見出し画像

青春ドロップキック【4.このままで】

3年のクラス替えで僕は百田さんと同じクラスになった。志望大学と成績を参考にしてクラスが分けられるようで、僕と百田さんは地方国公立大学志望者メインのクラスに配された。聞こえは悪くないのだが、進学校でいう、いわゆる「下の方」である。私たちはもはや自分たちのクラスを「バカクラ」と自虐して呼んでいた。

ところで、僕の登校時間はとても早い。自宅から学校まで自転車で40分くらいかかるのだが、父の通勤ルートに僕の学校が被るため、父の出勤に合わせて車のトランクに自転車を載せ、学校まで連れて行ってもらっていた。父も6時30分には家を出るので結果として7時前には学校に着いていた。

誰もいない教室に入ると、教室の窓を開けてから机に着き、終わらなかった宿題を片付けるのがだいたいの日課だった。

「おはよう」

決まって僕の次に教室に入ってくるのが百田さんだった。彼女も通学電車の関係で登校時間が早い。

僕が挨拶を返すと少しはにかんだような笑顔を見せて、百田さんは席に着く。特にお喋りすることもなく、黙々と自分のしたいことをする。百田さんは単語帳を取り出していた。紙を擦る音と木々のざわめく音が心地よく響く。

この沈黙の時間が妙に心地よかった。他よりはるかに騒がしいこのクラスの誰も知らない一面を二人で共有しているようだった。

30分ほどそんな時間を過ごし、やがて他のクラスメイトがやってくる。

「おはよ。いつも早いねー!あ、百ちゃんおはよ!」

赤いアディダスのバッグを右手に提げて、原野さんが僕、百田さんに立て続けに挨拶をする。原野さんはバッグを机に置くと、後ろの席に座っている百田さんに何やら話しかけていた。予備校についての話みたいだ。

「やばいよ!今日ウチ1限の数学当たるじゃん!」

「もう諦めろさ!俺も昨日バスケの練習きつくて即寝たわ」

梶田さんと横井君が騒々しく教室のドアを開ける。

「おいすー。原野ー、課題見せろー」

横井君は幼馴染の原野さんに早々ちょっかいをかけては頭をはたかれている。梶田さんは原野さんと百田さんの話に加わっていた。数学は諦めたらしい。

「おはよー!」

「おはよっす」

静寂は破られ、いつも通りの騒がしい日常が始まっていく。


薫風吹き渡る初夏の日。あの日から風船のように徐々に膨らんでいくそれは、いくらしまい込んでも止めることは出来ず、ただ僕は自覚することしかできなかった。

しかし、はたして僕の半年間は、勉強と部活に流れるように消費されていった。どうやらこの半年の間に自分の気持ちに鍵をかけ、言い訳を並べ、しまい込む術に長けてきたようで、百田さんへの想いを塗りつぶすように3年目の青春は、最後の総体へ全力を傾けていた。

この時の僕は、部活中に負った大ケガのリハビリ中で、左足にギプス、両脇に松葉杖という格好だった。

「大丈夫?荷物持とうか?」

授業が終わり、武道場へ向かおうと腰を上げた横で百田さんが僕に尋ねる。騒がしいクラスメイトの面々に影響されたのか、お喋りする事が増えてきたような気がする。まあそれでも大人しいことには変わりないのだが。

「ありがとう。今日病院の日だから下駄箱までお願いしていいっすか?」

「いいっすよ?」

百田さんはそう言い、僕の鞄を持つ。いつからこんな冗談めいた返しをするようになったんだろう。もしかしたら本当は結構ユーモアのある子なのかもしれない。

階段を並んで降りていく。僕が松葉杖なので階段をゆっくり降りなければいけないのだが、百田さんは僕にペースを合わせて2歩後ろをついてきていた。
降りながらいろんな話をした。中学時代に通っていた塾系列の予備校に原野さんと通うつもりだとか、横井君と梶田さんに、クラスにもう一人いる「ももちゃん」と「Wももちゃん」というコンビを結成させられそうだとか、そんな他愛のない話を繰り広げているうちに下駄箱に着いた。

「じゃ、リハビリ頑張ってね。」

鞄を受け取ると、百田さんは靴を履いて、カッ、カッ、とつま先で床を蹴った後、武道館へ小走りで向かう。百田さんを見送って、逆方向へ歩き出す。

これでいい。心のどこかでそう結論付けた。

僕も今やるべきことがあるし、それに集中したい。そもそも百田さんが僕を好き、ってことはない。そんな様子は一つもなかった。だったら今の心地よいこのままの関係でいい。

そう結論づけた。そう決めることにした。



――もし、違う結論を出したら。この恋は一つの結末を迎えたかもしれない。

しかし時間は、もう戻らない。

僕が他の人を好きになっても。

百田さんの「気持ち」を知っても。

振り子のように揺れる僕を嘲笑うかのように、時計の針はかち、かち、と冷酷無比に高校生活を削っていく。

【登場人物】
・僕(私):主人公(hinote)
・百田さん:3年で同じクラスメイトになった。僕の恋の相手のようだが…。
・原野さん:クラスメイト。百田さんと仲がいい。
・横井くん:クラスメイト。クラスのムードメーカー。
・梶田さん:クラスメイト。クラスのムードメーカー。

この話に登場する人物はすべてモチーフがいます(リアル友達)が、名前は変えております。小説風に体裁を整えておりますので、多少の脚色はありますが、基本的なところはノンフィクションです。

いいなと思ったら応援しよう!