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青春ドロップキック【5.或る雨の日-前編-】
バス停の雨除けから零れ落ちる水滴を、僕はぼうっと見ていた。ぽつ、ぽつ、と雨の跳ねる音が頭上に響く。天気予報どおりの、夕方の雨。
携帯を開き、時間を確認する。駅の方向へ向かうバスが車であと10分。湿気で肌に張り付くシャツの襟口をつかみ、乱暴にばさつかせ、空気を送り込む。
僕の背後で自転車の止まる気配がした。タイヤのゴムが短く、ききっ、と摩擦音を上げる。
「お!バス待ち?」
傘を持って自転車に跨っているのは原野さんだった。僕が教室を出るときは百田さんと梶田さんと談笑していたはずだが、どうやら先に出たようだ。
「うん。雨の中の自転車はまだ怖いからね」
ちらり、と左足を見て、僕は答える。必死にリハビリに打ち込んだ甲斐あって、総体の2週間前に奇跡の復帰を遂げることができた。先日行われた県高校総体にも念願かなって出場することができた。しかし結果としては個人戦も団体戦も2回戦で敗退し、ついに剣道部を引退となった。怪我の状況はといえば、復帰した日から松葉杖・ギブスは使わずに生活できるようになったのだが、ふとした衝撃で痛みが襲ってくるので、雨の日はバスを使っていた。
「原野さんも今から予備校?」
「そうだよ!こんな降るなら私もバスで来ればよかった。…そっちの予備校はどんな感じ?」
「部活終わったばっかだし、あんまやる気出ない…」
「だよねぇ…ふふ、百ちゃんと梶さんも同じこと言ってたよ」
この街には駅前に2つ有名な予備校があり、部活が終了するこの時期に合わせて通う人が増えてくる。僕のクラス内でも10人ほどいずれかの予備校に通い始めていた。
「あ、原野さん、追いついたね。先行ってるよ」
「あ、バスか。じゃあ先行って待ってんねー」
百田さんと梶田さんが追いついて、そのまま追い抜いていった。
「あ、じゃあ私も行くね。じゃねー!」
原野さんは2人を追いかけるように自転車を走らせていった。先行く2輪の自転車に原野さんが追いつくのを見届けた後、バス停の時刻表に目を向けた。
あと3分ほどでバスが着くようだ。時刻表の向こうで自動車が右から左へと絶えず流れていく。
ざわざわとした喧騒の中で雨の叩く音だけがくっきりと響く。
ここしばらくは天気の崩れる日が続くようだ。雨の日は好きじゃない。灰色で覆われた空を見ると、何か良くないことが降りかかる前兆のようで、何となく気分が晴れない。まあ、雨の日が大好き、という人もあまりいないだろうが。
携帯を胸ポケットから取り出し、明日の天気を調べる。
曇り。
はあ、と思わず溜息が出た。ふと道路を見ると向こうの方からバスがやってくるのが見える。
携帯をポケットにしまい、椅子の上に置いていた鞄を手に取った。
やがて、ふしゅう、と気が抜けるような音を出してバスが止まり、扉が開く。
僕は左足を気遣うようにゆっくりとステップを踏み、バスへ乗り込む。
――せめて明日は雨が降らなければいいな。
そんな僕の思いを嘲笑うかのように、雨はその勢いを緩めることなく、窓を叩き続けていた。
【登場人物】
・僕(私):主人公(hinote)
・百田さん:3年で同じクラスメイトになった。原野さんと梶田さんと仲が良い。僕の恋の相手のようだが…。
・原野さん:仲の良いクラスメイト。百田さんと同じ予備校に通う。
・梶田さん:仲の良いクラスメイト。僕と同じ予備校に通う。
この話に登場する人物はすべてモチーフがいます(リアル友達)が、名前は変えております。小説風に体裁を整えておりますので、多少の脚色はありますが、基本的なところはノンフィクションです。
※当時は自転車の傘差し運転をしてました。やったらだめですよ!