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【建築】渓谷に静かに佇むアルマナユヴァ亜鉛鉱山博物館(ピーター・ズントー)
「アルマナユヴァ亜鉛鉱山博物館に行きたい」
亜鉛や鉱山に興味はない。その近隣に有名な観光地や他に見たい建築がある訳でもない。行きたい理由はただ一つ。設計がピーター・ズントーだからである。
アルマナユヴァ亜鉛鉱山博物館は、ノルウェーの町Saudaにある。
フィヨルドの奥にあるSaudaへはオスロから車で5時間、ベルゲンからは3時間、ハウゲスンからでも2時間かかる。公共交通機関の場合、これらの都市から路線バスを乗り継ぐか、スタヴァンゲルからフェリーで移動する。いずれにしても移動は簡単ではない。
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町の人口は約4,200人。三方を山に囲まれたこの町には川や滝が多くあり、かつてはこれを利用した水力発電と山で採掘した亜鉛の精錬が主要産業であった。
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鉱山は1899年に閉山されたが、現在でも工場施設をそのまま利用し、船で運ばれる鉱物の精錬を行っている。また冬はスキーの基地となるためそれなりに栄えるようだが、私が訪れた5月は町中にも人影はほとんどなく、寂しいものであった。
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その町に2016年、渓谷沿いの鉱山跡地に博物館がつくられた。町の歴史である鉱山の記憶を後世に伝えるためだ。ただしこの施設は6月から8月までしかオープンしていない。訪れた5月はクローズ中である。予め分かっていたが、旅の都合上やむを得ない。なので今回は外観のみの見学となる。
町中から博物館までは約10kmある。タクシーでも行けるが、時間はたっぷりあるので、歩いて向かうことにした。歩き始めてしばらくは農家もあったが、
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途中から農家も民家も見かけなくなり、すれ違う人や車もほとんどなかった。スマホも圏外になったが、景観は美しく、快適なハイキングだった。
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やがて3棟の建物が見えてきた。
手前からトイレ(と駐車場)、カフェ、ギャラリーである。まるで以前からそこにあるかのように、周辺の景観に溶け込んでいる。荒々しい岩山や激しい流れの渓谷とケンカすることも負けることもなく調和していた。
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ルート上、まずはトイレからの見学となる。
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いきなりだが、この工法がスゴイ。石垣のように積み上げられた擁壁にせり出すように建っているのだ。この擁壁は以前からあるものではなく、今回新たに作られたそうだ。よく見ると、石が一つ一つ丁寧に積まれていることが分かる。
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どうせ駐車場は平らに整備するのだから、トイレスペースくらい同時に整地すればよさそうなものだが、ズントーはそんな方法は採用しなかった。
それにしても住みたくなるほど美しい佇まいだ。
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照明もさすが!
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亜鉛で作られた配置図も美しい!
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このままだとトイレだけで見学が終わってしまいそうなので、先に進もう。
このトイレを起点として、当時の鉱夫たちが通った道に沿ってカフェとギャラリーが配置されているのだが、その道も新たに石垣を組み直して整備されている。
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道を進むと見えてくるのはカフェ。
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下から見ると、かなりの急斜面に建てられていることが分かる。
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トイレ、カフェ、ギャラリーは全て同じ造りになっている。
平らではない場所に木の枠組みをつくり、ジュート布に黒いアクリル樹脂を塗って仕上げたボックス状の建物本体を組み込んでいる。さらに少し浮かせてトタン屋根を設けている。波打つトタンは工事現場などでの簡易的な小屋を連想させるが、かつて鉱山の作業場や休憩場所として建てられていたであろう小屋のイメージから採用されている。(と思う…)
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道はギャラリーにつづく。
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途中、カフェを振り返る。
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ギャラリーもほぼ崖のような場所に建てられており、足元は岩盤に金属プレートでがっちり固定されていた。
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こちらも下から見ると立地が分かりやすい。
それにしても、何故わざわざ工事が大変なこの場所に建てたのだろう?
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出入口は建物を回り込んだ反対側にある。
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カフェもそうだが、階段の手すりは本体と一体仕上げとなっている。ズントーと言えば繊細なディテールをイメージしがちであるが、時々こうした大胆な仕上げも見られる。
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道はさらに奥の鉱山跡に続くが、
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崖崩れのため封鎖されていた。
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渓谷の流れは水量も多く、勢いもある。特に冬の寒さも厳しいこのような場所での採掘作業は困難を極めたことだろう。
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資料によれば、ズントーが設計の依頼を受けたのは2001年だが、オープンは2016年なので、15年もかかったことになる。建物の規模からすれば、通常は設計から完成までせいぜい数年であるが、ズントーは長い時間をかけて"この博物館はどうあるべきか?"、つまり過酷な労働条件であったこの鉱山の歴史を伝えるにはどの程度のボリュームで、どんな素材を使って、どんな工法が適しているのかを徹底的に検討したのであろう。
例えばドアの取っ手の検討には2年かかったそうである。取っ手に2年!
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何気なく見える柵も、何十ものスタディがあったに違いない。
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そう、ズントーに設計を依頼するということは、コスト面だけでなく、"待つ"ということも必須条件になるのだ。
ちなみに見学を終えての感想は「我ながらよくこんな場所まで来たなあ」であった。何せベルゲンから路線バスを3本乗り継ぎ、半日以上かけて来たのだ。最初にも書いたようにクローズしているのに!
とは言え充分にその価値はあったと思う。人に出会うこともなく、ズントー建築を独り占め出来たのだ。もちろん内部を見ることが出来なかったことは残念であるが、それはまた次の機会としておこう。(多分もう来ることはないと思うが)
※ 今回は2020年7月20日作成の記事を加筆・再構成したものです。