青春ドロップキック【1.あの目が出たら】
カシュッ、と炭酸がはじける音がした。
6畳ほどの部屋。その真ん中には季節にはまだ早い炬燵が陣取っている。僕たちはそれを囲むように座り、めいめいビールやカクテルのプルタブを開けた。
「じゃ、お疲れさま。村仲さん、誕生日おめでとう」
零れないように軽くコツンと缶の縁を合わせてから、ビールを流し込む。
「どうもありがとう。最近練習大変になってきたし、息抜きだね」
本日の主役である村仲さんは甘いカクテルサワーをくぴり、と飲んで言った。
僕が所属しているジャズ研究会は数か月後に控える演奏会に向けて練習が本格的になり始めていた。
僕らは、ピリピリし始めた先輩への愚痴やら、曲についてやら、音楽サークルのテンプレートと言えるような話題を、机に広げられたポテトチップスとともに消費していく。
「今日は、こういうものを用意したんだ」
ポテトチップスが小さな破片を残すだけとなったのを見計らったように、本日の宴会を企画した城田君がリュックサックから四角形のものを取り出した。
「ちゃらららん、サイコロトーク!」
何処かで見たような青い狸の決め台詞のように彼は、きっとどこかの雑貨屋で仕入れたのであろう、サイコロクッションを頭上に掲げた。
「それ何が書いてあんの?」
いつもより少し声色の高くなった江田さんが城田君からすかさずサイコロを取り上げ、目を確認する。
「お、いいじゃんいいじゃん!こういうのあたし大好物!!」
その反応を見るに、いわゆるコイバナなどといった、少し話すのが恥ずかしい類のものらしい。
サイコロが女の子たちの手に次々と渡っていく様を見ていると、ちらり、とサイコロの目に書かれている文字が見える。
ああ、あの目は当たって欲しくないな、とひとりごちながら、ビールを流し込む。
苦味が喉を通り過ぎ、胸の中へ落ちていく。その苦味を誤魔化したくて、窓越しの空に映る月をぼうっと眺める。
高校から大学にかけての一つの恋は、秋風とともに散っていった。選ぶこと、掴むことを躊躇い、先延ばしにすることで誤魔化していた僕に相応しいような情けないエンディングだった。
「さ、じゃあ始めるよ」
ふと視線を戻すと順番も決まり、サイコロトーク大会が始まった。言い出しっぺの城田君から時計回りに、ということでまとまったようだ。僕の順番は3番目ということになる。
城田君の軽妙なトークに相槌を打ちつつも、頭の中では別のことがぐるぐると廻っていた。
もし、あの目が出たら。言ってしまおう。情けない話だけど、みんなに笑ってもらって、馬鹿にされて、僕も笑ってしまおう。これで区切りにしよう。
「はい、次だよ」
いつの間にかサイコロは僕の番が回ってきた。何かを振り切るように、殊更にテンションを上げて、振り上げる。
「お、きた!こういう話聞くの初めてじゃない?全然話さんもんね」
半ば望んでいたような、やっぱり出て欲しくなかったような、はたして、その目が上を向いていた。
僕は決めた。よくあるヘタレの馬鹿な話じゃないか。ちょっとネタにして、はいお終い。それでいいだろう。
姿勢を改めて、僕は語りだす。
「じゃ、体育祭で女友達にドロップキックを喰らった話をしようか――」
【登場人物】
・僕(私):主人公(hinote)
・村仲さん:サークルの同期。女性。
・城田くん:サークルの同期。男性。
・江田さん:サークルの同期。女性。
この話に登場する人物はすべてモチーフがいます(リアル友達)が、名前は変えております。小説風に体裁を整えておりますので、多少の脚色はありますが、基本的にノンフィクションです。
挿絵作ろうと思ったけど無理でした(笑)だれか作って!