経済安全保障とは何か
最近、「経済安全保障」という聞き慣れない言葉をよく目にするようになりました。国防を意味する「安全保障」という言葉の前に「経済」という言葉が入っているのです。
この「経済安全保障」と「安全保障」との大きな違いは、「安全保障」が国防に関わる限られた人のテーマであったのに対し、「経済安全保障」は民間企業のビジネスに直結し、多くの人が関わるテーマだというところです。
つまり、防衛技術を国産化するといった国防に限定された世界ではなく、半導体やコンピュータ技術といった民間で普通に使用されている技術や、技術だけでなく情報・データの取り扱いも関わる重要なテーマなのです。
2018年に米国政府が、ファーウェイ製の通信機器から情報を抜き取られる情報セキュリティ上のリスクがあるとして、ファーウェイの製品を使うことを禁じる国防権限法を成立させました。また、米国の半導体サプライチェーンを踏まえるとファウンドリー(半導体集積回路の生産を専門に行う企業・工場)の部分が弱いとして、半導体受託生産の最大手である台湾積体電路製造(TSMC)の工場をアリゾナに誘致しました。(※1)
こうした動きが経済安全保障を踏まえた活動といえます。
具体的な日本の経済安全保障の内容については、政府のホームページや有識者の解説サイトなどで詳細に記載されています。しかし、あまりにも多岐にわたる内容なため、ビジネスマンが意識すべき本質が分かりにくいところがありました。そこで、ビジネスマンの視点から、この経済安全保障の本質について考えてみました。
一言でいえば、これは国家レベルでの技術・知財リスクマネジメントではないかと考えます。下図に、この経済安全保障の本質を描いてみました。
図:筆者が作成
要するに、経済安全保障を意識せず、特定の国、特に考え方(民主主義、自由主義など)を異にする国に、我が国の存亡に関わる重要な産業のサプライチェーン(情報管理も含む)を過度に依存すると、その特定の国によって我が国の生殺与奪の権利を握られてしまうというものです。かつてレアアースが入手できない問題が生じたのがそうでした。これは意図的な外交手段として輸出を制限するケースだけでなく、最近では半導体サプライチェーンの問題が顕在化して半導体の入手が困難になり自動車の生産ラインがストップしたように、想定外の危機が発生した場合にも起こり得る問題です。
経済安全保障を完璧にしようとするならば、日本は鎖国し、全てを国産化すればいい訳ですが、それでは国が成り立ちません。現在のようなグローバル化の時代では多様な国がお互いに相手を必要とし、持ちつ持たれつの関係で成り立っています。
現実には国際社会の中でビジネスを展開して国が成り立っている訳ですから、国際市場で通用するコスト競争力が必要です。そのためには、外国で生産する、外国から材料を調達することも必要です。経済安全保障を過度に重視すると、図に示す左上にシフトし、我が国の経済は破綻してしまいます。
一方で、経済合理性のみ重視してビジネスを展開していると、ある時に突然、経済安全保障上のリスクが顕在化し、最悪の場合は日本の産業がストップし、国の存亡危機となってしまいます。図でいうところの右下がそうです。そのため、これからの民間経済活動は、経済安全保障を意識しつつ、ビジネスで国際的な競争力を確保するための合理性も併せて考えて行く必要があると考えます。図でいうところの、経済安全保障重視の軸と経済合理性(ビジネス)重視の軸との間でバランスをとって活動していく必要があるということです。
普段のビジネスでは経済合理性のもと判断をしています。そのため経済安全保障を意識しなければ、自然と図の右下にシフトしていきます。油断していると、すぐに右下に流されてしまうということです。そういうものだと意識しておく必要があります。
こうした考え方は、これまでエネルギーと防衛産業以外では、あまり馴染みがなかったのではないかと考えます。これからはビジネスマンも国家レベルでのセキュリティを意識して経済活動とのバランスを図っていく必要があるということではないでしょうか。
※1:2030半導体の地政学 太田泰彦 著(日本経済新聞出版)2021年
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