の引退年齢が 26歳と言われる
Jリーグの世界で
37歳まで
Jのピッチに立ってこられたのは、
大事な場面でミスしてしまうことが
しばしばありながらも
決して見放さずに
明るく鼓舞し続けてくださった
ファンやサポーター、スポンサーの皆さん、
チームが変わっても
事あるごとに連絡してくれて
見守り続けてくれた
旧所属チームのサポーターや
スポンサーの皆さん、
キャプテンとして信頼し
起用し続けてくれた
監督やコーチ、スタッフの皆さん、
この満身創痍の身体を
いつも真剣にケアし続けてくださり
なんとかよくしようと
親身になってくださっていた
トレーナーやドクターの皆さん、
すぐ忘れ物をする
全くしっかりしていないキャプテンでしたが
信じてついてきてくれ
小言に耳を傾けてくれた
チームメイト、
見ず知らずの土地で、
手を差し伸べてくれた
新たな友人、
何があっても遠く離れても
いつも応援し続けてくれた
旧友や家族、
プロサッカーの道に導いてくれた
歴代の指導者の皆さん、
その他にも
上げ始めたらキリがないほど沢山の、
廣井友信に関わってくださった
全ての皆さんのおかげでした。
人に恵まれたおかげで
ここまでやってこれたと確信しています。
この場を借りて、
家族からも
心から感謝の気持ちを伝えたいです。
本当にありがとうございました。
目立つプレーヤーでは
なかったかもしれませんが
誰よりも優しく温かく
思慮深く
信念があり
常に周りに気を配っている
いつも自分のことより
人のこと
チームのことを思っている
そんな人でした。
(ちょっと褒めすぎました)
家族のエゴですが、
皆さんの記憶の中に
プロサッカー選手としての
廣井友信 の姿が
あり続けてほしいなと思うし、
彼がこの先
どんな道を歩んだとしても
陰ながらエールをくださったら、
とても嬉しいです。
長きに渡り応援してくださり
本当にありがとうございました。
廣井 英伊
追記、
昨日の最終戦および引退セレモニーでは
多くの方に足をお運びいただき、
チャントやコールで大きな声援をいただいて、
本当に本当に感激しました。
深く心に残る一日となりました。
皆様に心から感謝しています。
重ねてお礼申し上げます。
ありがとうございました。